第8話 風の悪魔少女


 トゥパックと少女の激論が交わされている。


「わたしは悪魔なんかじゃありません」

「嘘言うな、なんでそんな分かり切った嘘を言う。悪魔に決まってるじゃないか」


 トゥパックも後へは引かない。アイダが聞いてみた。


「でもあなたは何故人界に行きたいの?」

「それは……」

「こいつ、かわいい顔して絶対に怪しい」


 トゥパックは今にも掴みかかりそうな勢いである。


「じゃあいいわ、連れて行ってあげる」

「嘘だろう!」


 トゥパックが眼を丸くしてアイダを見た。


「わあ、ありがとうございます」

「アイダ、もしも人界でこいつが悪さをしたらどうするんだ」


 アイダは自分よりも少し若い様子の少女を見つめた。


「でも連れて行ってあげる代わりに、人界では大人しくしているって誓ってちょうだい。分かったわね」

「はい、誓います」

「やれやれだぜ、悪魔が誓うって一体何なんだ」


 トゥパックは不承不承引き下がった。




 

 コロンビアの首都ボゴタで、エンパナーダを売る店頭に設置されたテレビが最新のニュースを流している。

 コロンビアの犯罪組織はアメリカでマリファナ、その後コカインが流行するとそれに目を付け、メデジン・カルテルを結成した。地の利を生かして野生生物の密輸にも手を広げ始めたのだ。カルテルの幹部達は大富豪として豪勢に暮らしている。

 そしてカルテルを撲滅させようという政府とそれに協力するアメリカとの間で麻薬戦争が起こる。撲滅の計画を厳格に進めようとしたコロンビアの法務大臣を暗殺したり、賛成派の国会議員、翌年には検事総長を暗殺し遂に大統領候補者も殺した。そしてカルテルとの抗争は激化し、ボゴタ周辺は無政府状態に陥っている。


「アイダ、どうするんだ」

「カルテルの基地に潜入して捕らわれている動物たちを助けるの」


 これで2度目の潜入となる。警備の手薄な所を狙って侵入した。

 アイダの後からワイナ、トゥパック、キイロアナコンダ、そして悪魔少女の順である。悪魔少女は道すがらアイダから、今回の使命を聞いている。


「お前は武器を持っていないようだが、何で戦うんだ?」


 トゥパックが聞いて来る。


「あ、あの、呪文を少し……」

「なるほどね、呪文を少しね」


 トゥパックが首を振りながら前を向いた。


「どうせいざとなったらまたその呪文で風に乗って消えるんだろ」

「トゥパック」


 アイダが戒めた。ワイナとキイロアナコンダは黙って歩いている。




 施設の中の様子は前回で分かっている。手分けして檻を開いて回ると、次々と捕らわれていた動物たちが逃げてゆく。だが、突然警報が鳴り響いた。


「来たぞ」


 アイダたちは直ぐ施設の外に出た。打ち合わせ通りである。今回無駄な戦闘をする必要はない。動物たちを逃がせばそれでいい。後は通報してあった政府の軍隊に任せるのだ。

 やって来た政府側の特殊部隊によって多くのカルテルの組員が射殺され、カルテルは大打撃を受ける。そして組織の大物エスコバルは、裸足で屋根伝いに逃げるところを治安部隊に射殺されて麻薬戦争は終結した。

 だが突然、悪魔少女がアイダに言って来た。


「アイダ、大変、ダスザの息が途切れそうなの」

「――――!」


 アイダは悪魔少女の言っている意味が直ぐには分からなった。


「何を言っているの?」

「同じ属性だから私には分かるの。風の神の息が途絶えようとしているわ」

「でたらめを言っていたら只じゃ置かないからな!」


 トゥパックが声を荒げたが、悪魔少女はアイダを見つめる。


「今すぐ帰らなくっちゃ」


 アイダはダスザと呼ばれる風の神の1人娘である。


「分かったわ」

「じゃあアイダ、私の手を取って」

「…………!」

「私を信じて、貴方たちも」


 4人を一緒に悪魔少女が精霊界まで、風に乗せて連れて行くと言う。


「そんな事が出来るのか?」


 トゥパックの疑問である。


「私もまだやった事はありません。境界を飛び越えるので、マスクさんには怒られるかもしれませんが……」

「…………」

「実は私、まだ一人前として認めてもらえてない、風の悪魔の見習いなんです」

「――――!」

「でも怪鳥の羽を手にいれたでしょ。この羽が有れば私の風魔法は威力が倍増するんです。アイダは違う属性だから羽を持っていても意味が無かったの」

「なるほど」


 トゥパックも納得した。だがダスザの危機が本当ならぐずぐずしてはいられない。

 4人は風の悪魔少女の魔法に運命をゆだねる事になった。






 アイダの父ダスザの横に座るマドレ、水の母とも呼ばれる少女の母で、木々の精霊でもある。そのマドレが負傷して横たわる風の神ダスザの横顔を見ている。


「お母さま」

「アイダ」

「お父様は一体――」

「フアイチヴォが怪鳥を連れてやって来たの」

「――――!」


 魔術師フアイチヴォが精霊界を牛耳ろうと、邪魔する者を誰彼かまわず無慈悲に殺戮して回っていると言うのである。


「フアイチヴォ!」


 しかも死の淵からよみがえった人面怪鳥は何羽もいて、風の神の側近が皆やられたと言うではないか。


「ワイナ、皆も行くわよ。あなたはどうするの」


 アイダが悪魔少女を見た。


「もちろん私も行きます。風の神が攻撃されて黙って見ている訳にはいきません」


 アイダは再びジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダ、風の悪魔少女を連れて歩み始めた。こうなったら精霊界の闇を支配する魔術師フアイチヴォとの決戦だ!






