第43話

私しかその声を聞いていないけど、それ以外に考えられない。




カヤさんが私を助けてくれたんだと思うんだ。




「カヤが……明日香を助けたのか……?」




光輝先輩が、まだこのへんにいるかもしれないカヤさんへ向けて問いかける。




その言葉は空中に溶けて消えていくだけ。




なのに……暖かな空気が流れているような気がした。




白夜先輩が、黒い畳の前で膝をついた。




肩が小刻みに震えて、時々嗚咽を漏らす。




先輩――。




かける言葉なんて、見つからない。



次の瞬間。




「もう、やめよう」




と、涙に濡れた鼻声で言った。




「なぁ、光輝。もう、やめよう」




振り向いて、頬にキラキラ光る涙。




だけど、その顔はなにかがふっきれたような軽い笑顔だった。




「白夜……」




「俺たちは自分たちの中にカヤがいると思いこんでた。



思い込んで互いに求めることで感傷に浸りたかったダケなんだ」




時折鼻をすすりあげながらも言葉を続ける。




「でも、それで満足するのは俺たちだけだ。



カヤはもう過去のことなんて気にしてない。




気にしてたら、明日香を助ける余裕なんてないハズだから……」



こんなことにも気づかなかったなんて、かっこわりぃ……。




そう言って、白夜先輩は笑う。




つられて、光輝先輩も笑った。




辛いハズの過去を、笑ったんだ。




「さようなら、カヤ」




「さようなら」




互いの中に、カヤはいない。




ようやく気づいた2人の耳には――『ほんと、世話が焼けるんだから』と、クスクス笑うカヤさんの声が届いていた――。




~真実 吟~



俺は懐かしいあのアパートを出て、ユカの元へと歩いていた。



白夜、あいつは昔と変わらなかった。



光輝も。



きっと、あいつらはずっと、あのままだろう。



結局、曲がったことは嫌いで、悪人にはなれない。


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俺は、十字路に差し掛かったところで足を止めて、民家の壁に背中をもられかけた。



みんな、知らない。



俺だけが知っている真実。



カヤは、本当はあの部屋では死んでいない。



死んだのは……この十字路だ。



俺はタバコを取り出して火をつけ、煙を空へと昇らせた。



ユカは、確かにあの部屋の鍵を変えて、俺は入ることができなくなっていた。



だけど、そんなの外向きについていた台所の窓を開けて入れば、問題なかった。



俺はすぐにカヤを部屋から連れ出して、どこかユカの目の入らない場所に逃がすつもりだった。



でも……。



俺の言葉を、カヤは信じなかった。



完全に俺はユカの仲間だと思い込んでいて、部屋から助け出したあとも距離を置いて歩いていた。



「もう、いい加減信用しろよ。兄妹だろ」



そう言っても、カヤは無言のままだった。



相当怖かったんだろうな。



今思い出しても、申し訳なかったと思う。



そして、この十字路に差し掛かったとき。



道に似合わず、大きなダンプが通りすぎようとしていた。



「おい、早くこい」



先に渡っていた俺は、振り返ってカヤに言う。



だけどカヤは、一定の距離を置いておきたいのか、その場に立ち止まってしまった。



接近するダンプ。



それも、なんだか様子がおかしい。



横断歩道があるのに、一向にスピードを緩めないのだ。



「カヤ! 危ないから!」



その声にようやくダンプの音に気がついたカヤ。



手を伸ばす俺。



カヤもこちらへ手を伸ばしてきた。



だけど……だけど、その手は触れ合うことなく、引き離された……。



目の前で空中へ飛ばされるカヤの体。



血がコンクリートを濡らし、ダンプは民家の壁に激突して止まった。



うそだろ……。



信じられなかった。



カヤの血がここまで飛んできて、俺の服を赤く染めていた。



結局、ダンプの運転手は心臓発作を起こしていて、カヤにぶつかる前に死んでいたらしい。



それから、俺は自分が刑務所に入ったという偽りのうわさを流し、この街から消えた。




本当のカヤの死の理由は新聞やニュースには流れなかった。




俺が、知り合いの権力のある人間に頼み込み、葬り去ったからだ。




ユカが、俺に裏切られたと知ったら、その怒りの矛先がどこへ向かうか検討がつかなかったから……。



そして俺は、もう二度とここへ戻ってこない予定だった。




でも、それから1年後。



俺は人づてにこの街のうわさを聞いていた。




恋愛野獣会という、銀髪の男がいるグループができたこと。



最近、その男は明日香という女にハマっていること。



そして……カヤに、とてもよく似ているということ。



だから、俺はまたこの街にきた。



ユカがまだここにいて、光輝を好きでいるとしたら。



今度は、その女が危ない……。



そう思ったから。



案の定、街に戻ってきた俺にユカは接触してきた。



明日香という女の情報。



その女をカヤと同様の目に合わせるということ。



俺はこの時、ユカの味方というふりをしながら考えていた。



今度こそ、助けてやる。



もう二度と、カヤと二の舞にはさせないと……。



俺はタバコを一本吸い終わると、ようやくその場から歩き出した。



「カヤ……今度は守ったぞ」



そう、呟いて……。



恋話


それから一週間が経過していた。




ユカさんはいつの間にかお店からいなくなっていて、吟さんの姿も見なくなったある日のこと。




「それでそれで!?」




学校内の生徒会室。




私はグッと身を乗り出して優人先輩の言葉に耳を傾けた。




「今度、デートすることになった」




そう言って可愛く頬を染める先輩。




「やったぁ! おめでとう!!」




まるで自分のことのように嬉しくなって、私はソファから飛び上がって拍手した。




優人先輩の恋のお相手は、裏路地で助けた中学生の女の子。




猫を探し出して直接彼女に会いに行ったとき、連絡先を教えてくれたんだって。



最初っから彼女の方も優人先輩を気にしてたみたいだったから、生徒会のメンバーは上手く行きそうだと薄々感じてたみたい。




「へぇいいっすねぇ」




優人先輩の話しを聴いてそう言ったのは……タケル君。




なんでかわからないけれど、他校のタケル君が昼時になるとちょこちょこここへやってくるようになっていた。




別に用事がある風でもなく、昼食を一緒に食べている。




先生にバレたら怒られるんじゃないの?




と聞いてみれば、『バレなきゃいいから』と、能天気な返事をされた。




そして、そのタケル君とくっついてくるのが……なぜか桜子。




もしかしてタケル君のことが好きなの?




と訊ねると、『そんなワケないですわ!! 』と、顔を真っ赤にして否定されてしまった。


ダンスパーティの時の亮介君とはどうなったのかと聞けば、『あのような方は苦手ですの』と一言。




どうやら亮介君との2度目のデートは失敗したみたい。




それで、私たちはと言えば――。




「明日香、今日も放課後ちゃんと待ってろよ?」




白夜先輩の言葉に、「うん」と笑顔で頷く私。




ここまではいつもと変わらないんだけど……。




「俺も行くから」




横からそう言ったのは光輝先輩で……。




ここから、いつも口げんかが始まってしまうのだ。




最初はカヤさんに似てるから。




ただそれだけだった。



でも、今は――。




2人とも、私をちゃんと『明日香』として見てくれている。




それが嬉しくて嬉しくて――。




「明日香のファーストキスを貰ったのは俺だ」




言い合いの中のその言葉に、時間が止まった。




へ――……?




ファーストキスって……あの、熱が出てた時のだよね……?




最初、あの相手はタケル君だと思ってた。




でもそれは違って、じゃぁ白夜先輩かなって思ってたのに……。




「光輝……先輩?」

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