見えぬ矢を

 会議の終了後、両国のギルド高官たちは各々の陣営毎に分担を決めると、速やかに会議室の外へと捌けていく。なにせこれからが大仕事だ。一分一秒でも惜しいだろう。

 だがなぜか、ヴォルフはフィリパやモルホーンとともに最後まで残っていた。


「レオンよ。俺は兵どもを率いる。指揮はお前が執れ」


「良いのか? 本来であれば、国王たるキミが……」


「適材適所だ。俺が前線まえで、お前が指揮うしろ。以前と変わらん」


「……昔を思い出すな」


 レオンが穏やかな笑みを浮かべた。

 ヴォルフも、つられて笑う。


「あの頃の山賊退治のように、いけばよいのだがな」


 ヴォルフは笑顔のまま、今度は黎一に視線を向けた。


「……貴殿には助けられた。改めて礼を言う」


「気にしないでください。やりたいようにやっただけです」


「大陸最強の名も、返上せねばならんな」


「別にいいっすよ。大先輩なんですし」


 本音である。事前情報ありとはいえ、煮魂宿りし雪山の迷宮スィージング・ホワイトの魔物たちを蹴散らし先まわして見せたのだ。魔力マナの大きさも本物だった。戦えば遅れをとるつもりはないが、大陸最強の名はちと重い。


「フッ。ならば、しばし預かっておこう。死ぬなよ、レイイチ。事が終わった暁には、貴殿らを我が宮殿に招待しよう」


「……楽しみに、しておきます」


 さすがに人混みや堅苦しいの苦手なんで、などと言える雰囲気ではない。

 ヴォルフは満足げに頷くと、フィリパとモルホーンを伴って部屋を出ていった。すでにロベルタや小里も部屋を出ており、部屋に残されたのはレオンと黎一、蒼乃、マリー、アイナだけだ。


「……今でもこれでよかったのか、疑問に思っているよ」


 沈黙を破ったのはレオンだった。


「どういう、ことですか?」


「とんでもない存在を、世に放ってしまったのではないか、とね」


 レオンの険しい視線が、黎一に注がれる。

 寒々とした青さを宿した、冷たい視線だ。


「以前に観測された地震も、すべてキミが起こしたものなのだろう? しかも炎精獄竜ヘルカイトを討てば、キミはさらなる力を手にする……」


「俺は……俺たちは、元の世界に帰りたいだけです」


 とっさに言葉を被せた。

 レオンは予想していたのか、あっさりと口をつぐむ。


「帰れるまでは、手に届く範囲は守ろうって決めました。それが誰だって、どこの国だって、変わりません」


「……今は、その言葉を信じよう」


 頭を振ると、ふたたび黎一に視線を向けてくる。

 先ほどの冷たい青は、なりを潜めている。


「しかし、本当にキミたちだけでいいのか? すでに大きさは地精王獣ベフィモスの比ではない。キミたちも以前と違うとはいえ、少々荷が勝ちすぎるのではないかい?」


「やらなきゃいけないんです。それに炎精獄竜あいつは、俺を待ってます」


 迷宮ダンジョンや、キャンプ地でのことを思い出す。

 懐かしい――炎精獄竜ヘルカイトはそう言った。その上で黎一と目を合わせ、今は火口から動こうとしない。

 待っているのだ。焔の玉座で、懐かしき力を振るう存在ものを。


「でも水巧結界デフト・ウォーターだけじゃ、ちょっと心許なくない?」


「たしかに火の魔力マナを抑えても、元の勢いが大きすぎますし……。果たして、炎精獄竜ヘルカイトに影響を出せるほどになるかどうか……」


 口を挟んできたのは蒼乃だった。マリーも思案顔だ。

 だが黎一は、あっさり頷いてみせる。


「ああ。水巧結界デフト・ウォーターだけじゃキツイってのは分かってる。場所も場所だしな」


「分かっていて、ハッタリをかましたのかい……?」


「って、わけでもないっすよ。フィロを使いたいんです」


「あの力は秘匿せねばならん。キミとてそれは分かるだろう」


 出てきた名に、レオンはわずかに顔をしかめた。

 フィーロの純然魔力ピュア・マナの力は周辺の魔力マナを消失させたり、逆に枯渇した魔力湧出点マナ・スポット励起げいきしたりと、様々な効果がある。

 この力のことが他国に漏れようものなら国際問題は元より、フィーロの身にも危険が及ぶ。護衛とカムフラージュを兼ねての、黎一たちとの共同生活なのだ。


「ですから、遠隔で使います。小里と高峰をキャンプ地に配置してほしいんです。さっき聞きましたけど小里の能力スキル、触れてきた相手に流浪鳥瞰ローグ・バードの視界を共有できるんですよね?」


 なんでもこの力を流用して高峰に現地の絵を描かせ、中継地点アンカーポイントや地形解析に利用していたらしい。なかなか見事な連携ではある。

 レオンはしばし顎に手をあて考え込む素振りをしていたが、やがてなにかに気づいたのか笑みを浮かべる。


「なるほどな、よかろう。しかし、よく考えつくものだね」


能力スキル多すぎて、もう慣れましたよ」


「それはそうと、ヴォルフ陛下はああ仰いましたけど……。やはり闖入者たちの行方も気になります」


 なおも険しい表情で言ったのはマリーだった。

 ラキアと呼ばれた男は、底の知れない強さだった。加えて共にいたクマ男が勇者ブレイヴだった以上、ラキアも同様である可能性が高い。

 レオンの視線が、アイナに向けられる。


「この際だから聞こう。アイナ殿……本当に、心当たりはないのか? あの男、貴殿の名を呼び、同じ技を遣った。決して偶然ではないと思うのだが」


 アイナはしばし目を伏せていたが、やがてゆっくりと口を開く。


「……私の父は、とある武術の流派の頭領でした。この剣はその形見。あの者たちの正体は分かりませんが、父亡き後に頭領たる証として、私の命と剣を求めているのかもしれません」


「説得や交渉に応じることはない、か」


(あの様子だとワンチャン、なくはねえけど……。ぶっつけ本番よなあ、こればっかりは)


 ふとラキアの様子を思い出し、説得できる要素を思いつく。が、思案だけに留め置いた。成功する保証はどこにもない。

 その時、マリーがすっと進み出る。


「あの者たち、アイナさんを狙ってくることは分かってるわけですよね。ならば、一計があります」


 いつもの幼顔は、固い決意に満ちていた。

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