瞬転
溶岩洞に沈黙が降りた。
しかしヴォルフは、なおも剣を降ろさない。
(おいおい。全然収まってくれる感じじゃねえぞ。結局、俺らが頑張るしかないヤツなんじゃ……)
黎一は、
「……言いたいことは、それだけか」
(ほらね)
ヴォルフは、レオンに向けて剣を構えた。
「耐えがたきを耐え、忍び難きを忍んできた。だがすべては、強きノスクォーツを取り戻すため……。父の死を無駄にせんがためだっ!」
「なればこそ! 一時の感情に流されるなっ! それが分からぬキミではあるまい!」
「くどいぞレオンッ! 強きノスクォーツの再興は、父の非業を晴らして始まる! さあ……剣を抜けっ!」
ヴォルフの水の
(さすが大陸最強だねえ! 下手な
また蒼乃を攻撃の軸にして、一度眠ってもらおうか。
そんな算段が、頭の中で立った時――。
「……そこまでだ」
――唐突に。
ヴォルフの背後に、青みがかった銀髪の男が現れた。
東洋系の顔立ちをした美男だ。背丈はヴォルフより少し低いくらいか。険しい表情だが、どこかダウナーな雰囲気を醸し出している。青い闘衣と黒のレザーパンツの上に纏う、群青色の外套がやけに目を引いた。
それがヴォルフの首筋に、反りの深い長剣を押し当てているのだ。
(……は?)
数瞬前まで男はいなかった。
ふと、アイナの顔が目に入った。目を見開き、口を開けて固まっているように見える。アイナにしては珍しい。
(アイナ、さん……?)
その間、銀髪の男はさらに言葉を続ける。
「下手なマネはしないほうがいいよ。少しでも動けば、こいつの首が飛ぶ」
声も口調もダウナーだが、男の構えには隙がない。
「貴様……何者だ。私をノスクォーツ国王、ヴォルフガング・レクス・アルバルプスと知っての狼藉か?」
口火を切ったのはヴォルフだった。一歩間違えば命を取られる状況だというのに、口調は変わらない。
しかし青銀髪の男は、表情を動かさずに口を開く。
「だから狼藉働いてるんじゃないか。っていうか、話したいのはあんたじゃないんだよね」
青銀髪は、ちらと黎一たちのほうに顔を向けた。
視線が向いているのはレオンでも、もちろん黎一でもない。
「……おい、女」
男は、アイナを見て淡々と言葉を放つ。
アイナが無言のまま、びくりと震えた。こんな様は、今まで見たことがない。
「得物を納めて、こちらへ来い。こいつの命と引き換えだ」
「……フン、大した色ボケだな。いかに腕利きとはいえ、一介の冒険者が私と釣り合うとでも言うのか?」
「決めるのはオレだ。あんたじゃない」
ヴォルフの言葉に、青銀髪は切り捨てるような口調で応じる。
流れを断ち切らんとばかりに、レオンが一歩前に出た。
「彼女は、我が
「あんたらの国なんぞ、どうでもいい。用があるのは女だけだ。もし要求に従えないというなら……」
切先がわずかに震える。青銀髪が剣を握る左手に、力がこめたのだろう。
「……こいつを殺して、あんたらがやったと言いふらす」
青銀髪の全身に、冷え冷えとした水の
ヴォルフと同じ水の
「ッ……!」
意味するところを察したのか、レオンの表情がわずかに固くなる。
今の状況は、ノスクォーツの冒険者ギルドには伝わっていない。ヴォルフが殺されるのを黙って見ていたとなれば、二国間の軋轢は免れない。
(こいつ、国同士の状況を分かってる? いや、今はそんなことより……!)
「みっつ数える。その間に決めろ」
アイナをちらと見た。すでに鞘を納めた長剣を胸に抱くようにして、青銀髪を見つめている。悲しみと怯えを綯い交ぜにした表情に、いつもの凛とした雰囲気は微塵もない。
「ひとつ……」
(レオン殿下から命が下っても不思議じゃねえ。なんとかできないか? なんとか……)
そこまで考えたところで、蒼乃と目が合った。
ずっと黎一を見ていたのだろう。視線から読み取れるのは、たったひとつの言葉だ。
「ふたつ……」
(使え、ってか?)
レオンはなにも言わない。青銀髪の意図を、測りかねている表情に見える。
だが片や隣国の王にして親友、片や一介の冒険者だ。どちらを取るかは考えるまでもない。
「みっつ……」
(ええい、クソッ……!)
ヴォルフの双眸が、観念したように閉じられる。
焦って喚き散らさないあたりは、さすがに肝が座っている。
「さあ、答えを聞こう」
アイナは動かない。レオンの口が、開かれる。
その、前に――。
「……
黎一は静かに、己が力の名を唱えた。
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