第5話 予想外の提案

一方、自国に戻ったアシュレイは、第二王子のヴァレンス=アラステアの部屋に足を運んでいた。


「お帰りなさい、兄さま」

「今戻った」

「それで収穫は?」


アシュレイが椅子に腰かければ、ヴァレンスが側による。


「魔法制御の手枷にブレスレット、あれでは確かめることは難しいな」


軽く頭を抱えたアシュレイは、確定が出来ないと話す。


「兄さま、ブレスレットとは?」

「魔法制御のブレスレットをしていた」

「それは誠ですか?」

「ああ、間違いない」


アシュレイは、アリアが身に着けていたアクセサリーが制御装置であると見抜き、二重で制御がかかっていたせいで、魔力を測ることが出来なかったと苦い顔をする。

それを聞き、ヴァレンスもまた真剣な表情で正面の椅子に腰かけた。


「どういうことなのでしょうか?」


脱獄などの防止のため魔法制御の枷は納得できるが、自らも魔法制御のアイテムを身についていたことに違和感しかない。


「誠の聖女であるなら、なぜ制御をかける必要があるんだ」

「兄さま、何か情報に間違いが……」

「現地で気になる情報を入手した。その話が誠であるなら、聖女は彼女で間違いない」


だが、アリアはそのことを沈黙し話さない。その上、逃げるように姿を消し、国家に嘘までついて犯罪者になっている。一体何が目的なのかと、アシュレイは眉を寄せて深く考え込む。



『ライアール国の聖女が偽物だった』



その噂を聞きつけ、アシュレイは急いで確かめに向かったのだが、街で叫ぶ女の子を見つけた。


「どうして誰も信じてくれないの!」


友達数人に囲まれた女の子がその中心で泣いていたのだ。


「街は本物の聖女様、レイリーン様が救ってくれたのよ」

「そうだそうだ、嘘つきサラ」

「嘘じゃないもん! お父さんを助けてくれたのも、みんなを助けてくれたのも、お姉ちゃんなんだから!」


グズグズと鼻を鳴らして、サラと呼ばれた女の子は、街を救ってくれたのはお姉ちゃんだと叫んでいる。

イジメかもしれないと、アシュレイは仲裁に入るべく子供たちに近づくと声をかけた。


「話を聞かせてくれないかい?」

「ぐ、……ず……誰?」


泣いているサラに優しく声をかければ、手で涙を拭いながら見上げてきた。だからアシュレイは自分のハンカチを手渡して、涙を拭いてほしいと言う。

集まっていた子供たちは、突然現れた大人にきょとんとしたが、アシュレイの後ろに数人の護衛が見えると、怖くなったのか皆口を閉じた。


「今の話、お兄さんにも聞かせてくれる」

「私のお話、聞いてくれるの?」

「もちろん」


優しく微笑んで、サラの目線まで腰を下ろせば、サラはひっくと泣き止んで、お父さんを助けてもらった時のことを話してくれた。

突然現れた女の人が、聞いたことのない長い魔法を唱えるとお父さんも街も全部包み込むような光が溢れて、みんなの怪我が治ったと話してくれた。

だけど、みんなは新しく聖女になったレイリーン様が治してくださったと信じていて、誰もサラの話を聞いてくれないと、また泣き出しそうになる。


「その女の人が、どんな人だったか覚えてるかい?」


アシュレイは、サラの頭を撫でながらどんな人だったのか聞き出そうとしたのだが、


「マントを被っていて、よく分からないの」


顔も髪も全然見えなくて、女の人だったことしか分からないと話す。

だからみんな信じてくれないのだと、サラは涙を滲ませる。


「他に気づいたことはある?」


女性という情報だけじゃ、見つけることは難しいと、アシュレイはサラに何か他に情報はないかと尋ねれば、サラは必死にあの時の記憶を探す。


「あ、そういえば、お姉ちゃん、ブレスレットをしていた」

「ブレスレット?」

「うん。月の飾りのついた綺麗なブレスレット」


魔法を唱える前に外したから、そこだけよく覚えているとサラが元気よく教えてくれた。


「……詠唱前に外した?」


つまり、魔法増強アイテムではなく、制御アイテムなのか? と、アシュレイは眉間に皺を寄せる。これだけの範囲に治癒魔法をかけられるとすれば、聖女をおいてほかにいないはず。

