煮えたぎる歌

 黎一の視界が、溶岩洞から石碑が並ぶ薄暗い祠堂へと切り替わる。

 脳裏に映る、万霊祠堂ミュゼアムの空間。光が灯る石碑たちそれぞれが、能力スキルを顕す。その中の望むひとつに、手を伸ばした。

 ――視界が、ふたたび溶岩洞に戻ってくる。


「……無足瞬動ペネトレイトッ!!」


 身体が加速した。圧し掛かる加重に、意識が飛びそうになる。


「なっ!」


「レイイチ君……っ!」


 ヴォルフとレオンの声がする。

 その時、黎一はすでにヴォルフと青銀髪の目の前にいた。


「っらあっ!」


 愛剣を振るう。澄んだ音が響く。

 次の瞬間、ヴォルフは青銀髪の縛めから脱していた。


「チッ……!」


 青銀髪が、片刃の剣を振るう。髪と同じく青みがかった、鋭い一撃だ。辛うじて躱すと、一瞬の合間を縫ってふたたび能力スキルを切り替える。


近接戦インファイトは好きじゃねえが、仕方ねえっ!)


勇紋権能サインズ・ドライヴ万霊祠堂ミュゼアム! 一心深観ディープ・フォーカス!」


 能力スキルを使うと、魔力マナを色で表す魔律慧眼カラーズの視界が消えた。代わりに現れるのは、青銀髪の動きを予知する残像だ。


「また……っ!!」


「キミは一体いくつの……!」


 ヴォルフとレオンの声が聞こえる。

 だが青銀髪は意に介さず、間合いの外で構えを取った。剣を矢に見立て、弓を引き絞るような構えだ。


(あの構えは……!)


「――穿刻せんこく


 鋭い突きとともに、渦巻く衝撃波が黎一へと放たれる。

 アイナの技と、まったく同じだ。


(だが、読める!)


 衝撃が届く寸前、射程から外れた位置に脱した。

 青銀髪は、すでに次の動きに入っている。左手の片刃が、冷気を纏うのが見えた。


(また、間合いの外か!)


「――青月せいげつ


 青い三日月のごとき剣気が飛ぶ。これもまた、アイナと同じ型だ。

 だが黎一もまた、剣に風の魔力マナを纏っていた。先ほど立ち昇った吹雪のごとき魔力マナの色から、属性のあたりはつけてある。


風伯刃ふうはくじんしょう!」


 愛剣から放った風刃が、青い三日月と衝突した。数瞬のせめぎあいの後、双方が砕けて溶岩洞の熱気へと散っていく。

 だが青銀髪は寄ってこない。距離を取り、剣に氷を纏わせる。身体能力は勇者ブレイヴ並みと言っていい。


(こいつ、動きが読まれてるのが分かってるのか?)


 その時、青銀髪が口を開いた。

 表情が、心なしか柔らかいものに変わっている。


「アイナッ! こっちへ来い!」


(はっ……?)


「オレは迎えに来たんだ! お前に危害を加えるつもりはないっ!」


 正面から意識を逸らさぬように、アイナを見た。

 剣を抱くように立ちすくむ様は、祈りを捧げる乙女を思わせる。


「今来れば、こいつらにも危害は加えないっ! さあ、来いッ!」


 青銀髪は熱を帯びた声で、なおも言い募る。

 だが動いたのは、アイナではなかった。


「……事情は知らぬが、ずいぶんな物言いだな? れ者よ」


 苛立った声を上げたのはヴォルフだった。

 剣をだらりとぶら下げ、青銀髪にじりじりと詰め寄っていく。青銀髪の表情が、一転して冷たいものへと変わる。


「ちょっと黙っててくれない? こっちの用事、お望み通りに終わらせようとしてるんだ」


 先ほどの熱っぽさはどこへやら、声までダウナーに戻っている。

 ヴォルフの双眸が、つり上がった。


「不意を打ち、国事をかき乱した挙句になにを言い出すかと思えば……。我々全員を相手取って、勝てるつもりか?」


「そう言ったつもりなんだけど、伝わらないかな。ていうか、あっさり背後を取られた分際でよく言うよね」


「ハッハッハ。なかなか面白い御仁だ」


 レオンが、笑みを浮かべて歩み寄る。

 その右手には、すでに抜き放った片刃剣サーベルが握られている。


「すでに貴殿らだけの話ではないのだよ。いたずらに国事へと介入し、場を乱したのだ。色々と話も聞きたいし……すまないが、ご同行いただこうか」


「ずいぶん呑気な頭してるんだね。王侯貴族てっぺんの人らがこれじゃあ、大陸こっちもたかが知れてるな」


「なるほど。なおのこと、お帰り頂くわけにはいかなくなったね」


 青銀髪が二人に気を取られている隙に、黎一はふたたびアイナを見た。


「アイナさんッ!」


 茫然自失とした姿に向けて、口を開く。


「言いましたよねっ! 力になるって!」


 アイナが、ハッとした表情で黎一を見た。

 切れ長の目が、見開かれる。


「今が……その時ですッ!」


 言いきって、正面を向き直る。

 それを待っていたかのように、隣に蒼乃が立った。


「ホント、ごくごく稀にかっこいいこと言うよね。あんた」


(うるせえ、ほっとけ)


「けどそういうとこ、嫌いじゃないよ」


 言いながら構えた左手には、青水晶があしらわれた鉄紺色の短杖ワンドが握られていた。右手の黄水晶の短杖ワンドとあわせて、バトンのように手で遊ばせる。

 その時。後ろから、アイナがゆらりと歩いてきた。


「私は……お前など、知らぬ」


 青銀髪の表情が、変わった。

 なにかがすり抜けたような、そんな表情だ。


「私は、私は……アイナ・トールだッ!」


 アイナが、片刃の剣を抜き放った。

 青銀髪は表情そのままに、視線を黎一へと向けた。


「お前、名は?」


国選勇者隊ヴァリアント所属、レイイチ・ヤナギ」


「そうか、お前が……」


 周囲の気温が、下がった。

 火の魔力マナを押さえつけるほどの水の魔力マナが渦巻いているのが、魔律慧眼カラーズでなくとも肌で分かる。


「まずは……お前から斬り払うっ!」


 怒りを帯びた咆哮を合図に――。

 猛者たちが、一斉に青銀髪へと殺到した。

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