第13話 結婚相手は、謎の聖女?

「アリアさんには、この国で幸せに暮らしてもらいたいのです」


ヴァレンスは、追放を受けるような国ではなく、アラステア国で幸せになってもらいたいと微笑んだ。アリア自らがアラステア国で暮らすことを選んで欲しいと。

その言葉に嘘偽りなどないだろうと、ローレンは少しだけ心を落ち着かせたが、もしもライアールが奪い返しにくれば、それこそ戦争になりかねないと危惧もする。

一度国外追放を言い渡していても、国が危機に晒されれば、手段など選ばないだろう。


「しかし、彼女を我が国にとどめておくことは不可能かと」


幸せにとヴァレンスはいうが、アリアの故郷はライアール国。見知らぬ国にとどめておくことは無理なのではと、発言すれば、とんでもない幸せの形を提示され、ローレンはぽかんと口を開けてしまった。


「兄さまとご結婚していただきます」


そうすれば、幸せな家庭も築け、アラステア国も安泰、ライアール国も我が国の王妃を奪うなどありえず、アリアさんにも苦労をかけることはありませんと、ニコッとヴァレンスは微笑む。

その隣ではアシュレイが、真っ青な顔をして座っている。その様子から、これは不本意な結婚であり、政略結婚と大して変わらないのでは? と、ローレンでさえ同情した。






その夜、アシュレイは全ての事情を話してしまったローレンを部屋に呼んだ。

ローレンとは幼馴染といってもいい関係で、よき親友。

普段は敬意を払い、他の者たちに示しのつくように接するが、二人だけの時は互いに気を許せるので、気楽に話せるのだ。


「心中は察する」


ローレンは元気のないアシュレイに、お茶を差し出して向かいに座った。


「国のためを思えば、大したことではない」

「しかし、相手は何者かも分からない者だぞ」


ローレンが話すように、アリアを調べた限り、田舎育ちのただの娘で間違いない。貴族などの称号どころか、育ちも普通。なぜあのような魔力を持ち合わせているのかも不明。


「本物の聖女かもしれない」


とどのつまり、そういう見解しか見いだせない。聖女だからといって、皆が貴族上がりだったわけではない。しかし、どうしても納得できない事柄もある。


「聖女が攻撃魔法を得意とするなど、聞いたことがない」


ローレンが見た光景は、高難易度の魔法だった。しかも攻撃魔法。聖女様は光魔法が得意であり、治癒魔法を使用し、逆に攻撃魔法はほとんど扱えないのが通常だ。


「ローレン、お前が見た光景が本物ならば、やはりアリアはただの魔術師になる」

「しかし、お前は魔術師ならぬ治癒魔法を使用したと聞いたんだろう」

「あの子供が話したことが、もし本当に事実ならば、聖女にしか成せない偉業だ」


聖女であって、魔術師? そんなことがありえるのか? アシュレイとローレンは、互いに頭を抱えるように眉間に皺を寄せる。


「だが、俺にはごく普通の女に見えた」


魔法が得意だからと言って、鼻にかけるような感じでもなく、見せびらかすような感じでもなかったと。

魔法が得な奴ほどそれを盾に、金などを要求するものも多い。おそらく貴族から排出される魔法使いが多いのも原因の一つだとは思うが、高額にて依頼を引き受ける輩も少なくない。


「そうだな。あれ程の腕があれば、稼ぎたい放題だろうに」

「しかし彼女は、それをしていない。むしろ魔法を隠そうとさえしているように見えたな」


魔術師試験を受けたら間違いなく、合格。その上、かなり上級とみなされ不自由などなく暮らしていけるだろうに、アリアはライアール国で、罪人にまでなってもそれを口にしなかった。


「ランデリックも、全く気付いていなかったようだ」


友人でもある隣国の王子ですら、その能力に気づいていない。つまり、アリアはずっと魔力を隠して生きてきたことになる。まあ、なぜ聖女として祀り上げられたのかまでは分からないが、国外追放を受けたとき、アリアはなぜか笑顔だった。

