第30話

あんなものをタケル君が見たら、一体なんて言うんだろう?





朝から気が重いや。



☆☆☆


「明日香さん、昨日のポスター見ましたわよ」




教室で一番にそう言ってきたのはやっぱり桜子だった。




そういえばポスターって一般の家庭にも新聞と一緒に配られるんだっけ。




「それはどうも」




軽くそう言って、席に座る。




が、桜子も当然のようについてきた。




「あんなにカッコイイ人たちに囲まれてうらやましい限りですわ」



今度は嫌味か?




と思ったけれど、なぜか上機嫌に微笑んでいる。




よく見れば、胸元に光る黄色いバッヂ。




「桜子、今日のダンスの相手決まってるの?」




「あら、気づかれましたの? 嫌だわお恥ずかしい」




そう言って赤面しつつも、この話題に触れられたことがすごく嬉しそうだ。




「実は昨日隣のクラスの亮介(リョウスケ)さんがうちにいらしたの」




「亮介……?」




なんだか聞いたことがある気がする。



「明日香さん知らないの? 亮介さんは去年のダンスパーティで優勝された方よ」




「あぁっ! ダンスすっごいうまいあの人!?」




「そうなんですの。その方が今日はわたくしと踊りたいと言ってらっしゃるの」




モジモジしながらも嬉しそうな桜子。




なるほど、これで機嫌がいいのか。




亮介君は2年A組の生徒で、去年のダンスパーティでダントツ優勝してから有名人だ。




どんなにダンスが下手な子でも、亮介君が相手なら上手に見えるくらいエスコートがすばらしい。




「じゃぁもう優勝は決まったようなもんだね」


私が言うと、桜子は更に頬を染めて体をくねらせ、



「そぉんな事ないですわよ、明日香さんも頑張れば万が一、臆が一に優勝する可能性はあるかもしれませんわぁ?」



と、上機嫌。




だけどやっぱり、人を見下すことだけは忘れていない。




そんな桜子の自慢話を聞きながら、私はポケットの中のバッヂをキュッと握り締めた。




タケル君……。




今日ダンスをするかどうかは別として、看病してもらって以来会っていないことが気がかりだった。




お粥まで作ってくれたのに、ちゃんとお礼も言えていない。




だから、パーティが始まる時にはちゃんとバッヂを付けて行こう……。


☆☆☆


「うわ、すごい人」




さすが近隣高校をあわせると莫大な人数が「体育館に集まることになる。




無駄にだだっ広い体育館だけれど、入り口だけはそんなに広くない。




入ってしまうまでが大変だった。




「窒息死……する!」




途中まで一緒にいた桜子の姿も見えなくなってしまい、入り口手前で立ち往生の私。




出る事も入る事もできなくてモミクチャにされていた、その時だった。




誰かが私の手を掴んで、グイッと力まかせに引っ張ったのだ。



「痛いっ!」




と悲鳴を上げた時にはすでに体育館の中で、呼吸ができる。




「ったく、何してんだよ」




飽きれた声が頭上から降り注ぎ、顔を上げると……。




「白夜先輩……!」




「少し人が減ってから入ればいいだろ? 少しは頭を使え」




「うっ……」




そうだけど、そんな言い方しなくても!



「お前、これ」




「え?」




白夜先輩が床に落ちた赤いバッヂを拾い上げる。




あっ!




ポケットの中を探ってみると、タケル君に貰ったバッヂがない!




さっき引っ張られた拍子にバランスを崩して落ちちゃったんだ。




「これ、お前の?」




「私のです、返して!」



絶対に冷やかされると思って慌てて白夜先輩から奪い返す。




「ふぅん」




「なんですか……」




「いんじゃん、相手」




へ……?




ボソッとそう言い残し、フイッと行ってしまう先輩。





あ、待って……。




後を追おうとした時、後ろから誰かに腕を掴まれて振り向いた。



「見つけた」




そう言って私の腕をつかんで微笑むタケル君。




「あ……」




「あれ? 明日香ちゃんバッヂは?」




言われて、バッヂを握り締めている手を開く。




「ちゃんとつけとかなきゃ、他の男に誘われちゃうよ?」




「うん……」



手の上のバッヂをひょいっと掴み、私の胸に付けてくれるタケル君。




なんか……さっきの白夜先輩の様子が気になる。




まるで私があんな顔をさせちゃったような……。




「どうしたの? 元気ないね?」




「たいしたことじゃないの」




寮に戻ってからでも話は聞ける。




パーティが始まったら機嫌を直してくれるかもしれないし。




そう思い、曖昧に微笑んだ。



その時だった。




《桜ヶ丘高校ダンスパーティへようこそ!!》




と、スピーカーから優人先輩の声が聞こえてきた。




姿が見えないと思ったら、生徒会の仕事をしてたみたいだ。




そして、その声が合図になって会場にいる生徒たちが一斉に拍手をする。




これだけ集まっての拍手は鼓膜が痛くなる。




《ご来場の皆様、どうぞステージの方へ向いてください!》




その言葉に、ドキッとする。



今は深い赤色のカーテンで遮られているステージ。




だけど、あの向こうにはもう私たちの巨大ポスターが貼られているんだ。




そう思うと今すぐここから逃げ出したい気分になる。




「ね、ねぇタケル君。ちょっとトイレに行きたいかな」




キュッと吹くの裾を引っ張ってそう言ったのに、大きな音楽によって見事遮られてしまった。




むぅ……この音響やってるのは誰!?




このタイミングのよさはきっと青葉先輩のような気がする。




そして……カーテンが左右から大きく開かれ、それと同時に「おぉぉ!」と歓声がわいた。


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