氷水の陣
二時間後――。
竜の影が見下ろす灼けた山裾には、幾多の
中でもノスクォーツの冒険者たちは雫の形に似た陣形を維持しており、旗を取り巻く何名かが交代で魔法を遣っていた。
(あの旗と陣形で、弱い言葉の冷却魔法を増幅して地熱を下げてるのか。なるほど、俺の
黎一は
そうこうするうちに、黎一の肩に留った青い鳥が羽ばたいた。
『こちら統合指揮、レオンだ。ヴァイスラント側の集合状況はどうかね』
鷹揚な声が、青い鳥から聞こえる。
今回の作戦は、切札としてフィーロと小里の
マリーは別働で不在、無音の高峰に
「今しがた終わったところっすよ。さすがにノスクォーツのほうが集合早いっすけど」
『やれやれ、急いだつもりなのだがね』
ノスクォーツが集合を終えたのは、打合せからわずか一時間後のことだった。国王は元より、爵位を持った軍人も一律、冒険者として登録していると聞く。限りなく民間寄りなヴァイスラント冒険者ギルドとの差は、こういうところに出るのだろう。
すると青い鳥が、再度羽ばたいた。
『れーいち~、おみやげまだ?』
『こら勝手に喋るんじゃないの! ちょっと八薙くんっ⁉ この子、全っ然言うこと聞かないんだけどっ!』
幼い少女の声は、切札としてベースキャンプに配置したフィーロだ。
なおも騒がしくする青い鳥を見かねた蒼乃が、その身体に触れた。
「フィロ~? いい子にしてお手伝いしないと、おみやげなしだよ?」
『んんぅ~。はぁい』
「お手伝い終わったら、おいしいご飯いっぱい食べられるからね」
(思いつきで言ったはいいものの、大丈夫かねぇ……。)
フィロの声がようやくおとなしくなった時、ヴォルフが前に立った。紋様が描かれた
ヴァイスラント側から、準備完了の連絡が入ったのだろう。
「草原の勇者たち……そして、凍れる地の猛者たちよッ! ふたつの旗の元に、よくぞ集ったッ!!」
ヴォルフの声にヴァイスラントとノスクォーツ、ふたつの旗が交差して掲げられる。
その下に集う冒険者たちから、歓声が上がった。
「かの竜を討たねば、その炎が我らが故郷を蹂躙することとなろう……。今こそ我ら意志を束ねて剣となし、友と家族と、国土の安寧を死守する時ぞッ!!」
『オオオオオオオオオッ!!』
魔法が生み出した冷気が漂う中を、人が生む熱気が渦を巻く。
ヴァイスラントは精鋭十二人で構成された
正直、得意なノリではないが、今回は相手が相手である。士気は高いに越したことはない。
「魔法士隊! 構えいっ!」
ヴォルフの号令に、旗を取り巻く
「放てえッ!」
「「「暗き雲に在りし雪の精、降り来たりて道となれっ!
詠唱が、さながら合唱のごとく響き合う。
水と風の
その様を見た冒険者たちが、一斉にどよめいた。
「火の
「
「しかしいくら増幅してるからって……」
「こんな
歓声の中にちらほら混じる不穏な声を、敢えて聞かないふりをする。
人は未知に遭遇した時、必ずと言っていいほど恐怖を抱く。今までも、これからも、嫌というほど見ていく光景だ。
「道は創られたッ! 征けえぃ、勇者たちよッ!!」
『オオオオオオオオッ!!』
ヴォルフの号令に、鬨の声を上げた冒険者たちが一斉に進み始める。
先頭を進むのはヴァイスラントの部隊。その後方を、ノスクォーツの部隊が旗を中心とした陣形を維持しながら続く。
蒼乃、アイナとともに最前線を進んでいると、山頂に見える影が動いた。
(あんにゃろう……。
口の端をゆがめた竜の顔を、負けじと睨みつけた瞬間――。
『グオォォオォオオォン……』
竜の咆哮に、昏き天が震えた。黒焦げた山肌に、いくつもの火が生まれる。それはみるみるうちに、魔物の形を取る。
「……来るぞッ!!」
赤き魔物の群れが、またたく間に眼前に迫る。
愛剣に水の
「
左手から迸った水流が、先頭を飛び来た
誰が放ったのかは、考えるまでもない――。目を向ければ、果たして水色の髪の女性が、鬼気迫る表情で左手を突き出していた。
(フィリパさん……。あの人が
だが
フィリパは表情そのままに、さらに
「水に宿りし巨鯨の魂、その
フィリパの声とともに、中空に巨大な水の鯨が現れる。それは中空を泳いで魔物たちに迫ったかと思うと、火の魔物たちを次々と屠っていく。能力が落ちたとは思えないほどの、魔法の冴えだ。
おかげで前線は、抜けてきた少数の魔物を相手に優勢を保っている。だが当のフィリパは、すでに肩で息をしていた。
「フィリパ、温存しろッ! まだ魔物は来るぞッ!」
「……黙っててちょうだい」
主君たるヴォルフの言に、フィリパが暗い声で応じる。
「なに?」
「宮仕えも、これで最後よ。あの竜と、あの男を殺すまでは……」
フィリパが、さらに前へと出る。
数体の魔物が、四方から襲いかかった。
「……死んでも、死にきれないのよッ!!」
ふたたび放たれた水流が、魔物たちの命の火を狩りとった。
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