しかし、たとえ聖女とはいえ、街全体に治癒魔法をかけられるとは思えない。

聖なる魔力が高いとはいえ、全員を救うのは到底無理だ。


「お兄ちゃんは、信じてくれる?」


頭の中で様々な考察をしていたら、サラが潤んだ瞳でお姉ちゃんは絶対にいたのだと、信じて欲しいと見つめてくる。

サラが嘘をついているようには見えない。アシュレイは、もう一度頭を撫でて笑ってあげる。


「俺は信じるよ」


そう言えば、サラは涙を拭って笑ってくれた。






アシュレイは、ライアール国内であった出来事をヴァレンスに話し、二人で頭を悩ませることになった。


「アリアさんが本物なら、どうして制御など」


聖女は国を守るために結界を張り、人々を救うのが役目。魔力を制御してどうするのかと、ヴァレンスは変な頭痛がしてきた。


「だがライアールには、結界がきちんと張られていた」

「それは後から見つかった、聖女レイリーンさんが張ったものですか?」

「そこまでは分からない。そもそも聖女は祈りを捧げるだけで、結界を張れる。二人同時に祈っていたら、益々分からない」


そう、聖女に選ばれし者は神に祈りをささげることで国を守る。どこの国もそうやって結界を張っているのだが、アラステア国はもうすぐその結界が消滅しそうなのだ。

長きにわたり聖女であった王妃が病に倒れた。このままでは聖女不在となり、脅威に晒されるがため、新たな聖女を探すことになったのだが、そう簡単に見つかるはずもなく、困っていたところに、隣国で偽物聖女を捕えたとの情報が入り、聖女が二人いるということに目を付けたアラステア国は、それを確かめに行ったのだ。

だが、囚われの聖女は本物であるとともに、真実を口にしない。


「アリアは、一体何を考えている」


アシュレイは、何か企んでいるのではないかと不信感を持ち、ヴァレンスは本物の聖女はアリアとレイリーンどちらなのかと思考する。


「ヴァレンス、お前の意見を聞きたい」

「兄さまのお言葉が真実ならば、おそらく真の聖女はアリアさん。だけど、制御アイテムについては分かりません」


街で聞いた女の子が話した通り、アリアは月の飾りのあるブレスレットを確かにしていたと聞かされ、それについては確信を持てるが、魔法制御アイテムについては、何も分からないと正直に答えた。


「なぜ本当のことを言わないんだ」


本物であるなら、おそらくレイリーンよりも上。その力を王に、国民に示せば偽物を払拭できるはず。それなのに、アリアはおとなしく牢獄に入った。


「しかし、これは我が国にとって願ってもないチャンスです」

「ヴァレンス?」

「アリアさんがもし追放されれば、わが国でその身を預かれます」


聖女を見極められないようなライアール国から、本物の聖女を受け入れることができる。ヴァレンスは、これを逃す手はないと、アシュレイに迫るが、アリアの目的が分からないのは危険だと言う。


「聖女が何かを企むなど、あり得るのですか?」


国を守り、繁栄をもたらすと言われる聖女が危険な存在なわけがないと、ヴァレンスが声を荒げ、アシュレイは顔の表情を緩めた。


「確かにお前の言う通りだ。誠の聖女ならば裏があるはずもないな」

「けれど、アリアさんがライアール国から出たことで、何か影響が出るのではないでしょうか?」

「それについては、ないとは言い切れない」


おそらく本来選ばれるべきは、アリア=リスティーで間違いない。だが、聖女がもう一人現れた。レイリーン=ハインリヒという女が聖女の役目を担えれば、それほど影響は出ないのではないかと、アシュレイは考えるが、問題はそれだけではない。

もしもライアール国が、正当聖女に気が付けば、取り戻しに来る。それだけは阻止したい。

たとえ国外追放になったとしても、取り戻しに来るだろうと容易に想像ができる。そして、そこで戦争などが起これば、多くの民が傷つく。それだけは絶対に起こしてならないと、アシュレイは再び険しい表情を浮かべる。


「兄さま?」


突然黙り込んで難しい顔をし始めたアシュレイに、ヴァレンスが心配そうに声をかける。


「聖女を我が国に匿うには、リスクが大きすぎると思ってな」

「何をおっしゃっているのですか、兄さまがご結婚なさればよろしいではありませんか」

「結婚だとっ」

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