第31話

嫌……見たくない!




ギュッと目を閉じて耳で音だけを聞く。




「あれ、明日香ちゃん……だよね? ずっげぇ……綺麗」




え……?




綺麗?




だって、写真は昨日の広告に入ってたヤツだよね?




だとしたら、タケル君だって見てるはず……。




恐る恐る目を開ける。




そして、ステージへと視線を移すと――。



あ……嘘……。




カッと顔が熱くなる。




違う。




広告として配ったヤツじゃない。




あれは、あの写真は――。




『いい笑顔、できてたじゃん』




白夜先輩がそう言った時の私の写真――…。




「広告に入ってたヤツよりも全然いいじゃん」



「あり……がとう」




胸の奥がギュッと締め付けられる。




あの照れた笑顔の向こうには、白夜先輩がいたんだよ。




そして、会場内は薄暗くなり、静かな音楽が流れ始める。




《それではダンスパーティの始まりです。



ステージ上に置かれている飲み物、食べ物はご自由に!



パートナーが決まっている人はその人と。




決まっていない人は今日のパーティでいい人を見つけてください!!》




は、はじまっちゃった。



ただ話をしているダケなら意識もしないのに、こういう場面になると突然緊張してしまう。




全くダンスができないワケじゃないけれど、苦手だし……。




みんな思い思いに動き始める中、どうしようかと隣にいるタケル君を盗み見る。




こういう時ってやっぱり男性がエスコートするものよね。




でも……いつまでここにいるんだろう。




一向に動く気配のないタケル君に、だんだん不安になってくる。




「ね、ねぇ」




ツンッと服のすそをつまむと、タケル君はハッとしたようにこちらを見た。



「な、なに?」




「えっと、パーティはじまったけど……どうする?」




「え? あ、あぁそうだね。明日香ちゃん、なにか飲んだりする?」




「今は別に……」




顔を赤くして、さっきまでと打て変わっての挙動不審ぶりに首をかしげる。




「ねぇ、どうしたの?」




上目遣いでそう聞くと、赤い顔を更に赤くさせて、手で口元をかくした。




「その……ステージのポスターがあまりにも綺麗で、こんな子とダンスするんだって思ったら、急に恥ずかしくなって……」



「それで、真っ赤なの?」




聞くと、コクコクと何度も頷くタケル君。




なんか、タケル君って……「可愛い」クスッと笑って思わずそう言う。




「か、可愛い!?」




「うん」




気取ってなくて、背伸びもしてなくて、等身大って感じだ。




私はそんなタケル君にホッとしていた。




これなら、ダンスの常識なんてどうでもよさそう。



「ねぇ、少し話しない?」




そう言って、自分から手を引っ張って体育館の後方へと移動する。




後ろの壁に沿って並べられた2人かけのソファ。




もうすでに何席か埋まっていて、2人だけの世界に入っている。




私はそのクリーム色のソファに座り、う~んと伸びをした。




ステージの方は人口密度が多すぎて疲れてしまう。




タケル君はそっと私の隣に座って、なんだか少し緊張しているみたい。




そりゃぁ、あの写真は綺麗に写りすぎてるもん。



ほとんど詐欺みたいなものなんだけど、意識してくれていると思うと、少し嬉しい。




「タケル君、この前のお粥ありがとう。おいしかったよ」




「あぁ、いいんだよ。インスタントでごめんね」




他愛のない話になると、タケル君はようやくさっきまでの調子を取り戻してくれた。




「お陰で次の日にすぐ治っちゃったんだよ」




と、力コブを作ってみせる。




「早く治ってよかったよ」



「お礼が遅くなってごめんね」




「いや、最近忙しくて俺も会いに行けれなかったし」




「なにか用事があったの?」




「あぁ……実は俺あんまり踊れなくて。なのに誘っちゃったから練習してたんだ」




そう言って照れくさそうに頭をかく。




そうだったんだ……。




「どうせだから、練習の成果試してみる?」




「……まだ、自信ないけど……」




「私だって同じようなものだよ。ね、せっかくだし行こう!」



ダンスパーティなんてどっちでもいいと思ってた。




去年だってそんなに楽しめなかったし、人が多いしカップルを見るとイラつくし。




でも、今年はちょっと違う。





私はタケル君の手を握ってソファから立ち上がり、体育館の前方へと向かっていった。




タケル君のダンスはお世辞にも上手だとは言えなくて、さんざん足を踏まれたけど。





それでも私は、心から楽しいと思えたんだ――。



パーティがもうすぐ終わりを迎える頃、私たちは火照った体冷ますすために外に出ていた。




会場後方のソファはもう全席埋まっていて座る場所もない。




「気持ちいい」




外は小雨が降っていて、上を向くと霧のようにふりかかる。




「こら、また風邪ひくよ」




後ろからタケル君の声。




「風邪ひいたら、また看病に来てくれるんでしょ?」




「もちろん」




そうやって微笑み合ったとき……。



どこかに行っていたのか、白夜先輩が前方から歩いてきたのだ。




ドキン――。




妙に意識してしまって、顔を見ることができない。




私はずっと息を殺して俯いたままで、白夜先輩は無言のままこちらを見ようともせずに、体育館へと入って行ってしまった。




「明日香ちゃん……?」




「なんでもない」




雨はこれから夜にかけて強くなりような気配がした――。

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