絶える奏

 最初に動いたのはヴォルフだった。溶岩洞の熱気を斬り裂き、水の魔力マナを纏って走る。

 だが青銀髪は、慌てず騒がず剣を腰だめに構えた。


「――青月せいげつ


 先ほどよりも巨大な、青い三日月が放たれる。

 しかしヴォルフは勢いを落とさず、左手を前にかざした。


氷河壁招グラシアス・ウォール!」


 現れた氷の壁と、青い三日月が衝突して砕け散る。

 ヴォルフがその中をひと息に走り抜け、斬撃を見舞った。

 青銀髪は剣を滑らせるようにしていなすと、ふたたび距離を取る。


(お~お~! やるじゃないの大陸最強!)


 黎一とて、何もしていないわけではない。

 剣にはすでに風の魔力マナを纏っている。


勇紋共鳴サインズ・リンク!」


勇紋権能サインズ・ドライヴ!」


 隣の蒼乃と、言葉が重なる。


魔力追跡マナ・チェイス! 風伯刃ふうはくじんれんッ!」


魔力追跡マナ・チェイス! 風礫招ウィンド・ショットッ!」


 唸る白雲の弧が三つ首の竜のごとく、青銀髪の左右と背後を取った。

 正面からヴォルフが仕掛ける以上、巻き込むような大技は遣えない。ゆえに邪魔をしないよう、退路を断つ形で魔法を撃ったのだ。蒼乃も考えていたことは同じだったらしい。


(こいつはかわせねえだろ!)


 しかしヴォルフが届く寸前、青銀髪はふわりと宙を舞った。


「剣舞――霧氷むひょう


 その姿がかき消えたかと思うと、無数の銀閃が生まれる。

 一筋ごとに、白く煌めく軌跡が宙に生まれる。それらは氷の檻を成し、黎一と蒼乃が放った風刃をことごとく斬り散らす。


「うっそ……! 錬氣使いって、魔力マナ使えないんじゃないの⁉」


(まあ錬氣使い、って見立ては当たってるだろうがな)


 小さく呟く蒼乃に、心の声で同意する。

 先ほどの様子からして、青銀髪がアイナと同郷なのは間違いない。そのアイナ曰く、錬氣を遣う者は体内の魔力マナを認識しづらいらしい。だが青銀髪は、明らかに独力で魔力マナを用いた剣技を遣ってきている。


(とりあえず錬氣も魔力マナも遣える天才、って思っておいた方が気が楽だ!)


 ふたたび風の魔力マナを剣に纏わせた時、青銀髪はすでにヴォルフからはるか遠くにいた。剣舞によって牽制し、距離を開けたのだ。

 そこに、レオンとアイナが突っ込んでいく。


光輝纏刃レディアント・エッジ!」


「――穿刻せんこく


 覚えたて、もとい模倣したてのレオンの剣魔法に、青銀髪は斬撃の渦を以て応じる。


(打ち消し見越して、魔力マナを使わない剣技でいったか!)


