第五章 俺と彼女が、因縁の相手を斃すまで
武姫の散華【ロベルタ/勾原】
ロベルタ・ヴァン・カストゥーリアは、身震いと
寒い。春先の空気が、薄手の闘衣だけを纏った身体を容赦なく突き刺してくる。
(ここは……)
ぼんやりとした意識の中で、だんだんと記憶がはっきりしてきた。
禍の山脈――。
ヴァイスラント、ノスクォーツ、ルミニアの三国にまたがる危険地域。そこに突如として湧いて出た魔物たちの、先行調査ならびに第一次討伐。
上官たるレオンの命により選りすぐりの冒険者たちを引き連れ、王都を発ったのが三日前だった。今は、どれほどの時間が経ったのだろうか。
(このような醜態を晒す羽目になろうとは……)
縄で縛められた自身の姿に、
鎧は剥ぎ取られ、下に着込む綿入れの革防具すら脱がされていた。
いかに統率が取れていたとはいえ、ここまで丁寧に衣類を剥ぎ取るだけの知性を持った魔物はそういない。
(早く、殿下に伝えなくては……。まずはここから脱出を……)
まずは火の魔法で、縛めを解くか――。
そう思った矢先、部屋の戸口に気配がした。三つの人影がなにやら口々に言い合いながら、部屋に入ってくる。
「おっ、ちょうどお目覚めか?」
先頭に立っていた人影のひとりが、下卑た笑いを浮かべた。
年の頃はロベルタとそう変わらないだろう。死体から剥ぎ取ったのだろう革防具で固めた身の丈は三人の中でこそ二番目だが、男性として高いほうではあるまい。ぼさぼさした黒髪をざっくりと分けたその顔には、見覚えがあった。
「サク……マガハラ!」
「覚えててくれたかい。光栄だね」
よく見れば、周囲の二人もまた見覚えのある顔だった。
ぼうぼうに伸ばし放題の黒髪をした猿に似た男が、マツモト。マガハラよりも背が低い、黒髪を束ねたギョロ目の男がエゲツという名だったはずだ。
いずれも、マガハラとともに王都を追放された者たちである。
「生きていたというの……? この禍の山脈で……?」
「ああ、何度も何度も死にかけたがなあ。知った顔が来てくれてよかったよ。あんたをとっ捕まえておけば、奴らだって動かねえわけにもいかねえだろ」
「クッ、殺しなさいっ! このような生き恥を晒すくらいなら……ッ!」
「オッホオオオゥ! リアルくっ殺だぜぇ! はじめて見た!」
「いいね、いいねえ。たまんねえわ。ま、お前が引き連れてきた連中はその通りにしてやったから、安心しなよ」
「なん、ですって……?」
「全員、オレの可愛いペットたちの腹ン中さ。女連中は、オレたちがさっきまでたっぷり可愛がってやってたけどな」
「く……っ!」
引き連れてきた手勢の中には、カストゥーリア家直参の者たちも含まれていた。ヴァイスラントでも指折りの軍閥貴族である父が、娘の身を案じて非公式に帯同させた精鋭部隊である。冒険者たちばかりか、父から借り受けた手勢まで失ったとあっては、顔向けができない。
「ま、そんなわけでさ。アンタにはまず、オレたちを満足させてもらう」
「え……っ?」
マガハラがにんまりと笑う。
その横で、マツモトとエゲツがいそいそと服を脱ぎ始めた。
「おい、サクぅ~。ゴム、まだ残ってんだよなあ?」
「ああ、ちょうど三つある。後ろの時だけ使おうぜ」
「イィヤッフウウウウウッ! ケツ穴確定ッ!!」
「ギャハハハハッ! お前その腰の動きやめろよ情操教育にわりーぞ!」
(なに……? なにを、言ってるの? この人たち……)
言葉のひとつひとつが、理解できない。
茫然とする中、マツモトとエゲツがロベルタの服を剥ぎ取りはじめる。
「い、いやっ……。やめて、近寄らないで……」
「そう言うなよぉ。一度受け入れちまえば、気持ちよくなれるぜぇ」
「ヒサヤは後ろとして……サク、お前どうする?」
「オレぁ、最初は上でいい。
「おっ、じゃあお言葉に甘えて……」
「やめて、離して……」
魔法を繰ろうとしても、なにかの力が邪魔をする。
抗う気力に恐怖が勝り、身体を動かすことすらままならない。
「いい
マガハラが、呟いた瞬間――。
感じたことのない痛みと、身体の奥底から湧きあがるわずかばかりの快感が、ロベルタの理性を押し流していった。
* * * *
勾原咲が廃屋を出たのは、小一時間ほど経った後のことだった。
なにせ捕えた他の女もいたのだ。女体を抱くのは好きだが、さすがに疲れも出てくる。
松本と恵月は、未だ廃屋でロベルタの身体を貪っている。ロベルタは、すでに抵抗する気力も失くしたようだった。
(さてと……。外はどうだかな)
今、勾原がいるのは、禍の山脈の高所地帯にある村の廃墟だった。
二十棟ほどある民家の廃墟には、様々な魔物たちが群れ固まって屍肉を貪っている。いずれも、ロベルタとともに来た冒険者たちの屍だ。
勾原は村の外れに屯している、ぼろぼろの防具を着込んだ女性三人に近づいた。
「北と東、動きあったか?」
「今のところ、動く気配はないね。自分たちの縄張りだけ守ってる感じ」
勾原の声に、すっかり色落ちした茶髪のポニーテールの女子が応える。
「でも、これからどうなっちゃうんだろ……。もし、王国からまた討伐隊が来たら……」
山田の言葉に、肩先まで伸びた黒髪を後ろで雑に束ねた女子が続く。
「返り討ちにしてやればいいんだよ。これだけ魔物いるんだから」
「で、でも……。
ツインテールにした黒髪をいじりながら言う女子は、
「……勝てるかな、じゃねえんだよ。勝つんだよ」
ぎろりと睨みつけると、園里があっさり黙る。
「この山脈の魔物で、オレに敵うヤツはもういねえ。つまり兵隊は無限に増やせんだ……」
「けれど、さっき捕まえた人たちが言ってたよ?
なおも言い募る外波山の言葉に、復讐したい男の顔が脳裏をちらついた。
一瞬で、頭に血が上る。
「オレが八薙に負けるって言いてえのか⁉ ああん⁉」
「ヒ、ヒッ……! ご、ごめんなさい……」
「調子こいてっとさっきの女どもや、あの中にいるお嬢様みてえになるぞ……!」
「お、お願いです……。それだけは……」
「キャハハハッ。アスカ、もう何回もサれてんだからいいじゃん」
嘲笑う山田を尻目に見ながら、勾原は遠くの空に目を向けた。
指折りで数えていた日数が正しければ、あと少しでこの異世界に来て一年だ。
(さあ来いよ、八薙……。オメエの目の前で、蒼乃をブチ犯してやる……!)
憎き二人の級友たちを思い浮かべながら、勾原はニヤリと笑った。
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