凍れる怨嗟
フィリパに駆け寄るケリスを尻目に、黎一は決闘する二人に視線を移した。
先ほどまでは剣劇のみだったヴォルフとレオンの戦いは、攻撃魔法を交えたものに変わっている。ヴォルフの放つ魔法と斬撃の応酬を、レオンは光を纏った剣でいなしては反撃を仕掛けていた。
「……ねえ。あれ、ちょっとまずくない? レオンさん、顔色悪いよ」
いつの間にか寄ってきた蒼乃が、顔をしかめて言う。
たしかに均衡を保っているように見えるが、レオンの顔はやや青ざめている。
「手出し無用、とは言われたが……。これでレオン殿になにかあれば事だぞ」
(それなんよなあ。競争が勝ち確なのはいいんだけど)
アイナの言葉に、黎一はわしわしと頭を掻きつつ思案する。
ノスクォーツ側の
(このままいったら、レオン殿下は確実に負ける。
「……決闘を止めよう。わりいけど、レオン殿下の安全が優先だ」
「だよね。てかマジで意味ないもん、あの決闘」
蒼乃の声を聞きながら、剣に風の
二人が間合いを取った時を見計らい、愛剣を切り上げるように振るった。
「
溶岩洞の熱気を割いた白雲の弧が、レオンとヴォルフの間に降り落ちる。念のため打ち消しの効果もつけたが、杞憂だったらしい。
「ぬっ!」
「ヤナギ殿……⁉」
黎一はゆっくりと、剣呑な視線を向けてくる二人の間に立った。
「そこまでにしましょう。すでに命かける状況でもないっすよ」
「なに……っ⁉」
ヴォルフはようやく、自身の衛士たちの状況に気づいたらしい。
まともに動けるのはケリスだけ。モルホーンは身を起こしているが、フィリパは未だに目覚めていない。
「バカな……。我が精鋭たちが、こうも簡単に……!」
「ちょっと荒削り過ぎましたね。ま、それはさておき……まだやります?」
「ぐっ……!」
ヴォルフが、口惜しげな表情を浮かべる。
その間、レオンは青い液体が入った試験管のような瓶を呷っていた。
「貴様ッ! まだ決闘は終わって……」
「いいじゃないか。第一戦は引き分けということで、休憩時間だよ。それに……」
レオンは軽く口許を拭いながら、ヴォルフに笑いかける。
「キミの部下たちがあの調子では、大勢は決まったも同じだ。まだ
「フッ……愚問だッ! 私ひとりでも最後まで戦う! 名にし負う
(おいおい。正気かよ、この王様……)
剣を構え直して吼えるヴォルフを前に、黎一は唖然とした。
この状況で、ヴォルフが戦いに拘る必要はまるでない。むしろ火の
レオンもまた、呆れ半分の笑顔で口を開く。
「いい加減にしないか、ヴォルフ。キミの私怨に、部下や民たちを巻き込む気か?」
「「……えっ?」」
レオンの口から出た意外な言葉に、黎一と蒼乃の声が重なった。
「し、私怨って……。お二人、ご友人じゃないんですか?」
「いかにも友人だよ。彼は戦争が止んだ時期、ヴァイスラントの士官学校に留学してきたんだ。私の数少ない、親友のひとりさ」
蒼乃の問いに答えながらも、レオンの表情は悲しげなものに変わっていく。
「じゃあ、なんで……」
「彼の怒りは、私も分かるんだ。その親友に、実の父親を目の前で討たれたのだとしたら……。私も同じ気持ちになるのだろう、とね」
「へ、っ……?」
間の抜けた声を上げた蒼乃の代わりに、アイナが口を開く。
「ノスクォーツの先代が、ヴァイスラントとの戦で命を落としたとは聞いていましたが……。まさか……」
「ああ、
(なるほどね、戦場あがりだったのか。しかも国王を討つとか……。道理で強いわけだ)
レオンの悲痛な声をよそに、黎一は別の角度で得心していた。
文官あがりなのかと思いきや、武人としても滅法強いことを不思議に思っていたのだ。
「だが若くして王位を継いだヴォルフは、
ヴォルフは、なにも言わない。
レオンは
「火の
なおも無言のヴォルフに対して、レオンは両手を広げて言葉を続ける。
「悔恨を棄て、互いの国を盛り立てようと誓ったではないか。それを忘れたとは言わせんぞ、ヴォルフッ!」
熱気よりもなお熱いレオンの言葉が、溶岩洞に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます