第42話
「ぐっ」
と鈍い悲鳴を上げて倒れる男。
一瞬呆気に取られた顔をする男たちに、私はガムテープを剥がしこれでもか! というほど大きな悲鳴を上げていた。
「おい、黙らせろ!」
「お前がさっさとロープで縛らないからだ!」
「うるせぇな! 暴れんな!!」
男たちがドタバタと騒ぎ出した時、さっきまで吟さんが立っていた後ろのドアが勢いよく蹴り飛ばされた。
もろくなったドアはそのままバタンッとホコリを立てながら倒れてしまう。
え――…。
誰もが、一瞬自分の目を疑った。
キラキラと輝く銀髪。
漆黒のツンツン頭。
青く魅惑的な髪。
燃えるような赤。
「恋愛野獣会だ……」
男の1人がそう呟いた。
「なんで、こんな昼間に……」
驚く男たちに、白夜先輩が「ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇぞ」と、威嚇する。
「誰の女に手出してるかわかってる? 殺されたいの?」
光輝先輩の、冷たい声。
みんな……。
みんな、助けに来てくれた……。
ジワリと目じりに涙が浮かぶ。
そして、あの時と同じように……ううん。
それ以上に怒りのこもった乱闘が始まった――。
さよなら……カヤ
それから数十分後。
私の目の前には男たちが倒れこんでいた。
もう誰もピクリとも動かない。
あっという間の出来事だった。
恋愛野獣会のメンバーは怒りにまかせ、容赦なかった。
前に助けてもらった時は手加減していたのだと、わかったくらいだ。
そして……。
小さな拍手の音が部屋に響いた。
全員の視線が、そちらへ向く。
「さすが、強いね」
ニコッと微笑む吟さん。
その顔に悪びれた様子はなく、みんなが喧嘩をしている最中も少し離れた場所で1人見学をいていた。
「吟……」
白夜先輩が呟くように名前を呼んで、クッと奥歯をか
み締めたのがわかった。
誰も、見ているだけの吟さんに手を出そうとはしなかった。
それは喧嘩に参加していないからだと思っていた。
でも、違うんだ。
吟さんは、白夜先輩の兄弟だからだ。
だから簡単に手を出せないでいたんだ。
吟さんは、それをよく知っている……。
「ひとつ、聞いていいか」
1人で出口へ向かう吟さんに、白夜先輩が声をかけた。
「事故……だったんだろ?」
その言葉に、吟さんは振り返る。
「カヤを殺すつもりはなかった。お前にとっても実の妹になるんだ。殺せるワケがない」
どういう事……?
私は吟さんと白夜先輩を交互に見つめる。
「父親へ自分の存在をアピールするために、カヤを少しの間ここへ泊まらせておくだけの予定だったんじゃないのか?」
「兄さん。それはなにを根拠に言ってるの?」
冷静さを装っている吟さんの声は、かすかに震えた。
「誰かがこの部屋のカギを変えた。だからお前は入れなくなったんじゃないのか?」
小さく割れた窓から、生暖かい風が入り込んできた。
また、雨が降るかもしれない……。
「教えてくれ。お前と一緒にカヤをここへ閉じ込めたのは、誰だ?」
「……さぁね」
クスッと笑って、吟さんはそのまま部屋を出て行ってしまった。
静まり返る室内。
ムシムシと暑いのに、誰もその場から動こうとはしない。
そして、白夜先輩の視線は黒く変色した畳を見つめていた。
カヤさんが死んだ場所――。
「なぁ……」
沈黙を破ったのは光輝先輩だった。
『なぁ』その言葉は私へ向けられた言葉なのだと理解して、「え?」と首をかしげる。
「外でユカとすれ違ったんだ。もしかして……ここにユカがいたんじゃないのか?」
「え……」
険しい表情。
光輝先輩の言葉を聞いて、白夜先輩の視線がこちらへ移動した。
ドクン――…。
嫌な汗が背中を伝って落ちる。
どうしてこんなに暑いんだろう。
雨が降れば少しは楽になるのかな?
「まさか、ユカさんが……?」
そう言ったのは優人先輩。
あぁ。
みんなユカさんを信用してるんだ。
あの時私を助けてくれたユカさん。
恋愛野獣会について教えてくれたユカさん。
「まさか、あいつが吟の仲間――?」
光輝先輩の険しい口調に、「そ、そんなワケないじゃない」と、思わず否定していた。
あれだけ怖い目にあわされたくせに、なに言ってるんだろう?
なんで、あんな人の事をかばってるんだろう?
ユカさんは光輝先輩が好きだっただけ。
その感情が、暴走しただけ。
そう、だよね――?
たとえ、ユカさんが吟さんに黙ってカギを変え、カヤさんを殺してしまったのだとしても……。
「吟は、ユカのことが好きだったんだ」
白夜先輩が、小さな声でそう言った。
え?
先輩の視線は、また黒くなった畳に注がれている。
「だから、一瞬思った。吟の仲間はユカで、吟はユカを助けるために自分が警察に行ったんじゃないかって……」
でも。
そう言い、白夜先輩はこちらを見て微笑む。
「お前が違うっていうなら、それを信じるよ」
ズキン――。
鈍い痛みが胸を突き抜ける。
こんな時に、微笑まないで。
悲しい笑顔、見せないで。
きっと、白夜先輩の推理は当たってる。
恋する感情が複雑にいりまじって、この事件がおきたんだ。
吟さんはユカさんを。
ユカさんは光輝先輩を。
光輝先輩はカヤさんを。
カヤさんは光輝先輩を。
沢山の感情ががんじがらめになって、カヤさんは亡くなったんだ――。
「そういえば……」
ふと思い出して私は口を開いた。
「みんなが来る少し前に、私もうダメだって思ったの。
抵抗する気力もなくて、やられるがままで……。
でも、その時声が聞こえてきたの」
「声?」
白夜先輩の言葉に、私は頷く。
「『頑張って! 大丈夫だから、しっかりして! お兄ちゃんがもうすぐ来るから』
って……。それで、私思いっきり抵抗したの」
あの声がなかったら、1人目のあいつに私は――。
「まさか、カヤが……?」
「うん。そうだと思う」
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