第32話
タケル君と2人で体育館の外の階段に座っていると、時間があっという間に過ぎていく。
他にも数人のカップルたちが赤い顔を冷ましに出てきて、私たちと同じように座っておしゃべりを始めていた。
そして、体育館の中から聞こえてくるフィナーレの音楽。
「優勝者決まったみたいだね」
「そうだね」
大きな拍手と、マイク越しに喜んでいる桜子の声。
だけどそれらは全部くぐもっていて、ここだけまるで別世界みたいだ。
「見に行かなくていいの?」
「どうせ後で自慢話聞かされるから、大丈夫だよ」
そう答えて、笑った。
そして……なんとなく、沈黙が2人を包み込む。
だけど、嫌な沈黙じゃない。
しゃべらなきゃって焦ったり、話題を必死で探したりしなくてもいい、心地よい沈黙。
「ねぇ、明日香ちゃん」
不意に、タケル君の手が私の腰に触れた。
「えっ」
そのままグイッと引き寄せられる。
そして、タケル君の顔がスッ近づく。
キス……される……。
その寸前で、私とタケル君の間に黒い下敷きが差し込まれた。
え……。
驚いて顔を上げると……不適に微笑む青葉先輩がそこ立っていた。
「こんな所で欲情するなんて、お前はサルか」
下敷きを引っ込めて、タケル君を睨みつける。
サルって……。
なんか怒ってるし。
「なんなんですか、あんた」
「俺? 俺は東條青葉。こいつの先輩」
そう言って、青葉先輩は私の頭を痛いほどグリグリと撫でた。
「痛っ! 痛いよ!!」
必死で抵抗すると、よくやく手を離してくれたのに「お前なにしてんだよ」と、冷たい言葉を浴びせられてしまった。
何って……。
何って……キ……ス……。
「白夜が怪我してんだ。早くこい」
「え……?」
白夜先輩が、怪我……?
「どういう事? ついさっき無表情のまま体育館に入って行ったのに」
「その時だ。あいつ生徒会の仕事ほったらかして外で喧嘩してきたらしい」
喧嘩!?
大きく目を見開き、立ち上がる。
そんな、なんで?
すれ違ったあの時、先輩は何も言わなかった。
「ごめんタケル君。私行くね」
座ったままのタケル君を振り返らずに、私は青葉先輩の後を追った――。
☆☆☆
白夜先輩は体育館の後ろにある小部屋のソファで体を横にしていた。
横には優人先輩と光輝先輩がいて、傷の手当てをしてあげているようだ。
「先輩……?」
恐る恐る近づいていく。
すると「来たのか」と、舌打ちをする音。
すぐにシャツを羽織ろうとするが、痛みで体が起きないようだ。
そんなに、ひどい怪我なの?
ちょうど私の前にいた優人先輩がスッと体を避けた瞬間――凍りついた。
うそ……。
横になっている白夜先輩の体は青アザだらけで、素人が見ても相手が複数いたんだという事は理解できた。
しかも、半そでの服で隠れない腕、顔、首には何の傷もない。
だからあの時、気づかなかったんだ――。
「どうして」
声が震えて、その場に立っていられなくなった。
床に膝をついて、白夜先輩を見上げる。
「どうして、こんなこと……」
あまりの痛々しさに先輩を見続けることさえできない。
「おい、シャツをかけてくれ」
そんな私に気づいたのか、白夜先輩は青葉先輩に脱いだシャツをかけてもらった。
「なんで喧嘩なんてしたんですか」
知らず知らずの内に涙が溢れ出していた。
こんなヒドイ姿見たくない。
白夜先輩の傷つく姿なんて……。
「泣くな」
ソファから手を伸ばして、頬に流れた涙を指先でぬぐう。
その暖かさに、余計に涙がこぼれ出した。
そして、初めて気づいたんだ。
白夜先輩が痛い時、私も痛いんだって。
「それと、少しは人を疑え」
「ほぇ……?」
なんでいきなりそんな事言われるの?
そう思って首を傾げる。
「タケルってあの男。桃ヶ丘高校のまわしもんだ」
え……?
「タ……ケル君?」
ついさっきまで一緒にいて。
一緒にダンスして。
それで、なんだかいい雰囲気になって――。
そのまで思い出して、ポッと頬を染める。
「赤くなってる暇じゃないよ。白夜はタケルの仲間にやられたんだ」
真剣な表情でそう言う優人先輩。
タケル君の仲間――?
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