第29話

そんな事を思ってお酒臭い匂いを我慢していると……「ちょっとおじさん、やめてあげなよ」と、近くのお店からホステスさんのような人が出てきてくれた。




おじさんはあっという間にその女性に魅せられて、フラフラと着いていこうとする。




「お店はダメ。お金がなきゃ入れないわよ?」




「なんだよぉ~金はねぇけどいう事なんでも聞いちゃうよぉ?」




「そう? じゃぁ今日はもう帰ったほうがいいわ。奥さんが待ってるんでしょう?」




まるで子供をたしなめるように優しく言うと、そのよっぱらいは「はぁい」と、返事をして素直に帰って行ってしまった。



さすが、ホステスさんの技というか、扱いを知っている感じだ。




「あなた桜ヶ丘学園の子?」




「あ、はい」




赤いドレスがスリムな体にピッタリとはまってきて、すごく綺麗だ。




「《恋愛野獣会》知ってるわ。もちろん極秘厳守だけど、ここにいるって事は4人の友達よね?」




「まぁ、そんな所です」




頷くと、その人は私を店の中へと連れて行ってくれた。



店内は金色の壁に派手な模様が施してあって、それを見ているだけでも異世界に来てしまったように錯覚する。




「こっちよ」




通された先はスタッフルーム。




その中は当然地味な白い壁で、ホッとした。




「あ、あの……」




「私はユカ。源氏名だけど、覚えていて?」




「あ、はい。私は明日香です」




「明日香ちゃん、可愛い名前ね」




ユカさんはそう言いながら私にコーヒーを出してくれた。




すごくいい香りだ。



「恋愛野獣会の子達にここの裏路地を守ってもらってるのはね、この辺のお店の人たちが桜ヶ丘学園にお願いしたからなのよ」




「お願い……?」




「そう。



元々ここは学園長さんの土地だから、治安の悪いのを改善して欲しいって頼んだの」




ここが学園の土地……!




そんなの全然知らなかったし、だとすれば内の学園長は想像以上にお金持ちなんだろうな……。




「それで、できたのが《恋愛野獣会》



だから、この辺の人はみんな彼らの事を知ってるし、顔もわかるの」




「隠す必要はないんですね」




「もちろん。



さっきみたいによっぱらいに絡まれたりしたら、すぐに近くの店に入るのよ? みんないい人ばっかりだから助けてくれるわ」



そっか。




それでユカさんも私を助けてくれたんだ。




そう思うと、なんだかあの4人がすごく誇らしく思える。




私、そんな人たちと同じ寮に住んでるんだ。




改めて再確認して、胸がドキドキする。




「あら、帰ってきたみたいよ」




「え?」




ドアの方へ視線をやると、そのタイミングで扉が開いた。



「やっぱりここにいた」




青葉先輩がそう言って微笑む。




「みんな、おかえりなさいっ」




話を聞いた後だからか、嬉しくなって椅子から立ち上がる。




「あのね、今ユカさんにみんなの事を聞いててね――」




その言葉の続きが、クッと喉の奥に引っ込んだ。




4人が、見た事もない女の子を一緒に連れていていたから……。




「この子の事もよろしく」



白夜先輩がその子をユカさんへ引き渡す。




誰?




この子……。




私よりも背が小さくて、可愛らしい感じ。




なのに服が汚れていて、髪も少し乱れている。




「あなた……」




ユカさんがその子を見て真剣な表情に変わる。




「大丈夫だ。相手の男に背中を押されて倒れこんで、それで服が汚れただけだから」



白夜先輩の言葉で疑問が晴れる。




そっか、この子を助けたんだ。




「あなた中学生? どうしてこんな時間にこんな場所に来るのよ」




ユカさんは、今度はあきれ顔でそう訊ねた。




すると、今まで俯いていた少女は顔をあげ、「家の猫が逃げたの」と、小さな声で言った。




猫を探してたんだ……。




狭いところに隠れるのが好きな猫だがら、裏通りのどこかに迷い込んでしまったんだと考えたらしい。




「迷惑かけてごめんなさい」



そう言って再びうつむいて肩を落とす少女。




なんだか可愛そうに見えてくる。




と、その時だった。




優人先輩が少女の前にしゃがみこみ、「謝ることじゃないよ」と、優しく微笑んだのだ。




彼女の服の汚れをはらい、「怖かったでしょ。こういう時はいろんな人に甘えればいいんだよ」と。




すると少女の顔にポッと赤みが差し、少しだけ目に涙が浮かんだ。




「ほら、我慢しない」




少女の頭を抱き寄せて、まるで子供をあやすように慰める優人先輩――。



そこでようやく涙を流した少女は、ずっとずっと優人先輩に抱きついて最後まで離れようとはしなかった。




私はその様子をぼうっと見ながら、ふと考えた。




こうして、女の子たちはこの人たちに恋をするんだろうな。




名前も知らないスーパーマンはみんなの憧れ、理想の人になるんだ。




……ズキン。




胸に、鈍い痛みが走った。



ダンスパーティ


そして、ついにこの日がやってきた。




スカートのポケットの中に赤いバッヂを入れて、何食わぬ顔で部屋を出る。




玄関先で他の4人が私を待っていてくれて、慌てて階段を駆け下りた。




「今日やっとポルターが出来上がるんだ」




嬉しそうな表情でそう言ったのは優人先輩。



「結局、当日までできなかったの?」




「ううん。




広告として刷る分は写真を撮ったその日の内に出来てたんだけど、会場内に飾る大きなやつがまだだったんだ」



あぁ。




体育館のステージいっぱいに飾る、アレか。



大きな布に印刷したポスターを垂れ幕のように上から吊るすのだ。




あんな大きいものに自分の顔がのるのかと思うと、考えただけでもゾッとする。




「あ、あの。そのポスターって絶対必要なの……?」




おそるおそる訊ねると、「絶対必要」と、即答されてしまった。




ですよね。




だからここまで時間かかってるんだもんね。




あはは……。

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