第36話
慌てて横へどけると、先輩は大きく伸びをしながらそのままソファへと座った。
いつもの定位置で落ち着いた表情を見せる。
そして、その顔のままこちらへ向いた。
「明日香」
「え?」
まさか名前を呼ばれるとは思っていなかったのでドキッとしてしまう。
「な、なに?」
「来い」
そう言って、両手を広げる白夜先輩。
来いって……。
両手を広げているところを見ると、やっぱり、その、腕の中にですか!?
「め、めっそうもないです!」
ブンブンと首を振ると、白夜先輩は「いいから」と一言。
いいからって言われても、でも……。
戸惑いつつも一歩二歩とソファへ近づいていく。
すぐ近くまで来ると、先輩は私の手を掴み、そのまま引き寄せた。
「わっ」
バランスを崩した私はそのまま先輩の膝の上にまたがって座ってしまう。
「ご、ご、ごめんなさい!」
真っ赤になって離れようとすると、先輩の手が背中に伸びてギュッと抱きしめられてしまった。
熱いくらいの体温が先輩から伝わってくる。
ほのかな香水のかおりが鼻先をくすぐる。
「先輩……?」
「明日香、あいつのことが好きなのか?」
「へ……?」
「あいつ……タケルってやつ」
「べ、別にタケル君はただの友達だし」
「そっか。じゃあ……」
白夜先輩の手の力が少しだけ抜ける。
その分だけ体を離すと至近距離に先輩の顔があって、余計に恥ずかしくなった。
「俺と付き合え」
え――…。
時間が止まった。
呼吸も鼓動も、全部が停止した。
「な……に?」
「聞こえなかった? 俺と、付き合えって言ったんだけど」
ニコッと微笑む先輩。
止まっていた鼓動が激しく打ち始める。
「じょ、冗談キツイよ」
ハハハと笑いながら視線をそらせる。
「冗談じゃない」
先輩の言葉が体中を包み込んで離さない。
聞きたい。
嬉しい。
だけど、聞きたくない。
怖い。
「本気だ」
そう言って、白夜先輩は私にキスをしたんだ――。
☆☆☆
晴れて彼カノになった私たちだけど……実感がわかずに、私はフォークに刺さっていた魚をポロッと落としてしまった。
「明日香ちゃんボーっとしてどうしたの?」
青葉先輩に言われて、慌てて「大丈夫です」と、作り笑い。
だって、ついさっきの部屋の出来事がまだ夢のようなんだ。
チラリと白夜先輩を横目で見てみても、いたって普通。
いつもとなぁんにも変わらない。
《夢のよう》じゃなくて、本当に夢だったのかな?
もしかして白昼夢とか?
なんて考えて眉間にシワをキュッと寄せる。
だとしたら私、どれだけ飢えてるのよ。
「明日香」
「は、はいっ!」
白夜先輩にいきなり呼ばれてピンッと背筋を伸ばす。
「みんなには報告しようと思う」
その言葉に、ドキッとする。
報告ってつまり、そういう事だよね……?
私は頬をポッと染めて、「はい」と、小さく頷いた。
「なになに?」
優人先輩が興味津々といった様子で私と白夜先輩を交互に見つめる。
「俺と明日香は、付き合う事になった」
先輩の言葉に、一瞬食堂内がシンと静まり返った。
ヒヤリとした汗が流れたが、次の瞬間「すごぉい! おめでとう!」という無邪気な優人先輩の言葉で空気は一気に軽くなった。
私はホッとして微笑む。
「い、いきなり告白されてね、ビックリしたよ」
「そうなんだぁ。じゃぁ告白は白夜から?」
「あぁ」
小さく頷く白夜先輩。
嬉しそうに次々と訊ねる優人先輩。
だけど……他の2人は会話には参加せず、黙々と食事を続けている。
「あの……青葉先輩」
「うん? なに?」
「えと……なんか、ごめんなさい」
最初に白夜先輩は女嫌いで、特に私みたいな子とは付き合わない。
そう言ったのは青葉先輩だったから。
「なにが?」
ニコッと微笑み、小首をかしげる。
「君たちが幸せならそれでいいよ」
そう言って、また料理に視線を落としたのだった――。
―光輝―
「どういう事だ」
夜中の2時。
いつものように恋愛野獣会のメンバーは見回りへと出ていた。
昼間に色々あったせいで疲れたのか、今日は明日香の姿はない。
「まさか、付き合うなんて思ってなかったなぁ」
そう言ったのは優人。
青葉はさっきから無言のままだ。
「別に、それほど不自然な事じゃないだろ」
当の白夜は俺と目をあわそうともしない。
後ろめたい気持ちがあるから、視線があわないんだ。
「明日香ちゃんにとっては、嬉しいことだろうね」
ようやく口を開いた青葉は、さっそく嫌味を垂れ流す。
「どうして、あいつが釈放されてすぐに付き合い始めることができるんだ」
思い出さなかったのか?
あの時の出来事を。
どうして、今のタイミングなんだよ。
「釈放されたからだ」
ボソッと白夜が呟いた。
「明日香は隙がありすぎる。1人でいさせるよりも手の内に入れていた方が守れるだろう」
その言葉に、俺は目を見開いた。
それじゃまるで……。
「また、あいつが俺たちの前に現れるような言い方だな」
「あぁ……」
深い闇を見つめて白夜は呟く。
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