第24話

☆☆☆


体の芯が熱くて、ボーッとする。




重たい瞼を開けると、蛍光灯の光が差し込んできた。




ここ……どこだっけ?




私は体を起こそうとして、その重さに再びソファへと引き戻されてしまった。




ん……ソファ?




ってことは、リビングか……。




場所は理解したけれど、どうしてここで眠っているのかがわからない。




「あっつぅ」




そう呟き、額に手を当てるとぬるくなった冷えピタが張ってあった。



あ、そうか。




なんだか今朝は具合が悪くて、寝不足のせいだと思っていたのにコンセントに引っかかって倒れこんで……。




で?




そこから記憶がプッツリと途絶えている。




そういえば、倒れた時の痛みも全然なかった。




そこまで考えて、ハッと気づく。




まさか、白夜先輩が助けてくれた……?




「まさか……ね」




あの不器用でいじわるな人が助けてくれるワケないよね。



きっと、自分でソファに這い上がって眠ってしまったんだろう。




上にかけられている布団や冷えピタを見ると、どう考えたって誰かが助けてくれたのだけれど、これ以上心臓がバクバクいっては身がもたないのでそう思い込むことにした。




「あぁ~ダルイ」




壁掛けの丸い時計に目をやると、時刻は11時過ぎ。




みんな学校に行ってしまっていないのかな?




熱で食欲もないから、別にいいんだけどね。





なんて考えていると……「起きた?」と、声が聞こえて、「うわっ!?」と、驚いて飛び起きてしまった。




その拍子にクラッとめまいを感じ、再びソファへと倒れこむ。



「急に起き上がるからだよ、大丈夫?」




この優しい声は青葉先輩か優人先輩?




でも、声が違う気がする……。




めまいで目の前がチカチカして、相手の顔がハッキリと見えない。




そっと頬に触れてくる手のひら。




ゴツゴツして骨ぼったい感触に頬が赤くなる。




「まだ熱いね。冷えピタ張替えよっか」




そう言って後ろを向いた時、よくやく目の前の砂嵐が消えてくれた。



そして、その人物の後姿を見ると――「え? タケル君!?」再び驚いて、目を丸くする。




「な、なんでここにいるの!?」




タケル君が冷蔵庫から冷えピタを取り出し、透明シートをペリッとはがして、私の額に張ってくれる。




「桜ヶ丘高校に通ってる友達に聞いたんだ。寮で1人きりで寝てるって言うから、心配になって」




そう言って、ソファの前にあぐらをかいて座る。




「……ずっと、ここに居てくれたの?」




「あぁ。ほっとけないだろ? っていうか、こんな熱出してるのによく1人にさせたなぁって思うし」




ポリポリと照れくさそうに頭をかきながら言うその姿に、キュンッと胸がなる。



「タケル君、学校は?」




「そんなん、心配で行ってられねぇもん」




もしかして……。




熱でうなされていた時の微かな記憶をたどる。




喉が渇いて、カラカラで、水がほしくて……。




その時に、唇に柔らかな感触があって、水が流れ込んできたんだ。




あれはまさか……タケル君が飲ませてくれたの?




よく覚えていないから言い切ることは出来ない。




でも、可能性はある……よね?



「どうしたの? つらいなら病院に行く?」




「ううん、平気」




「でも、さっきより顔赤いよ?」




心配して、覗き込んでくるタケル君。




その唇をついジッと見つめてしまう私。




「なに?」




「べ、別に」




慌てて視線をそらす。




だけど、タケル君にはバレていたみたいで……。




「……キスしよっか?」



約束


え……?




『キスしよっか?』




その言葉が何度も頭の中でリピートされる。




「あ……」




「なんて、嘘だよ」




ヘラッと笑うタケル君に、拍子ぬけしてしまう私。




なんだ、冗談なんだ……。




「風邪引いてる子につけこんだりしねぇもん」




といいながらも、「でもキスで俺に風邪うつしたら治るかもね?」なんて、意味深い視線を送ってくる。



絶対人で遊んでる。




そう気づいた私は布団を頭までスッポリとかぶって、ソファの背もたれのほうへ寝返りをうった。




少しでもドキドキした自分がバカだった。




男ってどうしてこういじわるなの?




それとも、私の反応がそこまでおもしろいのかな?




熱でボーッとしてよくわからない。




でも……。




そっと自分の唇に人差し指を当てる。




あのキスは本物だよね?



夢じゃ、ないよね――?






そう思いながら、再び眠りに引き込まれていったのだった。



☆☆☆


次に私が目を覚ましたときには、タケル君の姿はどこにもなかった。




その代わり、テーブルに置手紙と市販の薬と小さなお鍋が置いてあった。




午前中よりも随分軽くなった体を起こして、手紙を開く。




《おはよう。




体調、少しはマシになったかな?




午後からは外せない用事があるので、起こさずに帰ります。




鍋には雑炊を作っておいたので(インスタントでごめんね)、ちゃんと食べて薬を飲むように!




あと、桜ヶ丘高校のダンスパーティーのことなんだけど……パートナーとして一緒に行ってくれるよね?




期待して、待ってるから。



PS.寝言で俺の名前呼んでくれるなんて、嬉しいです

                                       タケル》



お世辞にも綺麗とは言えない文字。





だけど、私はその手紙をギュッと胸の前で抱きしめた。




クスクスッと、思わず笑みがこぼれてくる。




「私、寝言なんか言ってたんだぁ?」




普通、見られたら恥ずかしいはずの場面も今は嬉しくて仕方ない。




鍋の蓋に触れると、まだ暖かさが残っている。




「……ありがとう」




瞼の裏にタケル君を思い描いて、そう呟いた。



☆☆☆


「ただいま」




雑炊を食べて、薬を飲んで、再びソファに横になっているとそんな声がして白夜先輩が戻ってきた。




「おかえりなさい」




「体調はどうだ?」




「大丈夫です。心配かけてすみません」




そう言うと、白夜先輩は無言で自室へと引っ込んでしまった。




いつも冷たい感じだけれど、今日はそれに輪をかけて冷たい気がした。




というか、なにか怒ってるような……?


私が熱出したりしたから怒ってるの?




やっぱり、倒れた私を支えてくれたのは白夜先輩だったのかもしれない。




だとしたら、ちゃんとお礼を言わなきゃ。




ソファから体を起こし、白夜先輩の部屋のドアを軽くノックする。




しばらく耳をすませてみても返事がない。




ドアを開けることはためらわれたので、その場で「先輩」と、声をかける。




「あの、今朝ソファまで運んでくれたのって、白夜先輩ですよね? ありがとうございました」




「良くなったなら、自分の部屋で寝ろ。いつまでもそこにいられたんじゃテレビが見れないだろ」



「あ……ごめんなさい……」




きつい口調に、思わずドアから離れる。




なにかあった感じだけれど、今はそれを聞いちゃいけない気がする。




「部屋に、戻ります……」




小さくそう言い、胸にポッカリと穴があいたようなこの寂しさに、自分自身が戸惑っていたのだった。

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