第4話

ポケットの中をさぐっても、ブレザーを脱いでYシャツになってみても、ついさっきまで持っていた退学届けがどこにもないのだ。




「まさか……落とした?」




その考えた過ぎった瞬間、サーッと血の気が引いていくのがわかった。




どこで?




誰かに拾われたりしてたら?




もう、桜子たちの目に留まってるかも?


「なにしてんのよ、私!!」




すでに涙目になりながら、ここまでの道のりを逆そうして行く。




どうか、拾われていないで。




パパの会社が危ないとクラスメイトに知れ渡った直後、退学届けが見つかったなんて事になったら……。




私は全員の笑いものだ。



「お願い、出てきて。お願いよ……」




祈るような思いで廊下の端から端までを丹念に探す。




と、その時だった。




ずっと中腰で下を向いて歩いていたから、前に誰かが立っていることに気づかなかった。




狭い視界に男のズボンが見えたときは、すでに遅い。



ドンッと鈍い音を立てて、体のバランスが崩れた。




頭を相手の足にぶつけた私は、「わっ!」と声を上げてしりもちをついてしまった。




「ご、ごめんなさい」




慌てて謝り、赤面する。




この年齢でしりもちをつくなんて、思ってもいなかった。



「大丈夫ですか?」




相手はクスッと笑いながら、私に手を差し伸べてくる。




こんな紳士も、桜ヶ丘学園じゃ普通だ。




「あ、ありがとう」




その手に掴まり、立ち上がったとき――男がもう一方の手に持っている紙に目が止まった。




それは、見間違いようもなく私の字で書かれた退学届けだったのだ。




「そ、そそそそれ!!」




「え? これ?」




男子生徒はその紙を私の前に差し出す。




私はそれを奪い取った。



よかった。




見つかった!!




と思うと同時に、まさかこの人見てないよね……?




という不安にかられて、私は上目遣いにその男子生徒を見つめた。




よくよく見ればすごく綺麗な顔をしてる。



女性的で、スラリとしたスタイル。




女子生徒は胸のリボン。




男子生徒は胸のネクタイで、色で学年が分かれているのだけれど、この人は青いネクタイ。




つまり、3年生だ。




「それ、君の落し物?」




ボーッとしてその先輩を見つめていた私は、ハッと我に返って退学届けをポケットにねじこんだ。



「そうです。拾ってくださって、ありがとうございました」




こんなカッコイイ先輩に拾われただなんて、恥ずかしくて耐えられない。




私はすぐにきびすを返し、校長室へと急ぐ。




と、その時――。




「待ってよ」



と、さっきの先輩が私の腕を掴んで引き止めたのだ。




「え……?」




驚いて振り向く私。




身長差があるから、丁度先輩の胸ポケットが見えた。




そして、そこでキラリと光る青いバッヂ。




竜の絵が刻み込まれている。



「学校、やめちゃうの?」




「……はい」




紙の表に大きく書いてあるんだから、やっぱり拾われた時点でバレてたんだ。




「どうして?」




「家庭の事情で」




「もしかして……お金の問題?」




名前も知らない人にズカズカと入り込まれてきて、私はキッと彼をにらみつけた。




いくらなんでも、そんな事まで聞く?




「だったら、なんなんですか? 名前も知らない先輩には関係ないですよね?」



「あぁ。ごめん、怒らせるつもりじゃなかったんだ。

ちなみに俺は東條青葉(トウジョウ アオバ)。君は?」




「私は……花畑明日香」




「明日香ちゃんね。ちょっと君に来て欲しいところがあるんだ」




「え……?」




私は怪訝な顔をして青葉先輩を見つめる。



出会ってすぐに何言ってるの、この人?




「そう不安がらないで、ね?」




グイッと引っ張られてバラングを崩しそうになり、慌てて1歩2歩とついていく。




「もしかしたら、君はこの学園をやめなくてすむかもしれないよ」




「え?」

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