第4話 地下牢への訪問者

「人々を放って一番に逃げるなど……」

「なんて酷い方なのでしょう」

「父上、僕はレイリーンと婚約いたします」


私との婚約は破棄し、ランデリック王子はレイリーンと婚約をするとここで断言した。当然、王様も王妃様も大賛成。

ランデリックは階段を降りると、私を指さす。


「お前は偽聖女だ。よって、婚約は破棄する」

「……」

「異論はないな」


(初めから、私は聖女じゃないって言ってたでしょう!)


とはさすがに口にできず、


「……はい」


と、小さく返事を返した。王子自ら破棄してくれるならむしろ本望。


「アリア=リスティー、お前の処分は追って出す」


そう言い渡されて、婚約はスムーズに破棄され、聖女のお役目も終えた。望んでいた聖女脱出は、案外簡単だった。






思い通りにはなったけど、まさか牢獄に入れられるなんて。

暗くて冷たくて、寒くて、一人ぼっちの地下牢獄。

膝を抱えて座り込んだ私は、「いっそ脱獄を」と考えて、すぐに思い直す。それこそ本物の罪人になってしまうと。


「このまま追放してくれたら、いいのに……」


国外追放、これなら絶対静かに暮らせる。

上部にある小さな天窓を見上げて、私は人生で何度吐いた分からないため息を吐く。


「目が覚めたら、見知らぬ森の中にいたいなぁ」


そう願って、膝を抱えたまま一人静かに眠りについた。






三日後、朝一番になぜかランデリック王子が訪問してきた。

しかもご友人付き。


「アシュレイ、これが聖女失格の女だ」

「確かに聖女にしては、やけに平凡だな」


(何この人! 超失礼なんだけど!)


いきなりやってきて、牢の向こう側からこっちを見るなり、私を平凡呼ばわり。間違ってはいないけど、面と向かって言われるとやっぱりムッとするでしょう。

ダークブラウンカラーの、少し長い髪を横に結った男の身なりが高貴なことから、どこかのお偉いさんだとは思ったけど、


「こちらは、アシュレイ=アラステアだ。アラステア国の王太子殿下だ」


まさか王太子様だとは。

ムスッとして床に座る私に、膝をつけとランデリックに言われ、両手につけられた魔法制御装置のついた枷を床に置き、何となくひれ伏す。


「そこまでしなくていい」


丁寧に両手を床について頭を下げたら、アシュレイは顔を上げるようにいい、なぜか手招きする。


「アシュレイ、こいつは罪人だ。近寄るな」

「少し近くで見たいだけだ」

「何をするか分からない、触るなよ」

「分かっている」


まるで見世物。私は床に座ったまま牢獄の中央から動くことを止めた。


「名は?」


アシュレイが声を掛けてきたが、答える気なんかない。どうせ罪人となった偽聖女を馬鹿にしに来たんでしょうって、私は視線さえ逸らす。

そしたら、ランデリックが苛立ちを込めて「答えろ」って、怒鳴ってきたから、仕方なく名を名乗る。


「アリア=リスティーです」

「アリアと言うのか、少しこっちにこないか?」


何に興味があるのか分からないが、アシュレイは再び手招きをして私を呼び寄せる。


(罪人がそんなに珍しいの?)


心境を言葉にするならコレ。

罪人なんか見に来て楽しいのか? それとも罪を課せられた元聖女が珍しいのか? どちらにせよ見世物に変わりはない。

太々しい態度をとってそうそうに帰っていただこうと思ったんだけど、アシュレイは「少しでいい、話がしたい」と、なぜかとても優しく接してくる。

コツコツとランデリックの足音が響き、苛立ちを募らせているのを感じ、私は仕方なく牢獄の檻に近寄る。


「な、に……?」


檻の外から手を伸ばしたアシュレイが突然私の腕を掴んだ。

そして、舐めるように腕を見ながら、ゆっくりと持ち上げていく。


「どこだ……」


何かを探しているのか、アシュレイはポツリとそう囁くと、突然服を捲って腕をさらけ出す。


(なんなのこの人! 変態なの?)


女性の腕をマジマジと見てくるアシュレイに、気持ち悪さを感じていたら、


「素敵なブレスレットをしている」


初めからそれを探していたかのように、ブレスレットを見つけると微笑んだ。


「友人からいただいた物です」

「ご友人はセンスがいい」

「あ、りがとうございます」


まさかブレスレットを褒められるなんて思わず、出まかせで出た嘘に感謝する。


「アシュレイ、罪人に触れるな。穢れるぞ」


少し距離を置いた場所から、ランデリックが声を掛ければ、アシュレイは声を潜めて、


「君に会えて良かった」


と言いつつ、ランデリックから見えないように、「近いうちにまた来る」と口を動かす。


「――は?」


思わず漏れた声はどうやらランデリックには聞こえなかったみたいだが、アシュレイは最後にウインクをして立ち上がる。


「ありがとう、ランデリック」

「偽物の聖女が見たいなんて、モノ好きにもほどがあるぞ」

「本物の聖女様にも挨拶していく、許してほしい」

「レイリーンは僕の婚約者だ、変な気は起こすなよ」

「聖女様に手を出そうなど考えもつかない。それに、俺にも気になる人ができた」

「ほう、お前に見合う女性ができたのか。それはぜひお会いしたい」


二人はそんな会話をしながら地下牢を出て行く。

また一人ぼっちになった牢獄で、私はアシュレイが触れた手を床に擦りつけていた。


「完全に馬鹿にしてるわッ」


罪人がよほど珍しいっていうの! それとも偽聖女が面白いの! また来るって何?!

私のこと珍獣か何かと勘違いしてるんじゃないの。見世物にされたことで腹の虫が収まらない。

確かに王太子殿下だけあって、顔立ちも綺麗で、声もすごく素敵で、さぞオモテになって、綺麗なご令嬢しか見たことないから、平民が珍しいのは分かるけど、あんまりだわと、ムカムカはどんどん増す。


「そもそも、“また来る”って、また冷やかしにでも来るつもりなの!」


ガンッと手枷を床に叩きつけて、私は真っ赤な顔をして怒り爆発。


「どうせ私は罪人よ。街中の人から偽物って罵られるんでしょう」


はぁぁ~~、嫌、もう何もかもぶちまけてしまいたい衝動に駆られるが、捨てきれないスローライフを夢見てしまう。

誰にも干渉されず、自由に生きる。きっと叶うと、私は『今は耐えるのよアリア』と自分を励ました。

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