第10話 嘘をつきます

このままでは埒が明かないし、城に連れていかれたら面倒だし、アシュレイの目論見や気持ちも分からない。だったら逃げるが勝ち。

私は握られている手をそっと握り返して、


「そこまでおっしゃるのなら、王太子殿下についていきます」


優しく微笑んで嘘を申せば、アシュレイはぱぁと顔を明るくして、そのまま手をしっかりと握り締めて俯く。


「……良かった」


何が良かったのかよく分からないが、肩の荷が下りたように項垂れるアシュレイを眼下に見ながら、私はそっと口を開く。


「ごめんなさい……『セレネ』」


優しく詠唱した魔法は、ゆっくりとアシュレイと外にいた者たちを包み込んでいく。


「どう……し、て」


詠唱に気づいたアシュレイがゆっくりと顔をあげたが、そのまま倒れるように崩れ落ちた。

王家の人々は魔法に対する防衛効果が高いとされているけど、私の魔法は強い。よって、素直に眠ってくれた。

ようやく自由になった手を伸ばして、私は「約束は守るから」と、言い残してやっと手に入れた自由を満喫するのだと、山中へと逃げた。






アシュレイが目を覚ましたのは、日暮れ間近。


「俺としたことが、完全に油断した」


額を押さえて、自分の失態に嫌気がさす。アリアが本物の聖女だと見抜いていたにも拘わらず、魔法を使われることを想定していなかった自分の甘さに呆れる。

まんまと逃げられてしまい、弟や国に合わせる顔がないと、アシュレイは落胆する。

だが、


「王太子自らが求婚しているというのに、なぜ断るんだ」


と、沸々と怒りも込み上げる。

容姿だって皆が見惚れるほどイケメンな方だ。自慢じゃないが舞踏会に姿を見せれば、女性たちに囲まれる。当然王太子という立場もあるが、街に出ても皆の視線が熱く眩しいと言うのに、アリアはまったく靡かなかった。


「口説き方がストレート過ぎたのか?」


いきなり結婚などと提示して、引かれてしまったのだろうかと、アシュレイは頭を抱える。

聖女を逃がしたなんて、ヴァレンスになんと説明すべきかと悩む。


「……正直に話そう。それからアリアを探さなければ」


額を押さえながら肩に重石を乗せて、アシュレイは、アラステア国内には絶対いると確信を持って、ひとまず城に戻ることにした。


「荷が重いな……」


深いため息を何度も吐きながら、アシュレイは馬車を走らせた。






途方に暮れる。

アシュレイ王太子からは何とか逃げ出せたけど、隣国の情報なんてそうそう知るはずもなく、本当にどこにいるのか分からなくなってしまった。

逃げることに集中していたせいで、森の中で完全に迷子状態。


「せめて、雨風をしのげそうな場所があればよいのだけど」


辺りを見回しながら、野宿できそうな場所を探す。さすがに身を守れそうな場所で休みたいでしょう。


「女か?」


洞穴でもあればと彷徨っていたら、いきなり男の声がした。

びっくりして振り返れば、人相の悪そうな5人の男たちが、武器を手に立っていた。


(これって、山賊……、さんでは?)


身なりからして、ただの村人ではなく、私の額に冷や汗が流れる。


「へへ、まさかこんな山奥に女がいるなんてな」

「俺たちの後をつけてきたのか?」

「近衛兵の差し金か?」

「いや、あいつらは完全に巻いた」

「そんなへまはしねえよ」


どうやら男たちは街か村あたりから逃げてきたような言葉を交わし、その背後には大量の麻袋が見えた。

つまり、この人たちは盗賊で、犯罪を犯してどこかに逃げている途中のようだった。


(なんか、マズイ状況なんじゃ……)


出くわしてはいけない状況だと、私の足は一歩後ろに後退する。


「私、道に迷ったみたいで……、失礼します」


丁寧にお辞儀をして逃げようとしたんだけど、足元に弓矢が飛んできて、停止させられた。


「怪しいな」

「いえ、全然怪しいものではありません」

「こんな森の奥で何をしていた」


リーダー的な男が一歩だけ前に出て、大きな斧を構えると鋭い視線で私を見る。

確かに周りに何もなし、それにたぶん国境周辺という場所でもあり、そうそう人がいるような場所じゃなく、隠れ家にももってこいの場所であり……。


「スパイか?」


(絶対、盗賊さんのアジトがこの辺にあるんだってぇぇ~)


「ち、違います! 本当に道に迷ってしまって……」

「馬車は?」


斧の男はまさか歩いてきたんじゃないだろうと、さらに凄みを効かせる。きっと馬車を奪うつもりなのだろうけど、残念なことに馬車はない。


(どうしよう、魔法を使う? でもでも、もしもこの人たちが捕まったら、私のことがバレちゃうし……)


なんとかうまく誤魔化して逃げられないかと、私の口元は引き攣る。


「女、馬車はどこだと聞いている」

「捨てられたんですっ」


勢いあまって思わず捨てられたと叫んでしまった。


「捨てられた? だと」


眉間に皺まで寄せた男が、斧を構える。何か裏があるのかと、敵対心を向けられる。


「王太子殿下に無礼を働いたので、森に捨てられたんです!」


言ってしまった。盛大な嘘を。


「ぷっ、ははは……。お前ごときがアシュレイ王太子殿下に会えるわけないだろうが」

「この女、頭がおかしいんじゃねえか」

「いや、侍女だった可能性もあるな」

「確かに、そのみすぼらしさならあり得るな」


男たちは私の身なりと顔を見ながら盛大に笑い出す。確かに高貴な要素なんて欠片もないけど、ムカつく。うん、すっごくムカつく。


「だったら俺たちが高く売ってやるよ」


どうせ捨てられた女なら、好きにしてもいいよな的な視線で男たちが、金になると瞳を輝かせる。身なりや顔なんてどうでもいい、若ければそれなに買い取り手もあると嫌な笑みを浮かべる。


(偽聖女の次は、奴隷?!)


せっかく変な王太子から逃げてきたのに、売り飛ばされるなんて冗談じゃないと、私は息をめいっぱい吸い込んで。


「お断りします!」


と叫んで走った。

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