招集

 春先の、穏やかな空気の中――。

 八薙黎一は、ヴァイスラント王宮の廊下を歩いていた。今は家人である少女を、王宮内の然るべき機関に預けたところである。


「レオン殿下、一体なんの用事だろ? 最近、そんなに荒れるような話なかったと思ったんだけど……」


 隣を歩く、黒髪ミディアムロングの少女が小首をかしげる。

 蒼乃あおのるな――。ともに異世界に転移してきた級友たちのマドンナにして、勇者ブレイヴの特権である勇紋サインの力で強制的に一対ペアとなった、黎一の相方だ。


「ノスクォーツの一件からまだそんな経ってないんだし、ちょっとくらい休ませてくれたっていいのにさぁ……」


 ぼやく蒼乃の装いは、普段王宮に来る時とは違っていた。

 卸したての革防具にキュロットスカート、決して細くはない脚にはうっすらと術式が刻まれた黒いレギンスを履いている。腰間には二振りの短杖ワンドと、冒険者仕様の完全武装だ。


(たしかにいきなりフル装備で緊急出動スクランブル、はちょいと珍しいわな)


 ふと、廊下の鑑に写る己の姿に目を向けた。

 蒼乃と揃いの金属補強入りの革防具に革のトラウザ、革のショートブーツ、腰間には愛剣と、負けず劣らずの武装ぶりである。

 異世界人たる勇者ブレイヴは、その特権のひとつとして身体能力が大幅に向上する。これだけ仰々しい装備でも、冒険者としては軽装の類だ。


(いつもは大体、打ち合わせやってから現地に飛ぶ、みたいなのが多いんだけど……)


 ヴァイスラント王国特務部隊――国選勇者隊ヴァリアント

 黎一たちが所属するこの部隊は冒険者ギルドでは賄いきれない国難や、厄介事を解決して回る部隊として名を馳せている。有事の時以外は寝てても給料が出る大変美味しい仕事なのだが、こうして急を要する案件というのはあまりない。


「ねえ、ひょっとしてあれかな?」


「……どれだよ」


「ほら、禍の山脈で魔物が大量発生したってヤツ。調査が入るとか言ってなかった?」


(たしかに危険地域だが……。別に魔物が出るのは普通の場所だろ、あそこ)


 禍の山脈――。ヴァイスラントの東端にある、山岳地帯の通称である。

 魔物湧出の一因となる迷宮ダンジョンもないのに魔力マナが濃く、総じて危険な魔物が多い。ヴァイスラント、ノスクォーツ、ルミニアの三国にまたがる国境地帯でもあるため、出入は三国によって厳しく管理されている。


(今に始まったことじゃない。その程度で、俺らに声がかかるとも思えないんだが……)


 などと考えているうちに、目的の会議室前が見えてくる。

 冒険者ギルドの会議室の中では、結構大ぶりな部屋だ。


(ますます、嫌な予感が……)


 気持ちを振り切って扉を開けると、中には見慣れた面子が顔を連ねている。

 最初に黎一たちに気づいたのは、長身茶髪のイケメンと栗色ウェーブロングの和風美人だった。二人とも黎一たちと同じく、鉢金に羽織を模した外套と冒険前の出で立ちだ。


「お疲れ。やっぱり八薙くんたちも来たね」


「全員招集……。穏やかじゃありませんね」


 天叢あまむらしょうに、四方城よもしろ舞雪まゆき――。ともに異世界に降り立った、級友たちの一組だ。

 ちなみに勇者ブレイヴ一対ペアは、主上マスター眷属ファミリアに別れている。ほとんどの場合は男性が主上マスターなのだが、この一対ペアは珍しく四方城が主上マスターだ。

 そうこうしていると。


「る~な~。お疲れっ」


 小動物を思わせる茶髪ボブが、蒼乃にしがみついた。蒼乃の親友、光河みつかわ由佳ゆかだ。

 相も変わらず冒険者の自覚があるのか疑わしくなるミニスカート姿だが、彼女は冒険の時でもこのスタイルだったりする。


「お疲れ~。……って、本格的に嫌な予感してきたんだけど」


「そこは口に出すなよ。ここにいる全員、言わなくたって分かってんだからよ」


 うんざりした口調で蒼乃に応えたのは、光河の相方である御船みふね大剛だいごだ。金属で補強した革防具で身を鎧い、傍らには剣状鎚ソード・メイスを立てかけている。

 身長二メートル近い黒髪ツーブロックの巨漢が中世の城の居室にいるのを見ると、未だに違和感を覚えてしまう。


国選勇者隊ヴァリアントの全員集合……。ヘタすりゃ初じゃねえの?)


 国選勇者隊ヴァリアントは任務と勇者ブレイヴの性質が相まって、特権たる勇者紋サインで定められた一対ペアごとに行動することがほとんだった。

 今、隊員でこの場にいないのは、黎一の眷属ファミリアである二人の女性と、通信手オペレーター一対ペアだけだ。


(これだけの戦力を突っ込む……? そんなに切羽詰まってんのか……?)


 考えた途端、会議室の扉が開いた。

 真っ先に入ってきたのは金髪長身の偉丈夫だ。国選勇者隊ヴァリアントの司令官にして王国宰相、第一王子レオン・ウル・ヴァイスラントである。

 続いて小柄なほんわか茶髪ボブ、青い貫頭衣の凛とした美女が後に続く。黎一の眷属ファミリア、マリーディアとアイナだ。


「急に呼び出してすまない。人を待たせているので、さっそく始めよう」


 レオンの合図に、マリーディアことマリーが端末を叩いた。元はヴァイスラントの第六王女だったが、紆余曲折を経て黎一の勇者ブレイヴとなり、今は黎一たちと暮らしている。

 端末の操作に合わせて、会議室の中空に魔光画面ライト・ディスプレイが映し出される。最初に現れたのは、毛皮の外套を纏った銀髪の偉丈夫だ。


『ノスクォーツより、ヴォルフガング・レクス・アルバルプスである。……しばらくだな、レイイチ・ヤナギ』


「ヴォルフ陛下……⁉ お久しぶりです……」


 以前の事件で見知った相手の登場に、思わずたじろいだ。いきなり北方の雄たるノスクォーツの国王が出てくるとは、さすがに思っていない。

 戸惑っているうちに、もうひとつの魔光画面ライト・ディスプレイに人影が写る。こちらはお初の人物だった。齢の頃なら四十そこそこの、禿頭の巨漢である。


『お初にお目にかかります。ルミニア王国執政、パトリアヌス・ファンブルガーと申します。噂に名高き、国選勇者隊ヴァリアントの皆さまとお会いできるとは光栄です』


(やっぱり、ルミニアの所属か)


 アタリをつけたのは、パトリアヌスが首から下げている信仰の証だった。元の世界で言えば十字架のようなものだ。大陸で広く信仰されてはいるものの、国教としているのはルミニアのみである。


「さて、全員に集ってもらったのは言うまでもない。……緊急討伐依頼スクランブル・レイドだ。この後、全員で禍の山脈に出撃してもらう」


 いつになく厳しいレオンの声に、会議室が静まり返った

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