救援
部屋にいる全員の顔が、ドアのほうへと向いた。
安普請とはいえ、鍵が壊れてひしゃげている。並大抵の力ではない。
「……邪魔するぜ」
のそりと入ってきたのは、黒髪ツーブロックのいかつい男子だった。
身長は二メートル近くあるだろう。制服をやや着崩した身体は、筋骨隆々としていることがひと目で分かる。
「お前……まさか
田所が叫ぶ。月も見覚えがあった。
一年のトップカーストに君臨する男子だ。クラスが違うため絡んだことはないが、中学時代は売られたケンカのすべてに勝利したと聞く。だが問題を起こすことはなく、所属する野球部の活動も至って真面目らしい。
「とりあえず。暴行の現行犯、ってことでいいか?」
御船の目が、ぎろりと田所を睨む。
委縮したのか、男子たちの力が弱まった。
(今っ……!)
手を振りほどいて、縛めから脱する。
ドアのほうに駆け寄ると、御船の影から小柄な茶髪ボブの女子が飛び出てきた。
「るなっ! ホントにいたよっ!」
「ユカ⁉ なんでここに……」
「もうバカッ! なんかあったら言えって
「……ごめん」
しがみついてくる由佳の髪を撫でながら、ぎゅっと抱きしめた。
田所たちに目を向けてみれば、先ほどまで下卑た笑みを浮かべた顔は恐怖に染まっている。
「まっ、待ってくれ! 俺たちはそこの女に言われてやっただけで……」
「言い訳になってねえんだよ。すぐ迎えが来るから、おとなしく待ってろ」
「ふっ……ざけんなあっ!」
男子のひとりが、御船に殴りかかる。
しかし拳が届くことはない。素早く男子の腕をつかんだ御船が、そのまま捻り上げたのだ。
「いでででっ! てめっ、放せッ!」
男子が喚く間、田所たちは女子たちのほうにじりじり下がっていく。
その時、ふたたび部屋の外に気配がした。
ドアの際から、体操着を着た長身茶髪の男子が姿を現す。
「蒼乃さんっ! よかった、間に合った!」
「へっ、天叢くんまで? なんで……」
同じクラスの男子で、男でも振り向くレベルのイケメンである。
これで大地主の家の長男坊、入ったばかりのバスケ部でも大活躍というのだから、天は二物を与えずという言葉は偽りなのだと思わざるを得ない。
「すぐに先生たちが来る! おとなしくしろっ!」
「クソッ……やってられっかよっ!」
田所は毒づくと、部屋の隅にある窓を開け放った。
そのまま、窓の外へと身を躍らせる。男子たちも、次々とそれに続いた。
「チッ、めんどいマネしやがって……」
「大丈夫だよ。外にも呼んであるから」
御船のぼやきに、天叢が得意げに応じる。
程なくして――。
「ひッ、なんだよアンタらっ!」
「この人たちですッ! 捕えてッ!」
「合点ッ!」
窓の外から声が聞こえる。
田所の声に続いたのは女性の声と、どすの利いた男の声だ。
やいのやいのと騒がしい中、栗色ロングヘアの少女と教員数名が部屋に入ってくる。
「ここですっ!」
少女の名は、
天叢の彼女で、地元で手広く商売をやっている商家の娘だ。クラスが違うので絡んだことはないが、容姿とお淑やかな人柄のおかげで、男女問わず人気が高いと聞く。
「おいお前らっ! 一体ここで何やってる⁉」
先頭にいた、体育教師の鹿島が怒鳴り声を上げた。
部屋の奥にいた女子二人が、へなへなと崩れ落ちる。
「いえ、ですからこれは、その……」
「話は職員室で聞く。……蒼乃も落ち着いたら、すぐに来るように」
「は、はい……」
鹿島と他の教員二人が、黒髪ロングと茶髪ポニテを引っ立てていく。
教師たちの姿が見えなくなると、由佳の顔がふたたび月に向いた。
「ほんっとにもうっ! 一人でどうにかしようとするからだよっ!」