 アイダが挑戦状を送り付けると、指定された決戦場に現れたフアイチヴォの周囲は、おどろおどろおどろしい空気が漂っている。七面鳥に化けて血を吸いに来る吸血鬼や魔女が並んで、さらに呪術師が化けた蛇の化け物などの有象無象の者達がひしめきアイダたちを睨んでいる。だが、


「アイダ」


 アイダはワイナの声で後ろを見て驚いた。4人の背後には、呪術師のゾボの呼びかけに応じたオオカミの守護霊たち、さらにアモン神や様々な動物の守護者である精霊、変身するときに宿る動物の霊などが並んで武器を手にしているではないか。精霊界を心配する者達が決起したのであった。


「かかれ!」


 魔術師フアイチヴォのしわがれた号令が決戦場に響き渡ると、精霊界を二分する大決戦が幕を切って落とされた。精霊界の闇の軍団と動物の守護霊たちとの激突が始まったのである。


「アイダ、上を見ろ」


 アイダたちの上空をまた人面怪鳥が舞い始めたのだ。但し今回は無数の怪鳥である。動物の守護霊たちが次々とやられてゆく。


「ワイナ、皆も固まって」


 4人が揃って空を見上げれば死角が無くなり、攻撃に専念出来る。

 ここで風の悪魔少女が呪文を唱え始めた。


「アラカザンヴォアラストシャザムスヴァーハー」


 そのうちに風が吹き始める、やがてその風は凄まじくなり、4人は立っているのがやっとの状態になる。


「あれを見ろ」


 吹き荒れる風に大きな羽をした怪鳥がきりきり舞いをして、飛行がままならない様子になったのである。


「小癪な!」


 憤怒の表情を浮かべた魔術師フアイチヴォが前に出て来た。


「アイダ、覚悟しろ。お前と差しで勝負だ!」


 アイダは魔術師フアイチヴォと向かい合い刃を交える。フアイチヴォの手にする杖が幾つもの蛇に変り刃となって切りかかって来るのだ。


「アラカザラストシャザムスハー」


 呪文を唱えたアイダの剣がそれを避け隙をみて逆に切りかかる。魔術師のフアイチヴォにはなかなか呪文は効かないが、アイダの呪文を身に帯びた剣がついにフアイチヴォの腕を傷つけた。


「くっ」


 フアイチヴォの顔が歪んだ。


「くそっ!」


 フアイチヴォの負傷していない腕から何かがしゅっと伸びた。ひも状の得体しれない物がアイダの足に絡みつく。


「あっ」


 転んだアイダにフアイチヴォが素早く襲い掛かると、剣が振り下ろされた。しかし、


「グアッ!」


 その唸り声はフアイチヴォのものであった。フアイチヴォの胸から背後に掛けて突き上げたアイダの剣が、魔術師の身体を貫き通していたのである。


「おのれ!」


 フアイチヴォの顔が苦痛に歪み、その手がアイダの顔を掴んだ。


「ガッアーー」

「アラカザラストシャザムスハー」


 フアイチヴォの手の下からアイダの唱える呪文が、赤い血の滴る剣を伝わり、ついにフアイチヴォの体内に流れ込む。


「ガッ……」


 抜け殻のようになったフアイチヴォの頭ががっくりと前に倒れた。

 魔術師の死と共に、怪鳥達の姿は皆崩れて灰となった。


「何を騒いでおるのだ」


 雷神トゥパの登場である。アマゾンの精霊界を支配する最高神でもある。どのような魔術師も精霊もトゥパの前ではひれ伏してしまう。


「トゥパ様」

「アイダ、その方がこの混乱の原因であるのか」

「…………」

「まあ良いわ、全て終わったのであろう。アイダ」

「はい」

「あの糖蜜は旨かったぞ。はっはっはっ」

「…………」


 精霊界は平安を取り戻し、風の神ダスザも一命を取り留めた。アイダたちの前にゴリラのトゥパックがいたのだが、雷神トゥパがそう言って帰ろうとした時、


「今頃のこのこと出て来てはっはっはっも何も無いもんだよな」

「しっ、聞こえるわよ」


 アイダが急いで止めさせた。だがトゥパックの次の矛先は風の悪魔少女であった。


「南の谷でお前はばあさんだっただろ」

「…………」

「今のお前とどっちが本当なんだ?」

「あの時は悪魔と思われたくなくって、おばあさんの姿に変身していたの」

「なるほどね、見習いと言うからには、確かに若いんだろうな」

「…………」


 いつまでも納得しないトゥパックである。


「じゃあ人界に行きたいって言ったのはどういう訳が有ったんだ?」

「界外に出ていろいろな人々との出会いから見聞を広めるっていうのは、悪魔見習の私にとつては必須の事項なんです。悪魔の世界だっていろいろあるんですよ」

「…………」

「だいたい私は天使になる予定だったんです」

「はあっ」

「神に仕える天使にあこがれていたんですが……、ある事情から、神に反旗をひるがえしたと間違えられて、その……悪魔にされてしまったんです」

「…………」




「アイダ、大変!」


 精霊の1人が、のんびりしていた5人の前に駆け寄って来た。


「どうしたの、そんなに慌てて」

「精霊界の北の外れで謎の怪物が暴れていると知らせが有りました。住民が避難を始めているようです。


「ワイナ、皆も行くよ」


 アイダは再びジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダ、風の悪魔少女を連れて歩み始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ジャガーとゴリラを従えた少女の物語 @erawan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る