幕間 ~あの日、見た星~

呼出

お読みいただき、ありがとうございます!

初の幕間です。

※一章と二章の間に入れたかったんですが、割り込みだるすぎて断念しました。


時系列的には、本編開始の一年前。

月が黎一を好きになった時のお話です。



~~~~~~~~~~~~~~~~~



 五月、大型連休明け。

 一年三組の教室は、適度にざわついていた。

 青空が見える窓からは初夏の風が吹き込み、敷地内の木々は新緑の葉に彩られる。ごくありふれた、それでいて気持ちの良い昼休み。

 そんな、日常の片隅で――。


「……はぁ」


 蒼乃あおのるなは、人知れず小さなため息をついた。

 頬杖をついた顔の横から、艶やかな黒髪がこぼれるように垂れ落ちる。自信を持っている色白の肌も、今はえらく血色が悪いに違いない。

 原因は、机に隠すようにして見ているスマートフォンに映し出されたメッセージだった。


『今日の夕方六時、部室棟の第二準備室に来てください。もし来なければ、この証明写真を拡大コピーして張り出します』


 ――と、こうである。

 送られてきたのは”ArcStarアークスター”、通称アクスタのダイレクトメッセージだった。『ひとりひとりが、きらめくほし』のキャッチフレーズで知られる、学生に人気のSNSだ。

 送り主のアカウントは、すでに削除済みになっている。


(捨てアカまで使って、ご丁寧だこと。しかも……)


 メッセージの下には、見覚えのある証明写真の画像データが送られてきていた。

 髪はぼさぼさ。メイクはすっぴんの一歩手前、いや崩れかけだから半歩手前か。完全形態フルメイクの時とは比べるべくもない。


(なんで、よりにもよってこの写真なわけ……)


 先日、バイト先のコンビニに提出する履歴書のために撮ったものだ。

 弟と妹の世話で、面接に遅れそうになった。挙句、履歴書に写真を貼り忘れていたことに気づいたのだった。

 どうにか間に合わせたが、写真うつりのまあ悪いこと。バイトに採用されはしたものの、月の中では黒歴史の一ページとなっている。


(てか……なんでこの写真持ってんのよ⁉ 流出したの、バイト先以外ありえないんだけど! あの店の個人情報管理、どうなってんのっ⁉)


 胸の内でがなり立てたところで、応える者は誰もいない。

 バイト先の同僚に高校の先輩がいたはずだから、おそらくそこだ。とはいえ、今はそれを考えたところで仕方がない。


「はぁ……」


 誰にも気づかれぬように、ふたたびため息を吐く。

 教室の隅の自席で頬杖ついて俯いてるせいか、話しかけてくる者はない。


(しかも嫌がらせのレベル、しょっぼ……。もうちょっと気合入ったヤツできないかなあ? 着替え盗撮ばら撒くとか、三ヶ月間のストーキング記録をポエム付きで公開するとか……)


 いずれも経験談である。もちろん、世に出る前にすべて対処した。

 生まれ持った容姿のおかげで、こうしたトラブルは慣れっこだ。自身で談判したものから、警察や弁護士に頼ったものまで数知れない。

 今回の一件は歴代上位のものと比べると、はっきり言って温い。


(このくらいなら、私が行ってケリつけるかあ……。教員や警察頼ると、また親が心配するし。彩青うちの生徒なら、どうせ大した事してこないでしょ)


 彩青高校さいせいこうこう――。

 名前から私立と勘違いされがちだが、れっきとした公立高校である。

 偏差値は中の上くらいだが、有名大学や地元企業との強いコネクションで有名だ。おかげで進学希望者はもとより就職希望者からも人気が高く、県内屈指の倍率を誇っていたりする。

 そんなこんなが相まって、生徒の民度はやたら高い。地元の名士にも卒業生が多く、その子女たちが数多く在籍している。


(やり口的に、男とられたとかでいてる女かな。これ以上やるなら個人特定して訴える、って言えばよし。複数いてボコられそうなら、ダッシュで逃げる。……よし、決まりっ!)


 意を決するとともに、俯けていた顔を上げる。

 ――瞬間。

 ちょうど脇を通りかかった男子と、目が合った。


(……ッ⁉)


 身長は平均より少し高いか。ざんばらな黒髪の、ひょろっとした陰気な男子だ。だが目つきだけは、妙に鋭い光を放っている。

 その時。男子の目が、月の目から逸れた。

 視線が、向く先は――。


(しまった、スマホ……見られた⁉)


 慌ててスマートフォンの電源ボタンを押し、画面を暗転させる。

 だが男子は何事もなかったかのように、ただ通り過ぎていく。


(誰だっけ……。うちのクラス、だよね?)


 一ヶ月前にやった、自己紹介の記憶を手繰る。

 たしか、最後のほうで喋っていたはずだ。


(思い出した。”塩の八薙”……)


 八薙やなぎ黎一れいいち

 ぱっと見は、よくいる陰気な男子だ。しかし女子の間で問題視されているのは、その性分だった。

 女子とは一切話さず、男子を介してしかコミュニケーションが取れない。どこぞの女子がちょっと仲良くしようと揶揄からかったら、舌打ちと殺気がこもった視線が飛んできた、なんて話まで聞いた。


(そんなのが、なんで私を見てたの? いきなり顔上げたから驚いた、って感じじゃなかった……)


 八薙の後ろ姿を、ぼうっと見つめていた時。


「……る~なっ!」


 目の前に、小動物を思わせる茶髪ボブの小柄な女子が現れる。

 中学の頃からの親友、光河みつかわ由佳ゆかだ。


「う、わあっ!」


「そんな驚かなくてもいいじゃん……。てか五時限目の外国語、二階だよ。そろそろ行こうよ」


 時計を見ると、五時限目の予鈴まであと数分だった。

 英会話でのグループワークが主となる授業で、クラスをふたつに分けるために移動するのだ。すでに教室にいるのは、月と由佳だけになっている。


「あ、そっか……。ありがと」


「さっき、どしたん? ずっと俯いてたけど。またなんかあった?」


「ああ。ううん、そんなんじゃないよ」


 由佳とは付き合いが長い分、男絡みの事件でずいぶんと心配をかけた。自身のみでどうにかできることなら、無理に話すこともない。

 だがそんな月の心境をよそに、由佳はニヤリと笑った。


「はは~ん? はやくもエモノを探してた、ってわけ?」


「ちょっとっ! 人聞きの悪いこと言わないでよっ!」


「だいじょぶ、だいじょぶ~! るなの男癖の悪さなんて、みんな知ってるから~」


「だからもうっ! 他の教室に聞こえるように言わないでっ!」


 中学の頃からお馴染みの会話をしながら、手早く準備する。


(そうよ、邪魔なんてさせないんだから……。オトコにフラれた程度で、脅しかけてくるような女にはね)


 夢があるわけでもない。

 やりたいことが、あるわけでもない。

 将来を約束したひとが、いるわけでもない。

 それでも考えを押しつけてくる相手には、誰であろうと腹が立つ。


(見てなさいよ。とっちめてやるから)


 気分を切り替えるべく、制服のポケットにスマートフォンを押し込むと。

 月は、教室の扉を開け放った。

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