「ごめん……。けどみんな、なんでここが分かったの?」
かねてよりの疑問を口にする。
呼び出された話は誰にもしていないのに、これだけの人数が駆けつける理由がまったく分からない。まして由佳と天叢は月と同じクラスだが、御船と四方城は別のクラスだ。
「
「ヘッ、さすがにちょっと驚いたぜ。第二準備室なんて、ピンポイントに聞いてくるもんだからよ」
由佳の言葉に、御船が笑う。
それを見た天叢が、ハッとした表情になる。
「僕と同じだ……。部活の休憩中に、この時間に呼出しされた女子がいるから、助けてやってほしいってメッセ来てさ。たまたま舞雪がバスケ部の練習を見に来てたから、協力してもらったんだ」
「オレは果たし状みたいな中身だったがな。部活終わった後の暇つぶしと思って、来てみたらこれよ」
「父のやっているお店が、近くにあってよかったです。思っていた以上に人数がいるんですもの」
「へっ? じゃあ、さっきの外の声って……」
言いかけたところで、板前の格好をした大柄な男が部屋に入ってきた。
年の頃なら三十手前くらいだろうか。丸坊主に糸目、ガタイの良さもさることながら、纏う雰囲気がどう見ても只者ではない。
「……お嬢、終わりました。全員、先生方に引き渡しましたぜ」
男が頭を下げると、四方城が微笑む。
「豊さん、ありがとう。ごめんなさいね、開店間際の忙しい時に」
「いいんですよ。大事にならず、なによりでした。それでは……」
豊さんと呼ばれた男は穏やかに言うと、すっと部屋から出ていく。
音を立てぬ身のこなしもやはり、一般人のそれではない。
「え~っと……。今のって……」
「豊永さんといって、父の舎弟の方なんです。普段は、すぐそこの料亭を任されてるんですよ」
(舎弟、って……)
微笑む四方城の言葉に、両親から聞いたある組織の名を思い出す。
四方城会――。地元で隠然たる勢力を誇るヤクザ組織だ。
だが言うほど目立っているかというとむしろ逆で、波風立てずに地域に根付くことを信条としているらしい。主に商店や飲食店といった店舗業を営んでおり、祭りなどの催しにも積極的に参加している。
(……四方城さんを怒らせることだけは、絶対しないようにしようっと)
「そういえば捨てアカの名前、なんだった? 僕のところに送ってきたの、けっこう特徴的な名前だったんだよね」
月の心中などつゆ知らず、天叢があっけらかんと言う。
すると御船と由佳が、顔を見合わせる。
「ああ~、それね。なんか英語の名前だった」
「”
「やっぱり同じだね。誰だったんだろう……。
「周りをよく見ていらっしゃる方なのでしょうね。翔くんに声をかければ、必ず動いてくれると考えてのことでしょうから」
「御船くんへのメッセも、性格分かってるって感じだよね~。てか果たし状って……うぷぷ」
「そこ、笑うんじゃねえ。オレがいなきゃ間に合わなかっただろうが」
「そうだけどさぁ。今日日、真に受けますぅ~?」
和気あいあいと話す四人の言葉で――。
(ん?
脳裏で、なにかが閃いた。
Ebonは、英語で漆黒の意だ。Oneは当然、数字の一。
そして黒には、別の書き方もある。
(
ある男子の顔が、脳裏に蘇った。
陰気な雰囲気の中で、鋭い光を放つ瞳。
「……ッ!」
思わず、駆け出していた。
後ろで由佳や天叢が呼んでいるが、今はどうでもいい。
部室棟の階段を降りると、敷地のフェンスの向こうに畑が見える。そこに、かすかに動く影があった。
「待ってっ!」
月は叫ぶと、フェンスに向かって走り出した。
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