 ここでレオンが攻撃を打ち消してくれれば追撃チャンス、と思っていた読みが、見事に外れた。

 そこに、間合いの外のアイナが同じ構えを取る。


「――穿刻せんこく!」


 裂帛の気合を乗せた斬撃の渦が、青銀髪が放った技とぶつかった。

 だが――。


「……相変わらず、温い剣だね」


「ッ!!」


 ぽつりと漏れた青銀髪の言葉とともに、アイナが放った渦が耳障りな音とともにかき消される。青銀髪の渦は勢い衰えることなく、レオンへと突き進んだ。


風伯刃ふうはくじんれん!」


 攻撃に転じるはずだった風刃の連撃を以て、斬撃の渦を辛くも凌ぐ。

 隙を逃すレオンではない。ひと息に青銀髪へと肉薄し、光を纏った片刃剣サーベルを振るう――瞬間。


「くっ⁉」


 ――横合いから現れた黒い影たちから、すんでのところで逃れる。

 対する青銀髪は、レオンへの追撃はせずに大きく後ろへ飛んだ。蒼乃やヴォルフから狙われていることを見越したのだろう。

 程なくしてぼさぼさした黒髪の、クマを思わせる大男が降り立った。


「大丈夫っスか⁉」


「遅いよ」


「ええっ⁉ いやだって、ラキアさんがギリギリまで待てって……!」


「……名を呼ぶな、バカが」


 青銀髪――もといラキアが毒づく中、レオンを襲った黒い影たちがクマ男の周りに集まってくる。その姿を見て、蒼乃が表情を歪ませた。


「あいつ、氷穴で襲ってきた魔物ヤツと同じ……!」


 たしかに大きさや細部こそ違っているが、黒っぽい身体をした四足獣のフォルムは見覚えがあった。数は四体。これで相手の頭数は、六。


「魔物を掛け合わせて使役する……? まったくもって、興味深いことの連続だね」


「我らの行く手に茶々を入れたのは奴らか。下らんマネをしてくれる」


 レオンも、苦笑を以て応じる。

 ヴォルフの反応からすると、ノスクォーツ側のルートにも現れたらしい。


(動ける味方は五人……いや、四人か。数の上じゃ不利だな)


 アイナをちらと見て、即座に断じた。

 表情や動きに迷いがある。いつもの鋭さは期待できそうにない。


(どんな手かは知らねえが多分、魔物を壁にしてくる。クマ野郎とラキアってのをうまく叩かないと……!)


 そこまで考えた瞬間、視界の端で何かが動いた。


勇紋権能サインズ・ドライヴ紅蓮奔流パイロ・バーナーッ!」


 視界の左手から、地を走る炎が魔物たち目がけて突き進む。

 見れば右の拳で地を打つ構えのケリスが、ラキアらを睨みつけていた。後ろには、モルホーンに肩を借りたフィリパが控えている。


(よっし! 頭数が埋まった!)


「くたばれやがれッ!」


 ケリスがにやけ面で気炎をあげる。

 そこで、忌々しげな表情のラキアが前に立った。


「――氷扇ひょうせん


 冷気を纏った横薙ぎの前に、ケリスの能力スキルがあっさり消える。

 だがそれが、合図となった。場にいる全員が一斉に動く。


「さあっ! 今度はあの女以外、全部食べていいっスよっ!」


「「ウォオオオォン!!」」


 クマ野郎の号令とともに、魔物たちが殺到する。

 標的になっているのは、正面に立っているヴォルフとレオンだ。


「陛下ァッ!! ただいま参りまあすッ!」


 吼えるケリスの前に魔物はいない。クマ野郎も動かぬままだ。

 ――だが、ラキアの姿がない。


(まずいっ!)


 ケリスたちに向かって走る。背後には蒼乃と、アイナの気配がした。

 嫌な予感がする。ラキアはヴォルフの背後を取った時、音も気配もなく現れたのだ。

 果たしてふたたび炎を放とうとしていたケリスの死角に、青い姿が現れる。


「……ケリスッ!」


 背後のフィリパが叫ぶ。

 ケリスも異変に気づくが、数拍遅い。


勇紋共鳴サインズ・リンク魔力追跡マナ・チェイス! 風伯刃ふうはくじんッ!」


 届けと願い、風刃を放つ。

 だがラキアはすでに、片刃の剣を引き絞るように構えていた。

 穿刻せんこくとは違う、平手突きの構え――。


「――絶奏ぜっそう


 ひとつの音が、止まった気がした。

 ラキアは剣を引くと、黎一の放った風刃を斬り散らす。

 ケリスの身体が、ぐらりと傾いだ。


「ケリ、ス……ウソ、ウソ……イヤアアアアアアッ!!」


「うるさいな……」


風伯刃ふうはくじん!」


勇紋権能サインズ・ドライヴ魔力追跡マナ・チェイス! 風礫招ウィンド・ショットッ!」


 ラキアが気だるげに振るった氷刃が、すんでのところで風刃を、蒼乃の風弾を斬り散らす。

 今度は、届いた。


「お前、お前……!」


「嫌いなんだよね、暑苦しいヤツ」


 ラキアの視線が、黎一に向いた。

 その場から離れるフィリパとモルホーンは、見向きもしない。


「っていうか、なに? 人ひとり死んだ程度でどうこういうつもり? 君ら、ここになにしに来たの?」


「人殺しじゃねえ事だけは……たしかだよ」


 絞りだした声を、ラキアは鼻で笑った。


「フ、フッ……そうか。人、殺したことないんだね」


 ラキアが、ゆらりと構える。


「いいよ。人の殺し方、教えてあげるよ」


 ラキアの周りに、冷たい殺気が渦巻いた。

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