出陣
「……お疲れ」
黎一が会議室から出ると、すぐ横から女性の声がした。
可もなく不可もないその声に目を向けると、蒼乃が長い黒髪の少女を抱いて立っている。
「フィロ、連れてきてたのか」
「そのまま行くと、ぶーたれそうだったから」
少女の名はフィーロ。古のやんごとなき竜人の血筋を引く存在だ。
「れーいち。おはなし、おわった?」
抱きかかえられたままのフィーロが、にぱっと笑う。
竜人とは言っても、見た目は人間と変わらない。菜の花色のワンピースを着た姿は、街で見る五歳の少女と同じだ。
「ああ、お話はな」
「……また、おしごと?」
「まあな」
「フィロも、おてつだいできる?」
「今回はダメだ。城で待ってろ」
「んんぅ~……。フィロ、りゅうだってたおしたよ?」
「それでもダメ」
「んむんぅ~……!」
「ほぉら、言ったでしょ? おとなしく待ってなさい」
頬を膨らませるフィーロに、蒼乃が追撃をかける。
フィーロが持つ
下手な冒険者など連れていくくらいなら、フィーロのほうがよほど頼りになる。
(今回ばかりは連れていけない。距離を取って援護射撃も、やらせようと思えばやれなくはないけど……)
以前の事件では級友の
だが今回は入り組んだ山岳地帯だ。必然的に乱戦となる上、周囲に安全を確保できる高所もない。
(なにより、最悪の場合はぶっ放すことになる。フィロを近くにおいてなんておけない)
「……オグニエナさんの力、遣えって言われたんでしょ」
不意に、蒼乃が言った。
思わず蒼乃の顔を見ると、ちらと視線を合わせてくる。
「聞いてたのか」
「あんたの顔見れば、なんとなく分かるって」
蒼乃は笑顔と呆れ顔の中間くらいの表情で、事も無げに言う。
異世界に降り立った時から
以来、その全貌を黎一の隣で見てきた。
「たしかにさっさと終わるだろうけど。色々、無事じゃすまないよね」
「なるべく粘る。今の
「あんまり、気張っちゃダメだからね」
言葉を喰うように、蒼乃が言う。
「あんたはあんたでしょ。いくら扱いが変わったって、レオン殿下もそこまで強制はしないって」
「今の俺は……大陸を動かせる存在なんだとさ」
レオンに言われた言葉を、そのまま繰り返す。
そのくらいは、考えれば分かる。
「そんなつもりない、ってどれだけ言っても、信じてもらえるわけない。そんなことは分かってる。けど……」
「私は、大丈夫だからね」
言いかけた言葉をふたたび制して、蒼乃が言う。
「どんなことがあっても、私はあんたの味方だから」
思わず、蒼乃の顔を見た。
その視線は、まっすぐ前を向いている。
「だから、そんな顔しないの。あんたがそういう顔してると、みんなが不安がるでしょ」
蒼乃からは以前から言われるが、感情がよく顔に出ているらしい。
レオンと話していた時を思い起こす。自分は、どんな表情をしてただろうか。
「……分かった。ごめん」
「ちょっとは頼んなさい。
ふと気づく。
この異世界に来て、蒼乃と
あと少しで、一年だ。
「ありがとう」
不思議と、違和感なく礼が言えた。自分でも、不思議な感覚だった。
蒼乃はきょとんとした顔をしていたが、すぐに苦笑する。
「……明日、雨かもね。さっさと終わらせよ」
* * * *
黎一と蒼乃が
「四方城隊、準備完了に」
四方城は栗色の髪を、ポニーテールに結っていた。
どこぞの軍神を思わせる緑色の道着の上から、革の篭手具足と胸当てをつけている。得物は青龍偃月刀を思わせる、大振りな薙刀だ。
「お疲れ。いつでも行けるよ」
朗らかな天叢は鉢金に、革防具の上から陣羽織に似た
得物は魔法発動体がついた拳闘具だった。
「とっとと終わらせるぞ。
急かすように言う御船の装備は、金属補強された革防具に鉢金、得物は
今回はさすがに長期戦を想定しているのか、小さな背嚢を負っている。
「魔物ぞろぞろじゃあ、さすがにロベルタさんのところには飛べないでしょ。ちまちま端っこから倒すしかないんじゃな~い?」
あっけらかんと言う光河の装いは、ポンチョに似た赤い
小柄な身の丈を優に超える
「わたしたちは、麓の防衛部隊とともに展開します。ご武運を」
「レイイチ殿……。なにかあったら、すぐに呼べ。どんな手を使ってもな」
桃色のガウンを着たマリーと、変わらぬ青い貫頭衣のアイナが視線を送ってくる。
二人とも、事情はなんとなく察しているのだろう。
「……ああ。分かってる」
頷いて見せると、ギルド職員の青い制服を着込んだ黒髪おさげの女子が前に出た。
「まもなく、作戦開始です。第一陣は
フィーロが小里の元に行ったのを確認すると、黎一は
すると小里が、黎一に向けて手カメラを作った。
「毎度お馴染み……
声とともに、黎一の肩に小さな青い鳥が留まる。
小里の
「それじゃ……
小里の声とともに、黎一の意識は空の青へと投げ出された。
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