第18話

「ただ、お見知りおきをと思って」




どういう事……?




更にわけがわからなくなって、首をかしげる。





「ほら、俺だけ明日香さんの事を知ってるっていうのも、ちょっと失礼かと思って」




「あぁ、そうなんだ」




そもそも、なんで私の名前と顔を知ってたの?




その疑問がわきあがってきたときにはもう、タケル君の姿はどこにもなかった――。




可愛い男の子


買い物といっても欲しいものはなく、とりあえず近所のコンビニへ行ってプリンを一個購入した私は寮へと戻ってきていた。




少しの間気まずい雰囲気から逃げたといえ、結局はここに戻ってくるしかない。




私はコンビニの袋をギュッと握り締めて寮のドアを開ける。




エントランスには誰の姿もなくて、ホッとする。




まるで盗人にでもなった気分だ。




足音を立てないようにそっと階段を上り、優人先輩の部屋の前を通った時――。




「ん……あぁんっ」




そんな甘い声が聞こえてきて、思わず足を止めてしまった。



い、今の、なに?




ドクドクと心臓が打ち、カッと顔が熱くなる。




たしかに聞こえた、あえぎ声。




と、その時。




「あっダメ」




それを聞いた瞬間、ずざざざーっと廊下を端まで後ずさりしていた。




な、な、なに!?




私が買い物へ行く前、優人先輩の部屋に入っていく青葉先輩を見ている。




と、いうことは……?



さっきのあえぎ声の持ち主は、もしかしたら、もしかして、もしかするのかもっ!?





頭の中では顔を染めて身もだえする優人先輩。




そんな先輩に覆いかぶさり、ニヤリと不適な笑みを浮かべる青葉先輩――。




い……い……。




「いやぁぁぁぁ!!!」




両手で耳を塞ぎ、ギュッと目を閉じて悲鳴を上げる。




嫌だ嫌だ嫌だ!




そんなの、絶対に嫌!!




考えただけで赤面していく自分に、涙が出そう。



壁に背中を這わせるようにしてズルズルとしゃがみこむ。




やっぱり、そうなんだ。




《恋愛野獣会》って、そういう意味もこもってるんだ。




相手は誰でもいい。




そんな意味があるんだぁ――!!!




頭の中が激しく暴走しかけたとき、誰かが私の腕をつかみ引っ張った。




「きゃぁ!?」




「『きゃぁ!?』じゃねぇっての。どうした?」




そう言って覗き込んでくるのは、光輝先輩。




「あ、あ、あ……」




金魚みたいに口をパクパクさせていると、私の悲鳴を聞きつけて優人先輩の部屋の扉が開いた。




「きゃぁぁぁぁっ!」




優人先輩と青葉先輩の顔を見た瞬間、また悲鳴。




「ほら、落ち着け」




そんな私の頭をポンッと撫でるのは……白夜先輩だ。




いつの間に部屋から出て来たのだろう?




ポンポンとその大きな手が私の頭を不器用に往復する。




「なにがあった?」




「あ……声が、聞こえてきて……」




「声?」




「優人先輩の部屋の中から……」




言いながら、また赤面してしまう。




すると、白夜先輩が私の腰を両手でつかみ、フワリと立ち上がらせてくれた。




すごい力……。




そう思いながら、腰に触れた手にドキドキする。




「来い」




「へ?」




首をかしげる暇もなく、手を引かれ優人先輩の部屋の中へ――。



入った瞬間「あぁんっ」と、あの声が聞こえてきたのだ。




ギクッとして立ち止まる私に、白夜先輩はこちら向きに置いてあるテレビを指差す。




そこから流れているのは――アダルトビデオ……!!




女性が甘い声をもらしながら男性にしがみついている。




「な……っ!!」




こんなもの見たことがない私はとっさに顔をそらした。




それでも耳にはバッチリ声が聞こえてくるワケで「は、はやく消してください!!」と、言ったのだった――。



そして、私たちは今優人先輩の部屋に集まっている。




昼真っから、しかも男2人でこんなビデオを見るなんて信じられない。




なのに、そうやって怒っているのは私だけで当のお2人は必死で笑いをかみ殺している。




「なにがおかしいんですか!?」




「だって……俺と優人がそう言うことしてるって勘違いするなんて……」




「明日香、早とちりすぎ」




そう言って、こらえきれなくなってブハッ! と吹き出した。




な、なによ!



だってここは私以外に男子しかいないし、みんな妙に仲良しだし。




だから、つい、てっきり――。




そうやって頭の中で弁解するにつれて、余計に恥ずかしくなってくる。




だいたい、ドアから聞こえていたのは明らかに女性の声だった。




なのに、優人先輩の声だと勘違いするなんて。




「でもまぁ、明日香の言っている事は全部が間違ってるワケじゃない」




ソファで足を組んでいた光輝先輩が、私をかばうようにそう言った。




「え?」

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