第7話 赤い眼の魔術師


「アイダ」

「…………!」


 フアイチヴォが4人の前に立ち塞がった。


「お前を人界に行かす訳にはいかない」

「何を言うんですか。私はトゥパ様から許可を頂いて――」

「そうはいかんのだよ。俺が駄目と言ったら駄目なんだ」


 アイダたちの前に、棍棒を握った戦士達がぞろぞろと溢れ出て来た。ゴリラのトゥパックが前に出ると、棍棒を振り回す者達が怒鳴った。


「やっちまえ」


 無数の棍棒がトゥパックの頭上に振り下ろされて来る。だがトゥパックが「フン」と鼻で笑い、腕を振ると並み居る棍棒戦士たちの身体が弾き飛ばされる。トゥパックの2tを超える鉄拳が右へ左へ、次々と炸裂したのだ。


 やがてアイダたちは造作もなく人界に降り立った。


「やった、人界だ」

「フアイチヴォは口ほどにもないぞ」

「…………」


 だがアイダは奇妙な感覚に捕らわれていた。


「何かおかしいわ」

「アイダ、どうした?」

「何かがおかしいの。簡単すぎるわ」


 アイダは通り過ぎる女性の姿を見て、


「ワイナ、他の2人も気を付けて、これは幻覚よ。ここは人界では無い!」


「フッフッフッ」


 行き過ぎた女が振り向き、不気味な声が響き渡り、その女の口が裂け始めるではないか。


「やっぱり」


 1万人の血肉を喰らい、不死の存在になったという血染めの翼を持った人面怪鳥である。


「カアッーー」


 怪鳥がいきなりトゥパックに向かい襲って来た。両腕をクロスさせ顔を覆ったトゥパックは、


「ウッ」

「トゥパック!」


 トゥパックの腕から鮮血が噴き出て来る。


「くそっ、気を付けろ。奴の爪はナイフだ!」


 女悪魔の蝙蝠にもやられたが、頭上からの攻撃に受け身しか出来ない地上の者は不利だ。そして怪鳥は必ず敵の背後をめがけて突っ込んで来る。


「ワイナ、後ろよ」

「ガッ」


 反撃しようとしたワイナの剣が弾き飛ばされた。襲って来るスピードが速く、バットで殴られたような衝撃である。防御が出来なく、長いナイフで切り裂かれたら首など簡単に飛んでしまうだろう。だから効果的な反撃など出来ないのである。


「フアッフアッフアッ」


 人面の怪鳥は不気味な鳴き声でさらに威嚇してくる。吸血蝙蝠ではないだろうから、朝日を待つわけにもいかない。その時、


「アイダ」


 キイロアナコンダが声を掛けてきた。


「おれを囮に使ってくれ」

「えっ」

「おれが蛇になって地を這う」

「…………」


 キイロアナコンダは自分が地を這うから、掴みに来る怪鳥を呪文で攻撃してくれと言うのだ。


「そんな」


 怪鳥は長いナイフを爪として使っている。地面を這う蛇にナイフで切り付けるのは、石をこする可能性が有るから躊躇するはず。必ず掴みに来るだろう。それは猛禽類が地上の獲物を見た時の反射的な反応でもあると。

