日出づる国の姫

 宮殿のバルコニーに、ひと際強い風が吹いた。

 灯りに照らされる大都の眺望も、今は妙に色あせて見える。


「旧、って……どういうことですか? ヒイズル家が滅んだなんて、そんな情報は……」


 絞りだすように言ったのはマリーだった。

 アイナは頭を振ると、マリーを見て口を開く。


「近海の洋上は奴らが封鎖している。それに元々、大陸戦争の頃に交易は途絶えているからな。無理もない」


「洋上を封鎖、って……国を乗っ取られたってこと?」


 蒼乃の険しい声に、アイナは首肯を以て応じた。


「ああ。今、我がズィパーグは、ヴェンという勇者ブレイヴを頭目とする一団に制圧されている。私の本当の目的は、別れて逃げた世継ぎの弟、ユイトを探すこと。そしてズィパーグ奪還のための、人脈を得ることだ」


「ヴェン……。そいつも、異世界から来た……?」


「ああ。もっと言えば、我が父が意図して呼んだ勇者ブレイヴだ。国内の豪族たちを制し、国を統一するためにな」


「「……はい?」」


 黎一と蒼乃の声が重なるのを聞いて、アイナは苦笑する。


「そういう反応になるだろうな。だが、できたんだ。世之継ノ門よのつぎのもん……。我が家に伝わる宝剣、世之断よのたちでのみ開門できる秘宝を遣えば」


「剣に、門……。まさか!」


「出自は知らんが、おそらくな……」


 オグニエナの言葉が蘇る。

 鈍刀なまくら我楽多がらくた――。

 彼女の遺したものが、現世いまに伝わっているのだとしたら。

 そんな中、アイナの言葉は続く。


「もっとも、最初は良かったんだ。父は大陸の国々とうまくいかず、秘かに渡航してきた勇者ブレイヴたちを受け入れた。ヴェンはそうした者たちを率いて、国内の豪族たちを三年足らずで平定したんだ」


「よっぽど戦上手だったんだ……」


「それもあるが、単純に強かった。今のヤナギ殿すら凌ぐだろう。大陸の戦争が落ち着いた頃、秘かにヴェンやラキアと大陸を旅したことがあったが……。ヴェンもラキアも、能力スキルを遣うことはなかったよ」


「で、飼い犬に手を嚙まれた、と……」


 黎一が頭を掻きながら言うと、アイナは苦々しい表情になった。


「事の発端は、ヴェンの相方の死だった。なにがあったのかは分からない……。だがその数日後、ズィパーグの玉都ぎょくとである天鶴てんかくはあっさり陥落した。ヴェンとともに反旗を翻した勇者ブレイヴたちによってな」


 淡々とした声に感情はない。

 だがその横顔は、感情を込めたらどうなるか分からない、そんな風に言っているようにも見える。


「父は自らを犠牲にして、私と、まだ六歳だったユイトを逃がした。その時に預けられたのが、世之断よのたちだ。父は世之断よのたちを、剣と柄頭のたまに分けた。剣は私、珠はユイトが持ち……。大陸のとある場所で落ち合うことを約して、ユイトは家臣たちと別の道で逃げたんだ」


「じゃ、弟さんも大陸に……?」


「私は洋上を封鎖される前に、密貿易の船に乗って大陸に渡った。だが指定の場所に、ユイトは来なかった。何度か足を運んだのだがな。今はズィパーグにいるのか、大陸こちらでなにかあったのか……」


 脳裏に、ふたたびオグニエナの言葉が蘇る。

 世之断よのたちを見た彼女は、”半欠け”と言った。

 造り手である以上、剣が完全でないことが分かっていたのだろう。


「事情は分かりました。ちなみにヴェンの目的は? 門を開けて、元の世界に帰るつもりなんすかね?」


「仲間を呼ぶ、ラキアはそう言っていた。ヴェンが右腕たるラキアを差し向けてきたのも、それが理由だろう。だがあの剣はどういうわけか、ヒイズル家の世継ぎしかまともに扱えない。私が遣ってもあの通りだ」


「弟さんと世之断よのたち、両方が必要なんですね……」


 マリーの言葉にアイナは頷くと、夜空に浮かぶ月を見上げた。


「私は必ず奴らを討ち倒し、ズィパーグを取り戻す。そのためには身の証となる完全な世之断よのたちと、世継ぎたるユイトが必要だ。この国で人脈を増やしながら、弟を探すつもりだったが……」


「その前に嗅ぎつけられた、ってわけか……。多分、影が彷徨う古城の迷宮ランブリング・シェイド世之断よのたちを使ったからですよね。外洋を隔てても気づかれるなんて、焉古装具アーティファクトを検知する能力スキルくらいしか考えられないもの」


 蒼乃の言葉に、マリーがハッとした表情を浮かべた後に俯く。

 自身の因縁がさらなる因縁を呼んだことに、罪悪感を覚えたのかもしれない。

 アイナもそれを察したらしく、優しい微笑みを向けた。


「気にする必要はない。私が決めてやったんだ。だがこうなった以上、奴らも本気で世之断よのたちを取り戻しに来るだろう。やはり、そなたらを巻き込むわけには……」


 アイナの表情が、見る見るうちに表情が萎れていく。


「……とりあえず、弟さん見つけてから考えません?」


 それを見て、敢えて頭を掻きながら言う。


「こないだの一件で、カストゥーリア家の力も借りられるようになった。弟さんが大陸のどこかにいるとしたら、情報網に引っかかってもおかしくない」


「そうですよ、やれることからやりましょ。ロベルタさんを通して調査してもらえば、レオン殿下に気取られることもないし」


「冒険者ギルドだって、それとなく手配書を回すくらいはできますよう……」


 口々に言う黎一たちに、アイナは唖然とする。


「そなたら、本気か……?」


「人脈が必要なんでしょ。目の前にいるじゃないですか。ヴァイスラントどころか、ノスクォーツにまで覚えがいいのが。それにラキアが言ってたことも気になります。六天魔獣ゼクス・ベスティの居所を知ってるのかもしれない」


「元の世界への帰還方法が絡む以上、他人事じゃありませんから。黎一の剣ダイちゃんの封印もまだ解けないし、手がかりは多いほうがいいです」


「門の先に、ラーレをそそのかしたヤツらがいるなら……。わたしにとっても、無関係じゃありません」


 笑顔を向けられたアイナは、しばし茫然としていた。

 が、やがて肩を震わせながら俯く。


「すまない、みんな……ありがとう」


 アイナの頬に、一筋の涙が流れる。

 黎一たちと夜空に浮かぶ月だけが、それを見つめていた。

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