第25話

―白夜―


明日香が、自室へ戻ってドアを閉める音がここまで聞こえてきて、胸がチクッと痛んだ。




明日香は悪くない。




あいつはなにもまだ知らないんだ。




ただの八つ当たり、最低だ。




大きなため息をついて、机に両肘を立てその手に頭を乗せた。




クシュッと前髪を掴んで自分の愚かさにまたため息。




2人とも子供だったんだ。




俺も、光輝も。



女から離れれば、互いの中にいるあいつを求め合えば、それが癒しになると思っていた。




だけど、現実は違う。




それじゃぁいつまでも前には進めない。




俺たちは同じ場所を行ったり来たりしていただけなんだ。




そんな時、明日香が現れた……。




同じ境遇で、同じように傷を舐めあってきた俺たちが明日香に惹かれてしまうのも当然だったんだ。




「なんで……」




なんで、こうなる前に気づかなかったんだ。



光輝が明日香にキスをしていた。




そのシーンを思い出すと胸が張り裂けてしまいそうに苦しい。




まるで、2人に同時に裏切られているような感覚。




頭では、それは違うとわかっている。




明日香は眠っていたし、光輝は水を飲ませたかっただけだ。




わかっているのに、苦しい――。




「くそっ……」




手放したくない。




俺は2人とも手放したくはないんだ――。


☆☆☆


私は未だにダンボールが積んである自分の部屋に入って、タケル君からの手紙を取り出した。




「ダンスパーティー……」




そう呟き、文面を指先でなぞる。




生徒会がポスターを作製するんだって、言ってたっけ。




トンッとベッドへ腰をかけたとき、手紙の入っていた封筒から何かが落ちた。




白いシーツの上に転がる、赤いバッヂ。




「これ……」




パーティーの前に相手が決まった時、誰かを誘いたい時に男性から女性にあげるものだ。




このバッヂを付けている女子は、その人以外とはダンスしないことになっている。



いわば、約束のシルシようなものだ。




私はそれを自分のパジャマの胸元に付けてみた。




赤くて、蛍光灯でキラキラと輝く綺麗なバッヂ。




もし、踊りたくないのであればパーティーが始まるまでに相手に返せばいい。




不意に、白夜先輩の顔が頭の中にフワンッと浮かんだ。




慌ててそれをかき消し、ベッドにうつ伏せになって枕に顔をうずめた。




タケル君からの誘いを断る理由なんて、どこにもない。



パーティーの時には、このバッヂをつけていけばいい。




それで間違いはないんだから。




私なんかと踊りたがる子なんて滅多にいないし、ましてや白夜先輩が踊ってくれるなんてこと……。




「ありえないよ」




そう呟き、赤いバッヂをギュッと握り締めたのだった。





翌日、すっかり熱の下がった私はベッドの中で大きくノビをした。




なまった体が悲鳴を上げている。




「明日香」




突然ドアの向こうから声をかけられて、「へあっ!?」と、妙な返事をしてしまう。




「体調どうだ?」




「へ、平気……」




声の主は間違いようも泣く白夜先輩だ。



「昨日、冷たくして悪かったな」




「え……?」




「ちょっと、イラついてたんだ」




やっぱり、なにかあったのかな?




「あの――」




「お前、今日は生徒会でポスター作りだからな」




訊ねようとした言葉を遮られて、タイミングを失ってしまう。



「はい……」





煮え切らないままに頷き、出窓に置いたバッヂを見つめたのだった。



☆☆☆


「明日香さん、もう大丈夫ですの?」




教室へ入ると真っ先に桜子が心配顔で声をかけてきてくれる。




「うん。一気に熱が上がって一気に下がった感じ」




「よかったですわ」




ホッとしたように微笑む桜子。




「そうだ、今日の放課後一緒に買い物に行きませんこと? お父様の誕生日が近くて、色々見たいんですの」




「誕生日なんだ……」




桜子の父親には、うちの家庭も随分とお世話になっていた。




できれば一緒に行きたい。



でも……。




「ごめん、今日は生徒会の用事があるの」




「生徒会?」




キョトンッとする桜子。




あ、そういえば言ってなかったっけ。




生徒会に入ったからといって校内放送や全校集会などで知らせなかったから、私が書紀係りだと知らない人は大勢いる。




「そうなの。



倒産してお金なくなっちゃったじゃない? その時に偶然生徒会の1人に会って、誘われたの」




「そ、そうなんですの……」




少しだけ視線をそらせる桜子。



「でも、生徒会には白夜先輩もいらっしゃるんじゃないの?」




「そうだよ? っていうか、あの先輩には生徒会で知り合ったの」




小首をかしげてそう言う私に、桜子は明らかに少し無理をしている笑顔を見せた。




あ……。




白夜先輩の話しはちょっと悪かったかな……。




そう気づいても、もう遅い。




今から何か言うにしても、全部が言い訳じみて聞こえてしまうだろう。




「生徒会のお仕事なら仕方がないですわね……」




小さな声でそう言って、トボトボと席へ戻っていってしまったのだった。

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