 アイダが躊躇している間にキイロアナコンダはすでに地を這っていた。


「アイダ」


 ワイナが指で怪鳥の位置を教えると、チャンスは直ぐに来た。高速で落下してきた怪鳥がキイロアナコンダの胴を掴んだその瞬間、


「アラカザシャザムスヴァーーーー」

「ギャーー」


 呪文を放たれた怪鳥は掴んだキイロアナコンダを落とし、ギロッとアイダを睨むと飛び去って行ってしまう。


「失敗した」


 腕を負傷したトゥパックはアイダの治癒呪文で直り、キイロアナコンダは大した怪我ではなかった。


「あれ、これは」


 アイダは落ちていた怪鳥の赤い大きな羽を見つけて拾い上げた。


「その羽を下さいな」


 後ろから女の子の声が聞こえた。


「あっ、あなたは」


 あの南の谷で消えた少女ではないか。


「その赤い羽を私に下さいな」

「お前は南の谷の女悪魔だな」


 トゥパックが声を荒げた。


「悪魔なんかじゃないわ」

「おれたちに毒を盛って拘束しただろう」

「それは……」

「この羽が欲しいの?」


 アイダが声を掛けると、少女がこくんとうなずいて笑顔が浮かんだ。


「その羽をくれたら、フアイチヴォに勝つ方法を教えてあげる」

「アイダ、こいつの言う事なんか聞くんじゃないぞ」


 だがアイダは羽を少女に差し出した。


「いいわ、あなたにあげる」

「アイダ」


 だが羽を受け取った少女の姿がまた風のように揺らぎ、4人の前から消えた。


「やっぱり奴はあの時の女悪魔だ」


 しかし姿の見えない少女ではあるが、声だけは聞こえて来る。


「やっと手に入れた、これで羽は私のものだわ。でもね、私は嘘は言っていない。アイダ、あなたはもうフアイチヴォに勝つ手段を持っているのよ」

「えっ」

「強い味方を引き付ける力、それがあなたの魅力なの。フアイチヴォはそんなあなたの力を最も嫌っているわ」

「…………」


 風が収まると、もうどこにも少女の気配は無かった。

 アイダたち4人はまた歩き出したのだが、何故か人界に達する事が出来ないでいた。どこまで歩いても、延々と虚無の空間が広がるだけで4人は疲れてきた。


「くそ、このままいつまで歩き続けるんだ」

「トゥパック、これは幻覚なのよ。いくら歩いても無駄だわ。落ち着いて辺りを見回して」


 アイダは歩みを止め、目を閉じると静かな瞑想に入った。

 瞼の裏に様々な光景が浮かび、色様々な模様が流れてゆく。それが次は暗くなると次第に晴れて来たが、何か聞こえる、何なんだろうこの音は。

 それはフアイチヴォに従う神官が生贄の首を落として、その頭蓋骨の後ろを切断している音だ。胸は切り裂き心臓を取り出した。生贄は死霊鳥に変身させられた。自らの足を餌にし、死霊鳥はその足を食らった。苦痛を慰めるため更なる生贄を求め神官に捧げることになるのだ。


「フアイチヴォ!」


 アイダの声が響くと4人を取り巻く幻覚が消え、精霊界の闇を仕切る魔術師、フアイチヴォの姿が現れた。


「フン、小娘のくせに次々と勝手な真似をしおって。精霊界はこのおれ様が仕切るのだ」


 次の瞬間、フアイチヴォが片手を上げると背後から人面怪鳥が再び現れ、4人の上空を飛び回り始めた。


「また出たわね」


 アイダとワイス、トゥパックとキイロアナコンダは揃って剣を抜き身構える。


「みんな、1か所に集まるのよ。四方の空をそれぞれが見るの」


 これで空に対して死角が無くなった。どの方角から襲って来ようと対処できる。


「ギッギッギッ」


 怪鳥は不気味な声を上げて飛び回っているが、4人に攻撃できる隙が無い。どの者も背後が取れないのだ。


「ギッギッギッーー」


 ついに攻撃してきた。


「イエーー!」


 ワイスの剣が怪鳥の羽を切り落とした。


「ギャーー」


 今度はアイダがすかさず呪文を唱える。


「アラカスプレストシャザムスヴァーハー」

「グワッーー」

「やった」


 ついに人面怪鳥がばったり倒れたが、


「きゃー、ワイス!」


 見ると怪鳥を切ったワイスが血を吹いて、その身体が揺らいでいるではないか。人面怪鳥を切ると言う事は、切った者自身の身体を切る事でもあったのだ。


「ワイス、しっかりして」


 抱きとめたワイスの身体が真っ赤な血で染まっている。


「フッフッフッ。そこまでだな」


 フアイチヴォが前に出て来た。トゥパックとキイロアナコンダが剣を構えるが、フアイチヴォはにやりと笑った。


「お前たちにこのおれが倒せるとでも思っているのか」


 トゥパックが切り込むが、剣はフアイチヴォの身体を通り過ぎた。


「なに!」

「フッフッフッ、言ったではないか。お前なんぞにこのフアイチヴォ様は倒せぬわ」


 逆にトゥパックが首をねじ上げられた。


「アグッ」


 体重150キロを超えるゴリラの首をねじ上げるとは、一体魔術師の身体にはどんな力が働いているのだ。


「トオッーー」


 今度はキイロアナコンダが剣を突き出すも、やはり魔術師の身体を通り過ぎて効果が無い。ワイスの治療をしていたアイダも攻撃に加わろうとしたその時、


「んっ!」


 魔術師フアイチヴォの顔色が変わった。


「お前は――」


 精霊界と人界との境界を支配するマスクが、フアイチヴォを止めている。


「この大地は儂の領分である。何人も勝手な真似はさせぬぞ」

「アグッーー」


 今度はトゥパックをボトッと落としたフアイチヴォが、マスクに首を絞められ身体が浮き上がっていく。


「ほれ、もう少しおれの指をずらしてやろう、締まりが良いようにな。どうだこれでよく締まるようになっただろう」

「アグッアグッ……」


 フアイチヴォの首は完全に締まり、顔が紫色に変っていく。


「グッフグッ……」


 どさっとフアイチヴォの身体が落ちた。ついに失意のフアイチヴォは半死の身体となり追放されたのであった。






「マスクさん、ありがとうございました」

「なに、大したことはないさ」


 こうしてアイダはジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダを連れて人界へと向かった。


「ねえ」


 後ろから声を掛けて来る少女がいる。


「あっ、またお前か」


「これから人界に行くんでしょ」

「…………」

「私も一緒に連れて行って」

「な、なんだと!」


 少女も皆と一緒に人界に行きたいと言うではないか。


「お前は女悪魔だろう。なんだっておれたちが悪魔を連れて行かなくっちゃならねえんだ」


 トゥパックが声を荒げた。

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