双武の会

 一時間後――。

 黎一たちは、ヴァイスラント冒険者ギルドにある会議室にいた。通信管制室の隣にある大部屋で、調度品などの設えもある落ち着いた造りだ。来賓の時などに、ギルド施設の見学に用いられるだけはある。

 だが今、その室内は異様にひりついた空気で満たされていた。


(まあ面子が、なあ……)


 部屋中央の長テーブルの片側には、レオンをはじめとしたヴァイスラント冒険者ギルドの主軸要員、黎一たち含めて十名ほどが揃っている。対面の中央に座るは、ノスクォーツ国王ヴォルフガング。その脇を固めるように、フィリパ他ノスクォーツの冒険者たちが座る。数、やはり十名。

 双方の半数ほどは、臨時招集や魔力転送テレポートにより緊急で集った者たちだ。


「揃ったようですね。はじめましょうか」


 レオンの目配せに、長テーブルの正面に立つ金髪お嬢様ドリルのギルド管制官――ロベルタが頭を下げた。


「これより六天魔獣ゼクス・ベスティ……炎精獄竜ヘルカイトの攻略会議を行います。進行を務めます、ロベルタ・ヴァン・カストゥーリアです。お見知りおきを」


 名乗りの際、ノスクォーツ側の面々がわずかに視線を動かした。

 ロベルタの生家であるカストゥーリア家は、ヴァイスラントでも指折りの軍閥貴族として大陸中に知れ渡っている。単純な驚きから疑問まで、様々に想い描いたとしても無理はない。

 しかしロベルタは慣れたもののようで、すまし顔で言葉を続ける。


「ではまず現地の状況を、コザト管制員から説明させていただきます」


「は、はいっ……。ヴァ、ヴァ、ヴァイスラント冒険者ギルド、か、管制官、コザト、です……。げ、げっ、現地の、状況を……」


(こっちはダメダメだな……。気持ちは分かるけど。てかこれで手伝わないとか、マリーもロベルタさんも鬼畜かよ)


 たどたどしい口調の級友を見ていられず、思わず視線を逸らした。

 当のマリーは、実働班として黎一の左隣に座っている。すでに引継は終わりましたから、と言わんばかりの顔だ。

 桃色のガウンから覗く左手に、勇者紋サインを隠す手袋はつけていない。能力スキルを遣うところを見られた以上、もはや隠す気もないのだろう。


「と、討伐対象である炎精獄竜ヘルカイトは出現以降、ヴァージニア山頂の火口に留まっています。ですがその周囲には、火の魔力マナが展開されており……時間の経過とともに、密度が高まっています」


 少し慣れたのか、口調が滑らかになった小里の説明が続く。

 その流れに沿って、中央の魔光画面ライト・パネルに火山の情報が映し出された。火口に現れる小さな鬼を模した表示は、迷宮主ダンジョン・マスターの印だ。


「周辺の水の魔力マナによる影響で、火口からの火砕流は止まっています。ですが地熱は依然として高いままです。魔力マナの乱れもあるため、魔力転送テレポートを使える状況にはありません」


 小里が頭を下げると、テーブル両脇にいる面子からため息が漏れる。

 ひとまず伝わるべきことは伝わったらしい。

 ロベルタも、心なしかホッとした面持ちで口を開く。


「以上、現在の状況をお伝えしました。討伐案について、なにかご意見のある方は……」


 進行の言葉が、終わるか終わらないかの時。

 黎一の脇腹を、左右から殴りつけてくる者がある。誰なのかは考えるまでもない。蒼乃とマリーだ。

 末席に座ろうとしたところを、無理やり二人の間に座らされたのだった。


(大丈夫だって。さすがにここまで来て、日和ひよったりはしねーよ)


 静まり返る会議室の中、静々と手を挙げる。


「……国選勇者隊ヴァリアント、ヤナギ殿」


「俺たち……ヤナギ隊に、炎精獄竜ヘルカイト討伐を任せてもらえませんか。腹案はあります」


「ほう。具体的には?」


 詰めるように問うたのはヴォルフだった。

 黎一は狼に似たヴォルフの双眸を見て、言葉を続ける。


「俺の能力スキルの中には……周囲の水の魔力マナを増やして、火の魔力マナを減らす能力スキルがあります。地熱を抑える他、炎精獄竜ヘルカイトの周りにある火の魔力マナも弱めることができるはずです」


 今度は両脇の面々が、ざわりとどよめいた。

 複数の能力スキルが遣える――。やはり、尋常なことではないのだ。

 数名が口を開こうとした時、レオンが制するように手を挙げた。


「……ヤナギ殿の能力スキルについては、事前にお伝えした通りである。今は国家の大事。その件に関する質問はご遠慮願いたい」


 会議が始まるまでの間――。

 レオンには万霊祠堂ミュゼアムのこと、六天魔獣ゼクス・ベスティが元の世界に帰る方法の鍵であろうことを話してある。唯一話していないのは、この異世界に足跡を残している父、聡真のことだけだ。

 ヴォルフはしばし瞑目した後、ふたたび黎一を見た。


「周辺の水の魔力マナを増幅、か。つまり水の守護属性を持つ者はもとより、水の魔法効果も恩恵を受けるという理解でよいか?」


「はい、その通りです」


(さすが大陸最強、飲み込みが早いぜ)


 黎一の答えに、ヴォルフはニッと笑った。


「よかろう。火の魔力マナの勢いが懸念であったが、それならば我が国が誇る魔法士隊が生きるというもの。ノスクォーツの水氷を以て道を創り、貴殿らを彼の竜の元へと導こうぞ」


 朗々と告げながら、立ち上がり剣を抜く。

 それに倣い、ノスクォーツ陣営の者たちが同時に立ちあがる。


「元よりヤナギ殿に救われた命だ。異論などあろうはずもない! 我がノスクォーツの国運……貴殿らに預けようっ!」


 ヴォルフの剣を捧げる構えとともに、ノスクォーツの者たち全員が敬礼する。呼応するように、ヴァイスラントの面々も全員が起立した。各々の得物を構え、礼を返す。

 その様を見て、進行役のロベルタは優雅に一礼した。


「双方の合意を確認いたしました。当該方針を以て、結論と致します。その他、議題のある方は?」


「……ひとつ、よろしいでしょうか」


 凛とした音を保ちつつも、どこか弱々しい声が聞こえる。ヴァイスラント側の末席に座っているアイナだ。


「闖入者の対処については、どうなるでしょうか。身に覚えはありませんが、かの者たちは私を狙っているようです。作戦中、ふたたび介入してくる恐れも……」


「愚問だな。介入してくるならば、討てばよい」


 即座に断じたのは、またしてもヴォルフだった。


「貴殿の武を以て、恥辱をそそがれよ。それがノスクォーツの流儀である。以後の調査と措置は、ヴァイスラントに一任する。……宰相殿、よろしいかな?」


「問題ありません。寛大なご配慮、ありがとうございます」


 レオンの言葉に、アイナも無言で頭を下げる。


(俺たちが矢面に立つ代わり、面倒事は言いっこなしってか……)


 ヴォルフの胸中に思いを巡らすうちに、ロベルタが凛とした声を上げる。


「以上を持ちまして、当会議を閉会致します。作戦開始時刻は両者の集合完了後、即時とします。……勝利を我らに!」


『勝利を我らにっ!』


 ロベルタの声に、場の全員の声が唱和した。

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