第5話

一瞬、ドキッとした。





この学園をやめなくてすむ……。





この学園に執着なんてしてないハズの自分が、ドキドキと胸を高鳴らせている。




ついさっきまで、辞めてもどうってことないって思ってたのに。




「ほら、ここ」



廊下の校長室を通り過ぎ、次の角を曲がったところで先輩は足を止めた。




角を曲がって真正面には大きな両開きの扉がある。




そして、扉の右上には『生徒会』の文字。




ここ、知ってる。




高等部の生徒会室だ。




「あの……」




「質問は後、入って入って」



右側のドアを開けて、青葉さんが私の背中を押す。




一歩その部屋に足を踏み入れると――私は唖然としてしまった。




広い部屋の中には3人の男子生徒たち。




みんな青葉さんと同じ3年生で、それぞれ思い思いの事をしている。




「みんな、聞いて!」




パンッと大きく1つ手を叩き、青葉さんがみんなの注意をこちらへ向ける。




金魚にエサをやっていた赤髪の可愛らしい先輩は視線をこちらへ。




目の前の黒いソファに座っていたツンツン頭の先輩はクルリと振り向いて。




ソファの奥にある大きな机にふんぞり返って雑誌を読んでいた銀髪の先輩は、雑誌から顔を上げた。




「今日から生徒会で書紀係りをしてもらう、花畑明日香ちゃん」



トンッと私の背中を押して、青葉先輩はそう言ったのだ。




その言葉に私はギョッとして先輩を見る。




「さ、挨拶して」




「え、あ、あの……私……」




挨拶して。




と言われたって。



いきなりつれてこられた挙句書紀係りになるなんて、聞いてない!!




「なんだ、挨拶もまともにできねぇのかよ」




そう言って小バカにしたように笑ったのは、黒髪をツンツンに立てた先輩だった。




「……っ! 花畑明日香です」




人の上に立つパパを持っていたから、人から見下される事にひどく不快感を覚えてしまう。



それが私の悪いクセ。




「この口の悪い濁り目は北光輝(キタ コウキ)」




青葉さんがツンツン頭を指差してそう言う。




意識して見れば、この北光輝という人の右目は灰色に濁っていて、見えていないのだとわかった。




「で、窓辺で金魚と戯れてる赤毛が南羽優人(ナンバ ユウト)。



会長の席で雑誌読んでる銀髪が西神白夜(ニシカミ ビャクヤ)」





「よ、よろしくお願いします」




学校を辞めるつもりだったのに。




退学届けを返して欲しかっただけなのに……。




なんでこうなっちゃったんだろう……?



一日の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。




結局、校長先生になにも言えないまま終わっちゃった……。




「はぁぁ~……」




大きなため息を吐き出してグッタリと机に突っ伏す。




ダメだぁ。




こんな曖昧な性格じゃ、18歳になって風俗嬢になれるワケがない。




無駄に強気で負けん気だし、きっとオジ様たちの会話にもついていけない。




「あら、明日香さん今日はやけに疲れてらっしゃるのねぇ? やっぱりお父様の会社が倒産寸前ですと、大変なんでしょうねぇ」




とっくの前に帰宅準備の出来ている桜子が、わざわざ嫌味を言いに戻ってきた。




「わたくしはこれからクルージングですのよ。夜の海ってとっても素敵。



明日にはお土産話しを聞かせて差し上げられますわよ」




口元に手を当ててお嬢様の高笑い。




くっそう……!




悔しいのに、言い返すことが出来ない。




普段だったら、『放課後は自家用潜水艦に乗ってのんびりするのがすきなの』なんて言い返すのに、今はその潜水艦も売却された。




「じゃぁ、ごきげんよう」




勝ち誇った笑みを残し、桜子は教室を出て行ったのだった。




その姿が見えなくなってから、私はノッソリと体を起こした。




帰ったらまたあのヤクザがいるのかな。




そう思うと気分がどんどん沈んでいく。




「やだなぁ……」


これほど家に帰りたくないと思ったのは、これが始めてだ。




立ち上がっても体はナマリのように重たく、ため息がこぼれる。




「明日香ちゃん」




青葉先輩の声が聞こえてきたのは荷物を手に持ったときだった。




顔を上げると、あの綺麗な顔が教室の入り口で微笑んでいる。



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