第35話

桜子の気持ちなんて全然考えてなかったってことだもん。




そして、桜子とタケル君は元々の知り合いで、ブラック桜子はタケル君に私に近づくように言ったのだそう。




私をタケル君のとりこにしてダンスパーティーに誘う。




私が有頂天になったところで連れ出して、男たちに好きにさせるつもりだったらしい。




でも……。




「わたくし、亮介さんにダンスを申し込まれてすっかりその事を忘れてしまったのですわ……」




男たちが、本当になにか危害を加えそうになった時はタケル君と桜子が止めに入る予定だったらしい。




少し脅せば白夜先輩から離れるだろう。




そう思って。



2人の話を聞いたときには許せない気持ちよりも脱力感のほうが大きかった。




なんだぁそうだったんだぁ。




てっきりタケル君がすべて仕組んだのかと思っていた。




そんな相手に、少しでもときめいてしまったのかと思っていた。




でも、違ったんだ。




そう思うと、笑いがこみあげる。




「どうしましたの……?」




「なんか、おかしくて」



回りくどい桜子も、可愛く見える。




それに、危害を加える前に助けるつもりだったって言ってた。




結局、誰もが大切だから本気で傷つけられない、桜子の根っからの優しさが見えた気がした。




「亮介君のこと、好きなんだね」




「はい」




頬を赤く染める桜子。




可愛い可愛い女の子。




「白夜先輩のことは、もういいの?」



そう訊ねると、桜子は少し俯いて「あの方はきっと、明日香さんのことしか見えていませんわ」と呟く。




「……え?」




「なんでもありません。話はそれだけです」




ニコッと微笑んで顔をあげる。




なに?




なんか今すごいこと言われた気がしたけど……。




気のせい、だよね……?



☆☆☆


それから数十分ほど他愛のない話をして、私は2人を寮の外まで見送りにきていた。




「これから亮介さんとデートですの」




そう言って桜子はクルンッと回ってみせる。




どうりで、今日はいつも以上にメイクに気合が入ってると思った。




「楽しんでおいでね」




「もちろんですわっ」




さっきまで泣いていたのが嘘のように軽快な足取りだ。




そんな桜子を見送ってから、私はタケル君を見上げた。



なんだかバツが悪そうに頭をかいている。




「昨日は本当にごめん……」




「なにもなかったんだから、気にしないで。でも、二度と同じことしちゃダメだよ?」




「あぁ……」




シュンッと肩を落とす。




あ、それともう1つ。




「タケル君。あの時のキスはなんだったの?」



最初から桜子の計画に乗っただけなのに、キスしたの?




「キス……? あの時は邪魔が入ってなにもなかったじゃないか」




「違うよ、それじゃなくて。ほら、私が熱出した時に……」




「お見舞いに行ったとき? キスなんてしてないよ?」




え……?




私は朦朧とした意識の中、触れた唇を思い出す。




「嘘だ。あのとき絶対に……」




した、よね。



だけどタケル君はキョトンとしていて嘘をついているようには見えない。




じゃぁ、一体誰が――?




そっと、自分のクチビルに指をあてる。




あの時目が覚めるとタケル君が横に居た。




だからてっきりタケル君がキスしたんだと思い込んだ……。




「っていうか、さぁ」




「え?」




「俺、本気で明日香ちゃんのこと好きになっていい?」



「へぁっ!?」




驚きすぎて変な声が出る。




今、なんて?




「あの大きなポスター見て、すげぇキレーだと思って……」




タケル君の顔は耳まで真っ赤だ。




「あ、あれはプロの人に撮ってもらったからからだよ!」




「うん。けど、やばかった……」




ボソボソとそう言って、タケル君は赤い顔のまま走り去ってしまったのだった。



釈放


―白夜―


窓からタケルが走り去っていくのを見送って、俺はカーテンを閉めた。




ここは光輝の部屋。




俺の部屋とは正反対に黒色で統一されていて、薄いカーテンを引くだけでも夜になってしまったように暗くなる。




「白夜」




今まで電話をしていた光輝が、俺の名前を呼ぶ。




嫌な予感が胸をかすめつつ、振り向いた。




その先には、硬い表情の光輝。




今日だったの……か……。




予感はあった。



わかっていた。




明日香がここに来てから毎日が華やぎ、忘れた気になっていただけなんだ。



「あいつが……釈放された」




こっちの世界へ戻ってきた。




あいつが。




もう二度と顔を突きさわせることはないと思っていた、あいつが――。




「たった1年で……出てきやがった」




光輝は悔しそうにそう呟いた――。



☆☆☆


タケル君の後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから、私は部屋へ戻ってきた。




タケル君の赤くなった顔を思い出すと、こっちまで赤面してしまう。




それに、あの声。




本気だった。




私を騙そうとした人なのに、ドキドキしてしまった。




「へん……なの」




熱い頬に触れて呟く。




と、その瞬間。




「なにが変?」




と後ろから白夜先輩の声がして、私は驚いて飛び上がってしまった。




振り向いて



「なんでそんなところにいるの!?」



と怒鳴ると、先輩は覚めた目で私を見つめて




「っていうか、ドアの前に突っ立ってたら中に入れないんだけど?」



と、言われてしまった。

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