鈍色の向こうから
空の青が迫った。かと思うと、一転して灰色の景色が近づいてくる。
すぐに地に足が着いた感覚がするとともに、目の前に荒涼とした山肌が広がった。
「ここが、禍の山脈……」
「マジで殺風景だねえ……」
(たしかに言えてる。てかそれ以外、言いようがねえな)
山肌には、樹木どころか草の一本も生えていない。地面が鈍色なのは細かく混じる石槫のせいか、はたまた別のなにかなのか。それらすべてがどんよりと曇る空と相まって、殊更に荒んだ雰囲気を醸し出している。
早くもげんなりしてきたところで、黎一の肩に留った青い鳥が羽ばたいた。
『こちら管制室、コザト。無事に転送されたみたいね。大まかな地形と経路の情報はあるから、以降の道筋はこちらから指示するわ』
「……こちら現地。進路指示、了解」
小里の声を聞いて、黎一は青い鳥に向けて応じた。
『今、みんながいるのが登山道の入口なの。道は残ってるみたいだから、それに沿って進んで。今のところ魔物の反応はないけど、慎重にね』
黎一の応答を見た周囲が、感嘆の声を上げる。
「……使ってるのはじめてみたけど、これ便利だね。
「八薙くんとはぐれさえしなければ、全員の状況が分かりますからね。通信管制において、これほど便利な
天叢と四方城の言葉どおり――。
ギルドから冒険者に支給される通信端末は、場の
周囲がどよめく中、御船が先頭に立った。
「縦列で行く。オレと四方城が
「へいへい」
御船の言葉に、事も無げに応じる。
誰が
言われた通りに中衛の位置につき、登山道を歩き始める。
『……あ、そうそう。魔物と出くわすまで勾原たちの
(お~お~、真面目だねえ。そういうとこ)
黎一のげんなりした心境などつゆ知らず、羽ばたく青い鳥から声が聞こえる。
『まず勾原の
「……せんせぇ~。しつもぉ~ん」
『はぁい、光河さ~ん』
光河と小里のやり取りには、どこか弛緩した空気が漂っている。
今のところ通話に参加しているのが級友だけ、というのもあるだろう。だが仮にも危険地域で、この雰囲気はいかがなものかと思ってしまう。
「話を聞いた時から気になってたんだけど~。勾原の
「それ、僕も気になってた。しかも禍の山脈の魔物って、そんじょそこらの
光河の質問に、天叢も便乗する。
雰囲気を損ねないようにするあたり、さすがクラスのまとめ役ではある。
『あたしに聞かれても困る、ってのが本音だけど……。レオン殿下やマリーさんが話してた仮説だけ伝えておくね』
たしかに気になる点ではあった。
周囲を警戒しつつ、肩先から聞こえる小里の声に耳を傾ける。
『多分だけど、相方の山田さんの
「山田の
『
「ええぇ~……。それでなんとかなっちゃうもんなん……?」
『やれるとしたら、そのくらいしかなくない? で、使役した魔物で他の魔物を倒してどんどん数を増やしたんだろう、って。これなら全員が生き残ってるのも納得でしょ?』
(どっかのゲームを思い出すな。キミに決めた! ……ってか)
「たしかに使い切りじゃないって、めっちゃいいよね。狩りの基本形が成立すれば手駒はどんどん増えるし。衣類や食料も、魔物を狩れればなんとかなるし」
小里の言説に、隣を歩く蒼乃が髪をいじりながら口を挟む。
『そ、一応説明はつくの。しょぼい攻撃魔法も、松本君の
「組み合わせと使い分けか。八薙くんたちと同じことをやったんだね」
「大した根性だ、って言ってやりてえところだがな」
『ほんとねぇ……。レオン殿下なんか、「なんで全員をまとめて同じ場所に転送するようなマネをしたんだ」ってボヤいてたわよ』
天叢と御船の言葉に、青い鳥から盛大にため息が聞こえる。
(そうは言うがな、殿下。世が世なら、それを指示しなかったあんたが悪いんだろ、って言われ……ん?)
会話の最中、ふと周囲の景色に違和感を覚えた。
なにとはなしに、
地面は、地の
少し先の景色は、何色にも染まってはいない。特に変化は――。
(……いや待て。なんで、何色にも染まってないんだ?)
この異世界の存在には、すべて
――その色が、ないということは。
「おいッ! 囲まれてるぞッ!」
黎一の叫びに、全員が一斉に立ち止まり得物を構える。
途端。周囲の景色が、歪んだ。
『ウソでしょ⁉
小里の声が聞こえる中、鈍色の空が書き割りのように剥がれ落ちる。
その向こう側から、いくつもの影が現れた。空を舞うもの、地を這うもの、巨躯で地を踏みしめるもの。種も様々な魔物たちが、いくばくかの距離を取って黎一たちを取り囲んだ。数はざっと見る限りでも、百は下らない。
「
「だね。しかも
四方城の言葉を、天叢が継ぐ。
登山道の入口に魔物を配していなかったのも、元より包囲が狙いだったからだろう。
「ま、さっきの話が本当なら……。魔物を罠にかけるヤツらが、オレらを罠にかけねえ
「ま、いいんじゃな~い。
御船と光河が、事も無げに得物を構える。
黎一と蒼乃も、それに倣った瞬間――。
鈍色の景色を埋め尽くす魔物たちが、黎一たち目がけて殺到した。
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