第23話

―白夜―


「危ない!」




コンセントに足を取られ、バランスを崩す明日香。




咄嗟に、一歩踏み出し両手を伸ばしていた。




明日香の後ろにあるテーブルを体当たりでとかし、その体を抱きとめた。




「いって」




テーブルのカドがわき腹に当たり、顔をしかめる。




青アザになるかもしれない。




「おい、お前なぁ……」



文句を言おうとして、荒い呼吸を繰り返していることに気づく。




「おい?」




揺さぶっても起きない。




顔が赤くて、額に触れると燃えるように熱い。




「熱……?」




だからフラフラしてたのか。




ロクに寝てもいないようだし、蒸し暑いからといって冷房をきかせっぱなしにしていたのかもしれない。




「世話の焼けるやつ」



そう呟き、俺は明日香をお姫様抱っこする。




想像していたよりもずっと軽くて、思わずアイツの事を思い出した。




アイツは明日香より年下で背も小さかったけど、たしかこのくらいの体重はあったハズだ。




「ちゃんと食ってんのかよ」




無断で女の部屋に入るのはためらわれ、とりあえずソファに寝かせて薄い布団をかぶせる。




と、その時だった。




「白夜、なにかあったのか?」




と、光輝の声が聞こえてきた。



その瞬間、ズキンッと胸が痛む。




光輝と俺は同じものを共有し、その傷も共有し合った特別な中だ。




俺が唯一素直で居られる相手でもある。




「ちょっと、問題が」




そう言うと、




「入るぞ」




と声がして、扉が開いた。




ソファで眠っている明日香を見て、すぐに自体を把握した光輝は「学校休ませるんだろ?」と、聞いてきた。



「その方がいいと思う。でも、1人にして平気かどうか……」




「だからって、お前まで休むワケにはいかないんだから、とりあえず飯食って来い。



その間に冷えピタくらい張っといてやるから」




「頼む……」




光輝に言われ、ホッとする自分がいる。




1人でだって明日香の面倒を見るくらいできるのに、なぜだか光輝の言葉がほしくなる。




男が男に頼って依存するなんて、おかしなことなんだろうか――。


―光輝―


パタンッと扉が閉まる音が後方に聞こえて、俺はソファで眠っている明日香を見下ろした。




顔を洗ったときに濡れたのだろう前髪が、ペッタリのオデコに張り付いている。




その前髪を指先でペロッとはがし、額に手を当てる。




もう一方の手で自分の熱と比べてみると、かなり高い事がわかった。




脱衣所の扉の近くにある冷蔵庫から冷えピタを取り出して張ってやるが、これくらいのことじゃ下がらない事は目に見えている。




病院に連れて行くか?




そう思うが、学校が始まる時間までに開くような病院はこの辺にはない。



クラスの中に病院関係者の子供がいなかったかと考えてみるが、思い当たらなかった。





普段なら寮の管理人やシェフたちが昼間もいるけれど、今日に限って会議やらパーティーに借り出されたりで誰もいない。




「くそっ」




なんてタイミングの悪い時に熱を出すんだよ。




苦しそうに呼吸を繰り返す姿を見ると、ほうってはおけない。




「水……」




キュッと閉じられた瞼の上で、まつげが揺れる。




「水?」



すぐに冷蔵庫の中からペットボトルの水を取り出し、コップにそそぐ。




「ほら、飲めるか?」




近くに持って行ってやっても、明日香は反応しない。




うわごとのように言っただけのようだが、これだけ熱が出れば体はカラカラだろう。




ストローを持ってきて飲ませようか。




そう考えた時だった。




閉じられていた目が薄く開き、「喉、渇いた」と俺の服を掴んできたのだ。




「ちょっと、待て。ストロー持ってきてやるから」



そう言って立とうとすると――服を掴んだ手に力がこもった。




「いっちゃ……やだ」




病気の時は誰もが不安になる。




けど……こいつは……。




「白夜先輩……」




そうやってあいつの名前を、呼んだんだ。




俺の中で、何かがプツンッと切れる音がした。




「明日香」




白夜の声とは似ても似つかない俺の声に、




「ん……」




と、ほんの少し、微笑んだ。



俺は水を口に含み、そっと明日香に近づいた。




俺の中で切れた糸は、一体なんだったのか。




ただ、俺も白夜も感じていたことはただ1つ。




明日香がアイツに似ている事……。




「う……ん」




口移しの水を、コクンッと小さく喉を鳴らして飲み込んだ。




こんなの、本物の愛情じゃない。




そんなことはわかっている。




キスくらい、どうってこともない。



特別な意味なんか、なにも――。




「光輝?」




ハッとして、振り返る。




「白夜……」




俺たちはあの日誓ったんだ。




「今、なにして……?」




男同士キスを交わして、絶対にアイツの事を忘れないと。




そう、誓ったんだ。




アイツに会いたい時は、互いの中にいるアイツを求めた。




そして、もう二度と女は愛さないと契りを交わした――。

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