絶える奏
最初に動いたのはヴォルフだった。溶岩洞の熱気を斬り裂き、水の
だが青銀髪は、慌てず騒がず剣を腰だめに構えた。
「――
先ほどよりも巨大な、青い三日月が放たれる。
しかしヴォルフは勢いを落とさず、左手を前にかざした。
「
現れた氷の壁と、青い三日月が衝突して砕け散る。
ヴォルフがその中をひと息に走り抜け、斬撃を見舞った。
青銀髪は剣を滑らせるようにしていなすと、ふたたび距離を取る。
(お~お~! やるじゃないの大陸最強!)
黎一とて、何もしていないわけではない。
剣にはすでに風の
「
「
隣の蒼乃と、言葉が重なる。
「
「
唸る白雲の弧が三つ首の竜のごとく、青銀髪の左右と背後を取った。
正面からヴォルフが仕掛ける以上、巻き込むような大技は遣えない。ゆえに邪魔をしないよう、退路を断つ形で魔法を撃ったのだ。蒼乃も考えていたことは同じだったらしい。
(こいつはかわせねえだろ!)
しかしヴォルフが届く寸前、青銀髪はふわりと宙を舞った。
「剣舞――
その姿がかき消えたかと思うと、無数の銀閃が生まれる。
一筋ごとに、白く煌めく軌跡が宙に生まれる。それらは氷の檻を成し、黎一と蒼乃が放った風刃をことごとく斬り散らす。
「うっそ……! 錬氣使いって、
(まあ錬氣使い、って見立ては当たってるだろうがな)
小さく呟く蒼乃に、心の声で同意する。
先ほどの様子からして、青銀髪がアイナと同郷なのは間違いない。そのアイナ曰く、錬氣を遣う者は体内の
(とりあえず錬氣も
ふたたび風の
そこに、レオンとアイナが突っ込んでいく。
「
「――
覚えたて、もとい模倣したてのレオンの剣魔法に、青銀髪は斬撃の渦を以て応じる。
(打ち消し見越して、
ここでレオンが攻撃を打ち消してくれれば追撃チャンス、と思っていた読みが、見事に外れた。
そこに、間合いの外のアイナが同じ構えを取る。
「――
裂帛の気合を乗せた斬撃の渦が、青銀髪が放った技とぶつかった。
だが――。
「……相変わらず、温い剣だね」
「ッ!!」
ぽつりと漏れた青銀髪の言葉とともに、アイナが放った渦が耳障りな音とともにかき消される。青銀髪の渦は勢い衰えることなく、レオンへと突き進んだ。
「
攻撃に転じるはずだった風刃の連撃を以て、斬撃の渦を辛くも凌ぐ。
隙を逃すレオンではない。ひと息に青銀髪へと肉薄し、光を纏った
「くっ⁉」
――横合いから現れた黒い影たちから、すんでのところで逃れる。
対する青銀髪は、レオンへの追撃はせずに大きく後ろへ飛んだ。蒼乃やヴォルフから狙われていることを見越したのだろう。
程なくしてぼさぼさした黒髪の、クマを思わせる大男が降り立った。
「大丈夫っスか⁉」
「遅いよ」
「ええっ⁉ いやだって、ラキアさんがギリギリまで待てって……!」
「……名を呼ぶな、バカが」
青銀髪――もといラキアが毒づく中、レオンを襲った黒い影たちがクマ男の周りに集まってくる。その姿を見て、蒼乃が表情を歪ませた。
「あいつ、氷穴で襲ってきた
たしかに大きさや細部こそ違っているが、黒っぽい身体をした四足獣のフォルムは見覚えがあった。数は四体。これで相手の頭数は、六。
「魔物を掛け合わせて使役する……? まったくもって、興味深いことの連続だね」
「我らの行く手に茶々を入れたのは奴らか。下らんマネをしてくれる」
レオンも、苦笑を以て応じる。
ヴォルフの反応からすると、ノスクォーツ側のルートにも現れたらしい。
(動ける味方は五人……いや、四人か。数の上じゃ不利だな)
アイナをちらと見て、即座に断じた。
表情や動きに迷いがある。いつもの鋭さは期待できそうにない。
(どんな手かは知らねえが多分、魔物を壁にしてくる。クマ野郎とラキアってのをうまく叩かないと……!)
そこまで考えた瞬間、視界の端で何かが動いた。
「
視界の左手から、地を走る炎が魔物たち目がけて突き進む。
見れば右の拳で地を打つ構えのケリスが、ラキアらを睨みつけていた。後ろには、モルホーンに肩を借りたフィリパが控えている。
(よっし! 頭数が埋まった!)
「くたばれやがれッ!」
ケリスがにやけ面で気炎をあげる。
そこで、忌々しげな表情のラキアが前に立った。
「――
冷気を纏った横薙ぎの前に、ケリスの
だがそれが、合図となった。場にいる全員が一斉に動く。
「さあっ! 今度はあの女以外、全部食べていいっスよっ!」
「「ウォオオオォン!!」」
クマ野郎の号令とともに、魔物たちが殺到する。
標的になっているのは、正面に立っているヴォルフとレオンだ。
「陛下ァッ!! ただいま参りまあすッ!」
吼えるケリスの前に魔物はいない。クマ野郎も動かぬままだ。
――だが、ラキアの姿がない。
(まずいっ!)
ケリスたちに向かって走る。背後には蒼乃と、アイナの気配がした。
嫌な予感がする。ラキアはヴォルフの背後を取った時、音も気配もなく現れたのだ。
果たしてふたたび炎を放とうとしていたケリスの死角に、青い姿が現れる。
「……ケリスッ!」
背後のフィリパが叫ぶ。
ケリスも異変に気づくが、数拍遅い。
「
届けと願い、風刃を放つ。
だがラキアはすでに、片刃の剣を引き絞るように構えていた。
「――
ひとつの音が、止まった気がした。
ラキアは剣を引くと、黎一の放った風刃を斬り散らす。
ケリスの身体が、ぐらりと傾いだ。
「ケリ、ス……ウソ、ウソ……イヤアアアアアアッ!!」
「うるさいな……」
「
「
ラキアが気だるげに振るった氷刃が、すんでのところで風刃を、蒼乃の風弾を斬り散らす。
今度は、届いた。
「お前、お前……!」
「嫌いなんだよね、暑苦しいヤツ」
ラキアの視線が、黎一に向いた。
その場から離れるフィリパとモルホーンは、見向きもしない。
「っていうか、なに? 人ひとり死んだ程度でどうこういうつもり? 君ら、ここになにしに来たの?」
「人殺しじゃねえ事だけは……たしかだよ」
絞りだした声を、ラキアは鼻で笑った。
「フ、フッ……そうか。人、殺したことないんだね」
ラキアが、ゆらりと構える。
「いいよ。人の殺し方、教えてあげるよ」
ラキアの周りに、冷たい殺気が渦巻いた。
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