第9話 しつこい王太子からの逃走
「分かりましたっ、結界は私が引き受けます」
こんなところで高魔力の化け物だなんて、知られたくなくて、私はアラステア国に結界を張ることを約束する。
「それでは、聖女として我が国に来てくれると言うことでよいな」
「それはお断りいたします」
「結界を張ると約束したではないか?!」
約束が違うとアシュレイが大声をあげたが、そもそも結界の作成方法が違うんだから、城に出向かなくても全然大丈夫であり、私は安心させるべく、優しく微笑んで見せる。
「聖女ではありませんが、結界を作るのは得意なので、ご安心ください」
握られている手に手を重ねて、結界ならどこでも作成できますと言い切る。
が、アシュレイがそれをまともに受け取るはずもなく……。
「結界は聖女のみに与えられた祈りのはずだが……」
不信な表情を浮かべて、疑いの眼差しを向けられる。
確かに聖女様ならば、祈りを捧げるだけで結界を張れる。現に現役の聖女様たちは毎日祈りを捧げることで結界を保ち、人々の暮らす領域への魔物の侵入を防いでいる。
だけど私の場合、結界魔法を使用している。一度唱えておけば、数か月は持続するので、効果が薄れてきたら、また唱える。これの繰り返しをしているに過ぎない。
まあ、とはいえ、私が居る国に対してしか効果がないのは調査済みだから、結界の約束をするなら、私はアラステア国からは出られないことになるけど、国の規模的にはライアール国と大差ないので、問題はないかな。
それと、どうして聖女がいるのに私がって思うけど、聖女様の結界とは言え、完璧なものなど存在しない。各地の村や町を包んでくれるのは当たり前なんだけど、一部の魔物はその結界内に侵入できてしまうのも事実。だから討伐隊みたいな組織が存在するのだけど、故郷が襲われるのが嫌で、一度結界魔法を使用したら、なぜか国全体に自動発動しちゃって、しかも強力で、それ以来魔物の侵入を耳にしたこともなかったから、勝手に結界を張り替えています。
まあ、結界を補強したところで誰かに気づかれることもないので、安全が保障されるなら問題ないよね。
つまり、祈りを捧げて結界を作成する聖女ではなく、私は魔法を使用する魔法使い。
「申し訳ありませんが、私は魔法を使って結界を作ります」
「結界魔法を国全体に施すと言うのか?!」
「あ、いえ、……、その、……聖女様の作ってくださった結界を補強するだけです」
危ない! めちゃくちゃ魔力ありますって言うところだった。
化け物みたいな魔力があるなんて知られたら、処刑されるか、兵器として利用されるか、たぶんどっちか。せっかくここまでなんとか生きてこられたのに、あとは自由になるだけ、これももうすぐなのに、と、私はグッと魔力を隠し通すと心に決める。
(アリアは、一体何者なのだ)
アシュレイはふとそんな言葉が頭を過った。
祈りで結界を作成しないと発言したことから、聖女という枠からは外れる。しかし、街中の人々を治癒したのが事実ならば、その治癒力は聖女に値する。
アラステア国としては強力な結界を張ってくれるなら、それでも構わないが、アリアをライアール国に奪われるのは避けたい。
もしも、レイリーンが聖女としての役目を全うできなくなった場合、ライアール国は必ずアリアを探しに来る。現状で知り得る情報から、アリアは聖女よりも優れているのではないかと推測できる。
(だが、ライアールに奪われたくないから結婚してくれなんて、言えるはずもない)
それでは、ただの道具として扱うことと変わりない。アリアをそんな風に扱うことはしたくない。だからきちんと恋を育む結婚という結論に至ったのだが、たとえ王太子でも事は簡単には進まない。
無理やり結婚したとしても、アリアに気持ちがなければ、結局ライアールに戻る選択は残る。
(俺はアラステア国を守る責務がある。婚約者もいない。ならば……)
「アリア、俺は君のことが知りたい」
好きになってもらうしか道はない。
アシュレイは、まずはお互いを知るところから始めようと決めた。聖女を名乗るレイリーンがいるのだから、今すぐ何かが起こるわけでもないだろうと、少し時間をかけて歩み寄ることを考えた。
だが、アリアは物凄く変な顔をして俺を見るなり、突然頭を下げる。
「謹んでお断りいたします」
王妃という地位も、金にも、俺にも興味がないというのか?! 王太子自らが口説いているのに、全く興味を示さない。
そんなに魅力がないのだろうかと、自身の容姿に傷つきながらも、とあることを思いつく。
「男に興味がないのか?」
「はぁぁっ! 失礼な方ですね。私だって素敵な男性と出会う夢くらい見ます!」
「俺と出会っただろう」
自惚れているわけじゃないが、王太子との出会いに何か不満でもあるのかと、つい大声をあげてしまう。自慢じゃないが、これでもかなりモテる。
「だから、助けていただいたことには大変感謝しておりますし、結界もちゃんと張ると言っているのです」
要求はきちんと受理する。それなのに、何か不満でもあるのかとアリアもアシュレイを睨む。
「俺のどこが気に入らない」
「気に入るとか、気に入らないとかの問題ではなく、私はあなたを知りません」
いきなり現れて、結婚してくれというアシュレイがおかしいと指摘すれば、ようやく理解したのか、アシュレイが「そ、うだな」と納得する。
お互い何も知らない同士。しかも政略結婚でも約束された婚約者でもない。どう考えてもおかしい。
私はやっとわかってくれたと、アシュレイの手を離そうとしたのだけど、両手で包み込むように掴まれる。
「ならば、これから互いを知ればよい」
(全然伝わってないじゃない!)
どうしたら分かってもらえるのかと、私は肩の力を抜いて、ため息を混じらせて言いたくもないことを口にする。
「私はどこにでもいる平民で、聖女でもなく、容姿も綺麗ではなく、平凡なんです」
王太子様に気に入っていただけるようなところなど、何一つないと言う。
それを聞き、アシュレイが私の全身を見る。
「確かに華やかさはなく、平凡だな」
(う゛っ、自覚してても正直に言われると、ちょっと傷つく)
グサリと刺さった棘が痛いけど、私はこのしつこい王太子様をなんとか振り払うべく我慢する。引き攣る唇を震わせながら。
「でしょう、私なんか下の下です」
そこらへんの女性より劣るとさえ言って見せた。
「しかし、俺は君がいいんだ」
(どうして諦めないのよッ、このナンパ王太子!)
怒りなのか、苛立ちなのか分からない震えが全身に行き渡る。結果、私は「逃走」という選択肢が浮かび上がる。
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