アシュレイは、普通もっと残念そうな寂しそうな表情をするのではないかと思ったが、その時は一刻も早く自国へ連れ帰ることで頭がいっぱいだったので、今更そんなことを思い出した。


「誰が彼女を聖女として献上したのかは分からないが、ライアールも馬鹿な決断をしたものだな、アシュレイ」

「だから困っているんだ」

「一度聖女として認められてしまったんだ。国に異変が起これば、必ずライアールは攻めてくるぞ」

「争いは避けたい」


国を守りたいのはどちらの国も同じなのだから、そこで争いなど起こして、多くの民を犠牲にはできないと、アシュレイは再び肩を落とす。

だから結婚なのかと、ローレンは納得せざるを得ないが、どうにも腑に落ちない。

求婚したのは、一国の王太子殿下。しかもアシュレイは次期国王陛下。この国で、その誘いを断る女性がいるのか? ということ。

城に召されれば、本当に不自由などない。しかもだ、王妃となれば欲しいものなどほとんど手に入るのではないのかと、贅を尽くせると、ローレンは口元に手を宛がう。


「他に好きな男でもいるんじゃないのか?」


ローレンは、そう考えればアシュレイの求婚を断った理由に辻褄があうと口にした。


「それは盲点だったな。確かにその可能性が高いな」

「まあ、アシュレイのやるべきことは一つだな」


向かい合ったアシュレイの肩を軽く叩いたローレンは、ニヤリと白い歯を見せて、


「婚約だけでもしておけ」


と、無責任な発言をした。


「他人事だと思ってだなぁ~」


軽く言ったローレンを睨みながらも、アシュレイはまずはそこまで到達できれば上出来だと、自分を励ます。


「彼女だって、女性だ。恋ぐらいするだろう」

「どういう意味だ」

「惚れた男より、お前が魅力的になればいいだけだ」


ローレンは、アリアを振り向かせればいいんだと、恋に落とせと簡単に言う。


「お前は、俺の気持ちは完全無視か……」


自分の気持ちは考慮してくれないのかと、アシュレイが睨めば、ローレンが身を乗り出してきた。


「ほうぉ、お前に好きな女性がいるなんて、初耳だな」

「……、完全に嫌味だな」


好きな女性どころか、女性に対して嫌悪感しかないアシュレイは、ローレンを細く睨む。

王太子という立場上、いずれは相手を見つけなければならないのだが、パーティーを開催して集まってくる令嬢たちは、誰もかれも媚びを売ってきたり、家の為に身を売るか、自分の姿に惚れるか、王妃となりたいのか、そんな雰囲気が溢れており、気分が悪くなるほど甘い声で寄ってくる。

本心で自分を愛する者などいないのだろう。皆、地位やアシュレイの容姿に惹かれているだけ。そんな見え透いた心が見え隠れしており、アシュレイはいつも適当にあしらっては、相手を決めず、仕事に専念することに決めていた。

一方、ローレンは女性を近づけさせない。

二人きりの時はこんなにも気さくに話すのに、師団長の顔になれば、男性・女性に関わらず、冷静に時に冷たく接する。

表と裏の顔が違いすぎて、時々どちらが本当なのかと疑いたくもなるが、本人に結婚する気がないのだから仕方がない。


「はっきり言えることは、彼女は令嬢たちとは違うってことだ」


聖女かどうかは分からないが、少なくともアシュレイに媚びを売るような女じゃないと、ローレンが断言する。


「動機が不純だがな」

「お前はアラステアを守りたい。だから彼女を愛する。別にいいだろう」

「……ローレン、これは政略結婚と同じだ」


好き同士ではない、謀略の結婚。アシュレイにとっても、アリアにとっても望まれた結婚ではないのだと、息を吐き出す。


「かもしれないな」


ローレンもまた、それに異議は唱えなかった。

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