双璧と智嚢
二人の衛士は、やや距離を取って黎一たちの前に立ち塞がった。
構えはしていない。狩るつもりならいつでも狩れる――。そんな意思表示にも見える。
(やっぱりこいつらも
”
「ちったあ、やるじゃねえか」
赤逆毛の野太い声は、炎とともに聞こえた声と同じだった。
「暇なんで、先に進みたいだけなんすけど」
「そう言うなよ。互いの大将がやり合ってんだ。抜け駆けはなしにしようや」
口火を切ったのは赤逆毛だった。
近くで見ると、赤逆毛の上背は黎一より頭ひとつ大きい。水色髪が黎一と同じくらいに見える。防具の下に纏う闘衣の色が、各々の髪色を反映しているのが妙に目立つ。
「
「あら、思ったよりおバカさんね。動かなければ、こちらは手出しするつもりなかったのに」
「そうでもありませんよ。先駆けて勝利条件を満たそう、という判断ですから」
水色髪が、高飛車な声で言い募る。
その背後から、のっそりとした口調で言うのはモルホーンだ。
「そっちの話じゃないわ。ケンカ売る相手を間違えてる、ってことよ」
「とまあ、そういうことだ。我が君に言われた手前もあるし、おとなしくしてると約束すりゃ手は出さねえ。引っ込んでろよ」
赤逆毛の
「すみませんね。聞き分けのないガキなもんで」
「育ち悪いんでぇ、大人のお作法とか分からないんですぅ~。通してもらえませんかぁ?」
蒼乃が嬉しそうに乗っかり始める。
すると黎一の肩先に留まる青い鳥が、慌てたように羽ばたいた。
『ちょっと待ってちょっと待って! あなた達までなに考えてんの⁉』
『コザトさん、もう現地に任せましょう。わたし、頭が痛くなってきました……』
小里とマリーの声が響くが、時すでに遅し。衛士たちの雰囲気が変わった。
先ほどまではなかったギラリとした気配が、全身の肌に突き立つような錯覚に襲われる。
「……その態度、高くつくぜ。吠え面かかせてやる」
「
赤逆毛が、拳を固めて前に出る。水色髪は腰から吊っていた
実際はすでに小里の
「せめて名前くらいは教えてやるよ。ケリス・パワー・ディケンズ……英国紳士だ。よろしくな、
「短い付き合いだから、意味はないけどねぇ。フィリパ・ジェイド・ゴダードよ」
(
「改めて、ご挨拶しておきましょう。モルホーン・ヴァン・ブリースウィッツです」
(わ、ぁ……。見た目アレなのに、一番紳士)
互いの距離が、じりりと詰まる。
配下たちの動きに気づいてか気づかずか、剣劇の音が一瞬止んだ。
ふたたび――鳴る。
「……いくぜぇッ!」
真っ先に動いたのはケリスだった。
右の拳を高々と掲げたかと思うと、地面を殴るように打ちつける。
「
声に導かれ、ふたたび炎の奔流が地を走る。やはり詠唱はない。
(炎の、攻撃
「
慌てず騒がず水の
にやけるケリスの後ろで、フィリパとモルホーンも動き始めた。
「
(こいつも攻撃
攻撃
なにせ
「
考えている間に、蒼乃の魔法が迫り来る水の奔流を打ち消した。
「どうした、どうしたっ! 受けてばかりじゃ勝てねえぜぇ⁉」
にやけ顔を崩さず煽るケレス目がけて、アイナが走る。
そこに、モルホーンが彼方で手を伸ばした。
「黄昏に遊ぶ悪鬼、我が手に宿りて影を掴め……
モルホーンの影がぬるりと伸び、アイナの影に重なった。
アイナの動きが、止まる。
「これは……! 攻撃魔法ではないのだな」
「血が流れるのは好きじゃないんですよ。最低限の犠牲で終わらせる戦こそ、至高というものです」
「なるほど、いい心がけだ」
妙に落ち着き払った言葉が交される横で、ふたたび放たれた地走りの火がアイナに迫る。黎一がそれを打ち消すと、ケリスは露骨に苛立った表情を向けた。
「てめえら……さっきからおちょくってんのかァ⁉ 攻め手のひとつもねえのかよッ!」
「手が出ないんじゃないの? 使ってるのも、大したことない”言葉”ばかりだし」
フィリパもまた、嘲りを隠そうともしない。
黎一は、小さなため息のみで応じる。
(大体、手の内は分かったか)
蒼乃のほうを見ると、軽く頷きを返してきた。
手にする
「蒼乃、さっさと終わらせるぞ」
「……うん」
予想外の反応だったのだろう。
ケリスとフィリパの顔が、憤怒の色に染まった。
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