第40話

わたくしが生徒会室へ入るのも、これが始めて。




少し緊張していたけれど、それでまごついていては自分の不安が募るばかり。




思いっきり大きなその扉を開いて「あの!!!」と、声をかけた。




生徒会室の中は広くて、高級ソファに4人の男たちが座り、真ん中のテーブルでトランプゲームをしている最中だった。




「なに……してるんですの?」




「え?」




一番女性的な顔をしている青葉先輩が、キョトンとしてこっちを見つめる。




その態度にふつふつと怒りがわいてくるのが自分でもよくわかった。




ここに4人いる。




ということは、やっぱりタケルの言っていた銀髪男は白夜先輩じゃない。




「明日香さんがピンチの時に、なにをしてらっしゃるの!?」




大声でそう怒鳴ると、4人が驚いたように目を丸くした。




「明日香が、どうしたって?」




そして、一番最初に聞いてきたのは白夜先輩だった。





「ここに教科書を取りにいくと言って教室を出て行ってから、戻ってまいりませんの。




そしたら、今タケルから連絡があって銀髪の男と2人でどこかへ行くのを見たって……」



「銀髪の……男?」




「そうですわ。白夜先輩によく似た方だと言ってましたわ」




そう報告すると、4人はそれぞれ目を見交わせ「もう来やがったのか……」と、呟いた。




それでも動こうとしない4人に、痺れをきらして拳を作って壁を叩いてしまった。




バンッ!




とすごい音が響き、何も殴ったことのないわたくしの手はジンジンと痛む。




「なに、ぼーっとなさってるの!? 明日香さんが連れていかれたのですよ!?」




その怒鳴り声で、ハッとしたようにようやく動き始める4人。




「わりぃ。サンキュな」




わたくしの横を通り過ぎる瞬間。




白夜先輩はそう言い、わたくしの頭をポンッと撫でた。





その手のひらは前と変わらず暖かくて――わたくしは満面の笑みで、頷いたの。



ユカさんと吟


白夜先輩にそっくりな吟さんに手を引かれて、私は街の中を歩き回っていた。




「どこに行くの?」




「まだ、秘密」




さっきからそればっかりだ。




どんどん見慣れた街並みから、見た事もない細い路地へと入っていく。




それでも私の中に恐怖心がなかなか芽生えなかったのは、やっぱりこの人が白夜先輩に似ているからだったのだろうと思う。




「ここ、どこ?」




そして、ようやく吟さんが立ち止まったのは古びたアパートの前だった。




今ではもう使われなくなって廃墟になっているみたい。




「俺の思い出の場所」




「思い出の場所……?」




ニコッと微笑む吟さん。




「さぁ、行こう」




握っていた手に更に力を込めて、その中へと入っていく。




アパートの中はヒンヤリと冷たくてカビ臭い。





「ねぇ、ここなに? どうしてこんな所に……」



その質問にも答えずに、狭い階段を上っていく。




廊下にはピンクチラシが散らばっていて、歩くたびにそれがカサカサと音を立てた。




そして……2階の一番奥の部屋で、吟さんは立ち止まった。




「ここだよ」




錆びたドアがキシミながら開く。




その瞬間、初めて恐怖が背中を走った。




小さくて薄暗い部屋。




ボロボロのレースのカーテン。




所々黒く腐敗した畳。




そしてなにより……異様な空気。




ドアを開けた瞬間感じた息苦しさと鳥肌。




「やだ……」




入りたくない。




そう言って首を振る私の背中を、吟さんは突き飛ばしたのだ。




「いや!!」




小さな玄関に倒れこみ、振り返ると同時にドアが大きな音を立てて閉まった。



「開けて! 吟さん、開けてよ!!」




そう叫びながらドアを何度も何度も叩く。




けれど吟さんからの返事はない。




ノブを回してみても、ビクともしない。




閉じ込められた――?




ゾクリと背後から冷たい空気を感じて、ハッと振り返る。




そこに立っていたのは――「ユカさん……?」




私をよっぱらいから救ってくれた、ユカさんだった――。



ユカさんは不適な微笑を見せて、私の頬に手を伸ばした。




指先まで冷え切った手。




「本当に、よく似てるわ」




そう言って、ニッコリと笑う。




「え……?」




「ねぇあなた。恋愛野獣会についてもっと知りたいとは思わない?」




恋愛野獣会……?




どうして。




なんで今そんな話題が出てくるの?




私をここへ連れて来たのは吟さん。




白夜先輩たちは関係ない――。




「ある昔ね……」




ユカさんは話しながら私を部屋の奥へと誘導した。




畳の部屋に入ると、異様な空気が体中を支配する。




吐き気がしてきそうな不快感。



「ここで女の子が死んだの」



え――…。




畳の一部。




腐敗が早く進んでいるように見えるその場所の前で、ユカさんは言った。




「カヤって名前のね。白夜君の妹よ――」




白夜先輩の妹――?




「その子はねそっくりなの。あなたと、そっくり……」





なに、言ってるの?




そんなハズない。




妹の話しなんて、私知らない。




聞いてない。




呼吸が荒くなり、後ずさりするとすぐにユカさんに捕まってしまった。




「ほら見て、そっくりでしょ?」




そう言って目の前に出された一枚の写真……。




白夜先輩と光輝先輩の間に立って微笑んでいる女の子――。




「まるで生き写しみたいでしょ? ……でもね、彼女は……カヤは死んだの。この場所で。




残酷に、殺されたの――」



光輝とカヤは恋人同士で、白夜はカヤのお兄さんで。




カヤが殺されてしまったことをきっかけに、2人は心を閉ざしてしまった。




女嫌いなんだといったけれど、本当は違う。




誰も愛せなくなったんだ。




身近な女性が殺されてしまってから、互いの中のカヤさんばかりを求めるようになった。




『白夜は極度の女嫌いだ。特に、君みたいな子は受け付けない』




最初に青葉先輩に言われた言葉の意味も、理解できる。



私が、妹のカヤにそっくりだからだ…。




「恋愛野獣会っていうのはね、いつかまた女性を愛したい。その思いも込められて、名前がつけられたのよ」




それが、一番最初に『恋愛』がつく理由――。




「でも……どうしてカヤさんがここに……?」




「私? それも簡単な理由よ。私はずっと、光輝の事が好きだったから」




「え?」




「家が近くて、光輝が幼い頃からずっとずっと好きだった。



だけど私は彼よりいくつも年上だから、『お姉ちゃん』っていう存在であり続けたの。



それなのに……突然現れたカヤに横取りされたの」




そう言ってから、ガリッと歯をくいしばる音が聞こえた。




「光輝の親の会社が破綻して、最初は彼も落ち込んでた。




でも、すぐに笑顔が戻ったの。



生徒会のメンバーになったら学園をやめなくてもいいんだって言って。




それは私も嬉しかったわ。でも……そこで光輝は白夜とカヤに出会ったの」

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