第38話
「ちょっと話しがあるんだけど」
真ん中に立っているクルクルパーマの子にそういわれて、嫌な予感が胸を過ぎる。
白夜先輩のファンの子かな……。
今まで女子に呼び出されてボコられるなんて漫画の世界だけだと思ってた。
現実世界にもあったんだ。
なんて、妙なところで感心したり。
「ボーっとしてないで立てよ!」
1人が突然私の髪をつかみ、強引に引っ張った。
「痛い!」
悲鳴に近い声を上げて無理矢理立たされる。
クラスメイトたちは何事かとこちらをチラチラ見るが、口を出そうとする子は誰もいない。
千切れそうになるまで引っ張られて、痛みで涙がにじむ。
その時だった。
「なにしてるの?」
優しい声に、私の髪を掴んでいた手がパッと離れた。
「別に、なにもしてないです」
白夜先輩が来て、急にしおらしくなる女の子たち。
だけど、私に乱暴していた場面をしっかりと目撃している白夜先輩は
「もう知ってると思うけど。こいつ、俺のだから」
と、私の事をひきよせ、そのまま抱きしめたのだ。
嬉しいけれど、顔から火が出るほど恥ずかしい。
「でも、私達はずっと白夜先輩のファンなんです!」
クルクルパーマの子が、半泣きでそう言う。
「そう、ありがとう。でも、俺のファンなら理解してくれるよね?
こいつを傷つけたからって俺はこいつから離れないし、こいつを嫌いにもならない。
逆に、そういうセコイ事をする君達のことは幻滅するけどね」
優しい口調なのに言葉にトゲがある言い方に、女の子たちは押し黙ってしまった。
悔しそうに下唇をかんでいる。
少しかわいそうかな?
と思ったけれど、いい気味だ。
「明日香、行くぞ」
「うん」
先輩は私の手をしっかりと握り締め、歩き出した。
瓜二つ
いつものように5人集まって昼食を食べて、のんびりと過ごす。
白夜先輩は何度もアクビをしていて午後の授業開始の合図が出る頃には爆睡していた。
疲れてるんだろうなぁと思いつつ、長いまつげに見ほれてしまう私。
綺麗。
柔らかそうな頬に触れてみたい。
なにもつけていないのに血色のいい、唇にも。
サラサラの髪にも。
これ、全部が私のものなんだって思うと急に恥ずかしくなって視線をそらせた。
そんな挙動不審な私を見て、優人先輩がクスクスと笑う。
「明日香、授業始まっちゃうよ?」
「あ、うん」
そう言われて慌ててソファから立ち上がる。
みんなは……またサボリかな?
私みたいに授業についていくだけでいっぱいいっぱいってワケじゃないから、サボったってどうって事ないらしい。
1人で真面目に授業に戻るなんて名残惜しいんだけど、仕方がない。
私は眠っている白夜先輩へもう一度視線を投げかけて、生徒会室を出たのだった。
☆☆☆
「やば……」
そして、授業が始まってすぐに気がついた。
苦手な英語の授業だから、始まる前に今日のところを白夜先輩に教えてもらいながら予習したのだ。
予習したのはいいのだけれど、肝心の教科書を生徒会室に忘れてきてしまった。
どうしようかと周囲を見回す。
言えば誰かが貸してくれると思う。
けれど、あの教科書には白夜先輩が大切な部分に赤線を引いてくれてるんだ。
普通の教科書よりも、ずっとわかりやすくなっているのに……。
「教科書、忘れたの?」
隣の席の女子が私に気づいてそう聞いてくる。
「実はそうなんだけどね……」
「見せてあげるよ」
そう言って机をくっつけてくる。
ありがたい。
でも……。
「ごめん、生徒会室に忘れたんだ。だから取りに行ってくる」
せっかく教えてもらったのに、それを無駄にするなんて嫌だった。
私は先生に簡単に説明して慌てて教室を出た。
静かな廊下を小走りに急ぐ。
授業中の学校って、放課後と同じようでちょっと変な感じ。
沢山生徒たちがいるのにほとんど声も聞こえてこない。
まるで1人きりになったようなこの感覚が、少し楽しい。
そして、あっという間に生徒会室についてしまった。
白夜先輩たち、まだいるかな?
そんな期待を持って扉に手をかけた。
その時だった――。
かすかな話し声が中から聞こえてきて、私は動きを止めた。
盗み聞きなんて、そんな趣味の悪い事をする気じゃなかった。
ただ、中の雰囲気がいつもと違うなって思って、待ってた方がいいかと思ったんだ。
「もう、この辺に来ているらしい」
真剣な白夜先輩の声。
寝起きだとは思えないくらいハッキリした口調。
まさか、ずっと起きてたの?
「俺たちの居場所をかぎ回ってるのか?」
これは光輝先輩の声。
「そうらしい」
「まさか、本当に来るなんてね」
「ボクたちを逆恨みしてるってことかな」
青葉先輩と優人先輩。
なんの話?
生徒会メンバー全員が知っていて、私だけ知らない話みたいだ。
「とにかく、明日香から目を離すな」
え……私?
「必ず、誰かがそばに居てやれ」
なに?
どういう事?
話しの内容が全然見えてこなくて、だけど扉を開けることもできなくてその場に立ち尽くす。
「わかってるよ。その為に付き合い始めたんだろ」
ドクン……。
心臓が大きく跳ねた。
今のは、光輝先輩の声?
『その為に付き合い始めた』って……どういう意味なの?
嫌な汗が背中に流れて、私はドアノブに触れていた手を引っ込めた。
聞いちゃいけない。
これ以上、話しを聞いちゃいけない。
そう思うのに、足は動かない。
そして聞こえてきて白夜先輩の言葉。
小さな小さな声。
「あぁ。そうだ」
瞬間、胸が引き裂かれた。
頭の中が真っ白で、言葉にもならない。
『あぁ。そうだ』
その言葉が何度も何度も繰り返される。
それって、どういう意味?
私と付き合いはじめたのは何か理由があるから?
好きだからとか、そんなごく当り前の感情があったからじゃ、ないの――?
気がつけば後ずさりしていて、後ろの冷たい壁にトンッと背中がついた。
ヒヤリとして体温を奪われる。
「……はっ」
口から息が漏れた。
なに、それ。
浮かれてたのは私だけってこと?
ドキドキしてたのも、触れたいって思ったのも。
全部全部、私だけ?
昨日告白されたばっかりなのにこんなに舞い上がってる姿を見て、先輩たちは裏で笑ってたの?
「……ぅっ」
小さな嗚咽が漏れて、私はその場から走り出した。
一度あふれ出した涙は止まらない。
次から次へと流れ出して視界がゆがむ。
どうしてそんな嘘ついたの?
女の子たちから守ってくれたのは、なんだったの?
たった1日しか彼女としていられなかった私は、そんな事聞くこともできないのかな――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます