第6話 突然の愛の告白
ヴァレンスからとんでもない発言が飛び出し、アシュレイは椅子を倒す勢いで立ち上がると、机に手をついた。
「わが国の王妃を奪うような、愚かな行為はしないでしょう」
後々になって、真の聖女はアリアだったと気づいたとしても、アラステア国の王妃となれば、連れ戻すことも、奪還することもできないはずだと、ヴァレンスはこれ以上ない策を告げる。
「それについて異論はないが……、俺は……」
「もしかして、兄さまには心に決めたお方が」
「いや、いない。だが、突然結婚などと……」
まだ一度しか会ったことのないアリアを果たして愛せるのか? そもそもアリアは俺を愛してくれるのか? 国の為に結婚するのは構わないが、国王となれば、いずれ子供が必要となる。
愛のない夫婦の子供は、幸せになれるのか? 偽装結婚で片付けることもできなくなる。
アシュレイは、将来を思い描きながら、嫌な汗と苦悩しか出てこず、ガクッと項垂れるように椅子に座る。
「どうしたのですか、兄さま!」
全身から力が抜けてしまったようなアシュレイの姿に、ヴァレンスが慌てて声を掛ければ、「問題ない」と、苦笑を返された。
薄暗い牢獄は今日も冷たい空気を生む。
「この手枷、邪魔過ぎる」
一日二回、食事が運ばれてくるが、手枷のせいでスプーンもフォークも使いにくい。
偽物とは言え、聖女だった経歴もあり、魔力を封じ込めるための手枷なんだけど、はっきりいって、私には通用しないわけで、ただの重りと変わらない。
こんな枷で私の魔法を封じられるのなら、はじめから着けて生活してるわ、とさえ思う。
「壊さずに外す方法ってないかしら?」
せめて食事と寝るときくらいは外して、またつけられる魔法がないかと考えてはみたけど、そんな便利な魔法などなく、結局肩を落とす。
「そういえば、私の刑……、明日決まるんだっけ?」
ふと嫌なことを思い出して、私はこれ以上ない深いため息を吐き出して、今日も冷たい床で眠りについた。
翌朝、朝日が昇るとともに私は謁見の間に連行され、刑を言い渡された。
聖女としての役目を放棄し、逃亡を図った罪により、
アリア=リスティーを
『死罪』
とする!
「………嘘」
下された判決に、頭の中は真っ白。
逃げただけで死罪って、どうなってるのよ!
国外追放くらいが妥当でしょう。聖女不在で、国民を危険に晒したまでは素直に受け入れたけど、街中に治癒を施して、魔物退治までしたのは、わ・た・し。
冗談じゃないわと、メラメラと怒りが込み上げてくる。
「処刑日は、追って知らせる。この者を牢へ連行しろ」
王の声で、私は兵士に両腕を捕まれ立たされ、歩かされるが、その途中で耳に入った声に、私はそいつを睨みつけた。
「聖女は二人もいらないわ」
レイリーンは、扇で口元を隠しながら、クスッと笑った気がした。
「あの程度の魔法で、よく言うわ」
「負け惜しみかしら? わたくしはこの国を救ったのよ」
「それはご立派ですこと。それでは魔物も討伐してくださったのかしら?」
救ったと言うのなら、当然郊外に現れた魔物討伐もしたのかと問えば、レイリーンは少しだけ表情を強張らせて、扇を口元から外す。
「わたくしが出向くまでもなく、騎士様たちが討伐してくださったので、わたくしの魔法を披露する場がありませんでしたわ」
レイリーンは、魔法の威力を見せる場が失われてしまって残念だわと、強気に出た。
ほんとムカつく。
「あなたの魔法力では、足手まといになるだけですもの、行かなくて正解だったのでは」
「な、んですって!」
魔法力を馬鹿にされ、レイリーンが顔を赤くして怒る。
「あら、聖女さまでも怒るのね」
癒やしを象徴とする聖女。誰もが思い描くは女神様のような姿。だからか、レイリーンはすぐに取り乱した自分を整え、フワフワとした扇を仰ぐと、
「偽物は、とっとと消えなさい」
勝ち誇ったような笑みを浮かべて、そう言った。
「ええ、あなたに言われなくとも、消えて差し上げますわ」
(絶対、脱獄してやる!)
そう心に決めて、私はそのまま大人しく連行されるはずだったんだけど……。
「その罪、少し待ってくれ!」
ドカッと扉が開かれて、一人の男が飛び込んできた。
「アシュレイ!!」
見覚えのある男に、ランデリックが声を上げた。そう、飛び込んできたのは隣国の王太子殿下のアシュレイ。
何事かと、謁見の間は緊張感に満たされる。
「国王よ、アリア=リスティーの死罪、俺に免じて免除していただけないか?」
部屋に入ってくるなり、王様の目の前で膝をつき、頭を下げたアシュレイは、アリアを救ってほしいと願い出る。
「それはどのような了見か?」
「ライアール国の聖女であると知りながら、俺はアリアを愛してしまったのだ」
突然の告白に、誰もが驚きと声を失う。
もちろん私だって同じ。
(この人、何を言い出すの?!)
「……アシュレイ王太子」
「手が届かぬと諦めかけていたが、アリアは偽物とのこと。俺の妻にしても差し支えないだろうか」
再度頭を下げたアシュレイは、聖女でなければ、ぜひ妻にしたいと申し出る。
当然王様も王子も、レイリーンでさえ、ポカンと口を開ける。
(はぁぁぁ〜?! まだ一度しか会ったことないのに、どうしてそうなるのよ!)
私も半開きの口のまま、脳内でそう叫んだ。
だが、アシュレイはとても真剣な表情をしたまま、王様に深く頭を下げると、私の方に歩いてきた。
「アリアを離せ」
両腕を掴んでいた兵士に命令し、束縛を解くと、アシュレイはなんの前触れもなく、いきなり抱きしめてきた。
「君が偽物であったこと、これほどまでに喜んだことはない!」
「ちょ、と、……」
展開がいきなり過ぎて、私はアシュレイを引き離そうとしたんだけど、物凄い力で抱きしめてきて、ついでに耳元に口を寄せてきた。
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