第39話

☆☆☆


学校から飛び出してもそのまま寮へ帰ることなんて出来ない。




寮は白夜先輩と同じ部屋だ、帰れるワケがない。




「行く場所ないや……」




そう呟き、ふふッと笑みをこぼす。




家にも帰れない、寮にも帰れない。




私、どこに行けばいいんだろう?




行くあてもなくフラフラと歩いていると、一度だけ来たことのあるお店の前に来ていた。




酔っ払いに絡まれている時に助けてくれた人。




確か、ユカさんだっけ?




あの人が働いているお店の前だ。




でも、今はまだ時間が早いから《準備中》という札が掛かっている。




その札を指先で触れて、私はそのまま座り込んでしまった。




頼る人がいないって、こんなに心細いことだったんだって、初めてわかった。



今のこの気持ちをぶつけられる人がほしい。




ただ話しを聞いてくれるだけでいい。




それなのに、私には誰も――。




「なに、してるの?」




頭上からそう声をかけられて私は思わず身構えた。




あまりいいとは言えないこの場所で、またオヤジのナンパかと思ったから。




でも、その人物を見上げた瞬間……固まってしまった。




太陽の光でキラキラと輝いている髪。




影になって顔は隠れているけれど、ととのった輪郭。




「君、名前は?」




それに、この声……。




「白夜先輩……?」




思わず、そう聞いていた。




ここに先輩がいるハズがない。




そんなこと、よくわかってるのに。



「俺? 俺の名前は吟-ギン-。君は?」




「私は……明日香」




白夜先輩にそっくりなその人に、私は素直に名前を教えた。




「明日香って、いい名前だね? ねぇ、今暇ならちょっと話しでもしない?」




ニコニコと微笑む吟。




出会った頃の白夜先輩とは全然違う、暖かな感じがする。




白夜先輩に泣かされてここに来たくせに、白夜先輩にそっくりな人と出会ってドキドキしてる。




そんな自分が少し腹ただしくて、だけど隠せなくて……。




「行こう?」




そう言って差し伸べられた手を、簡単に掴んでしまったんだ――。




まさかこれが、後々大変なことになるなんて、考えもせずに……。



―タケル―


「あ、れ……?」




昨日に引き続き、桃ヶ丘高校は今日も休み。




桜ヶ丘学園ほどの名門学校じゃないため連日行われていたダンスの練習の疲れを取るための二連休だった。




友人と約束をしてブラブラと街を歩いていた時のこと。




俺は見慣れた彼女を見つけて足を止めた。




携帯電話を取り出して時刻を確認。




桜ヶ丘学園はまだ授業の最中だ。




じゃぁ、なんでこんなところにいるんだ?




遠くからだからハッキリと顔を見たワケじゃない。




けれど、あの背格好は間違いなく明日香だ。




「なにしてんだろ」




制服姿で店の前にうずくまっている明日香。




まさか、気分でも悪いとか?




早退して帰る途中に耐えれなくなって座り込んでしまったのかもしれない。



そう考えた俺は自然と早足になっていた。




《準備中》と書かれたキャバクラの前で俯いている明日香。




こんな所で1人名門学校の生徒が座り込んでるだなんて、変な男に見をつけられたりでもしたらどうするんだ。




飽きれて声をかけようとしたその時――。




俺より先に銀髪の男が明日香に声をかけたのだ。




俯いていた明日香が顔をあげ、驚いたように目を丸くする。




え?




知り合い……?




俺はもう一度男を見た。




キラキラ光る銀髪頭なんて、そうそう見かけない。




ということは、明日香と同じ学校の、あの男か?




いやでも、制服を着ていないじゃないか。





色んな考えが頭の中を巡っていく。





そうこうしていたら、明日香とその男は手を握り合って立ち去ってしまった。




「あ……」



結局、声をかけそびれてしまった俺。




どうする?




今のは、明日香を助けるために殴られたあの男だったのか?




それとも、違うやつ?




わからないまま、俺は携帯で桜子の番号を出していた。




授業中だから出ない可能性の方が高いかもしれない。




家が同じ地域だから幼い頃からよく知っている桜子だけど、家柄に差がありすぎて俺はいいように利用されているダケだった。




桜子のことが嫌いじゃない俺にとっては、それが苦痛じゃない。




でも……。




今思えば俺から電話をかけるのも、これが始めてだ。




『今何時だと思ってるの?』




そうやって怒る姿が目に浮かぶ。




そして、呼び出し音が聞こえてきた――。



―桜子―



携帯電話が鳴り始めたのはちょうどつまらない授業の最中。




わたくし、幼い頃から学業には長けていましたのでどの授業も退屈で退屈で仕方がありませんでしたの。




だから、今回わたくしが『体調がおもわしくありませんので保健室に行きますわ』と、先生に嘘をついてまで教室を出たのは、ただのきまぐれ。





決してタケルからの電話が嬉しかったとか、そんなことじゃありませんの。




息を切らしながら階段を上って、誰もこない踊り場へと出る。




呼吸を整えてから、電話に出た。




「も、も、もしもし!?」




声がクルリと裏返る。




―もしもし、桜子さんですか?―




丁寧な挨拶をするその声に、ドキッとする。




タケルからの電話はこれが始めて。




いつもはわたくしの用事があるときだけ、わたくしから連絡を取っていましたの。




「どうなさいましたの?」




いつもの嫌味さえ忘れて、素直にそう訊ねてしまう。



―あ、あぁ。実はちょっと聞きたい事があって―




「聞きたいこと?」




―今、あの銀髪の男って学校内にいる?―




銀髪の男……。




そういわれて思い出すのは白夜先輩の顔。




綺麗で美しくて、それでいて男らしさも持ち合わせている彼。




「彼が……どうされましたの?」




思い出しただけでも、ドキドキする。




―いや、実は今街中で明日香ちゃんを見かけて。



それで、銀髪の男と一緒にどこか行ったんだけど、なんか様子が違った感じがして―




「明日香さんが……?」




そういえば、教科書を取りに行くと行ってから戻ってきていない。




急に不安がのしかかってくる。




「わかりましたわ。白夜先輩がいるかどうか、確認してきますわ」




そう言ってすぐに電話を切り、生徒会室へと急いだ――。

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