双璧と智嚢

 二人の衛士は、やや距離を取って黎一たちの前に立ち塞がった。

 構えはしていない。狩るつもりならいつでも狩れる――。そんな意思表示にも見える。


(やっぱりこいつらも勇者ブレイヴか)


 ”勇紋権能サインズ・ドライヴ”は能力スキルを持たぬ者ならば、絶対に口にしない言葉だ。モルホーンが勇者ブレイヴである以上、予想はしていた。


「ちったあ、やるじゃねえか」


 赤逆毛の野太い声は、炎とともに聞こえた声と同じだった。

 能力スキルも声も見た目通り。分かりやすくて大いに結構である。


「暇なんで、先に進みたいだけなんすけど」


「そう言うなよ。互いの大将がやり合ってんだ。抜け駆けはなしにしようや」


 口火を切ったのは赤逆毛だった。

 近くで見ると、赤逆毛の上背は黎一より頭ひとつ大きい。水色髪が黎一と同じくらいに見える。防具の下に纏う闘衣の色が、各々の髪色を反映しているのが妙に目立つ。


編隊パーティの分断禁止、なんて決まりはありませんがね」


「あら、思ったよりおバカさんね。動かなければ、こちらは手出しするつもりなかったのに」


「そうでもありませんよ。先駆けて勝利条件を満たそう、という判断ですから」


 水色髪が、高飛車な声で言い募る。

 その背後から、のっそりとした口調で言うのはモルホーンだ。


「そっちの話じゃないわ。ケンカ売る相手を間違えてる、ってことよ」


「とまあ、そういうことだ。我が君に言われた手前もあるし、おとなしくしてると約束すりゃ手は出さねえ。引っ込んでろよ」


 赤逆毛の居丈高いたけだかな物言いに、黎一はにへらとした笑みで応じる。


「すみませんね。聞き分けのないガキなもんで」


「育ち悪いんでぇ、大人のお作法とか分からないんですぅ~。通してもらえませんかぁ?」


 蒼乃が嬉しそうに乗っかり始める。

 すると黎一の肩先に留まる青い鳥が、慌てたように羽ばたいた。


『ちょっと待ってちょっと待って! あなた達までなに考えてんの⁉』


『コザトさん、もう現地に任せましょう。わたし、頭が痛くなってきました……』


 小里とマリーの声が響くが、時すでに遅し。衛士たちの雰囲気が変わった。

 先ほどまではなかったギラリとした気配が、全身の肌に突き立つような錯覚に襲われる。


「……その態度、高くつくぜ。吠え面かかせてやる」


迷宮ダンジョンで行方不明、よくある話だからねぇ」


 赤逆毛が、拳を固めて前に出る。水色髪は腰から吊っていた短杖ワンドを手にすると、モルホーンと並ぶ位置に下がった。

 実際はすでに小里の能力スキルがある以上、原因不明はあり得ない。が、わざわざ水を差す必要もないので黙っておく。


「せめて名前くらいは教えてやるよ。ケリス・パワー・ディケンズ……英国紳士だ。よろしくな、日本人ジャップども」


「短い付き合いだから、意味はないけどねぇ。フィリパ・ジェイド・ゴダードよ」


る気満々じゃねえか。振る舞いがまるで紳士淑女じゃねえな、こいつら)


「改めて、ご挨拶しておきましょう。モルホーン・ヴァン・ブリースウィッツです」


(わ、ぁ……。見た目アレなのに、一番紳士)


 互いの距離が、じりりと詰まる。

 配下たちの動きに気づいてか気づかずか、剣劇の音が一瞬止んだ。

 ふたたび――鳴る。


「……いくぜぇッ!」


 真っ先に動いたのはケリスだった。

 右の拳を高々と掲げたかと思うと、地面を殴るように打ちつける。


勇紋権能サインズ・ドライヴ! 紅蓮奔流パイロ・バーナーッ!」


 声に導かれ、ふたたび炎の奔流が地を走る。やはり詠唱はない。


(炎の、攻撃能力スキル! 羨ましいねえ!)


蛇水咬じゃすいこう


 慌てず騒がず水の魔力マナを纏って打ち消す。

 にやけるケリスの後ろで、フィリパとモルホーンも動き始めた。


勇紋権能サインズ・ドライヴ水流噴出ハイドロ・ガッシュ!」


(こいつも攻撃能力スキルかよ! ドヤ顔するのも頷けるわ!)


 攻撃能力スキルを持つ勇者ブレイヴは、冒険者ギルドで別格の扱いを受ける。

 なにせ魔力マナや詠唱、発動体なしに攻撃魔法を使えるようなものだ。さらに威力は一般的な攻撃魔法より強力となれば、その希少性は推して知るべし――。


微風排撃ブリーズ・リパルス!」


 考えている間に、蒼乃の魔法が迫り来る水の奔流を打ち消した。


「どうした、どうしたっ! 受けてばかりじゃ勝てねえぜぇ⁉」


 にやけ顔を崩さず煽るケレス目がけて、アイナが走る。

 そこに、モルホーンが彼方で手を伸ばした。


「黄昏に遊ぶ悪鬼、我が手に宿りて影を掴め……影縛呪掌シェイド・バインド


 モルホーンの影がぬるりと伸び、アイナの影に重なった。

 アイナの動きが、止まる。


「これは……! 攻撃魔法ではないのだな」


「血が流れるのは好きじゃないんですよ。最低限の犠牲で終わらせる戦こそ、至高というものです」


「なるほど、いい心がけだ」


 妙に落ち着き払った言葉が交される横で、ふたたび放たれた地走りの火がアイナに迫る。黎一がそれを打ち消すと、ケリスは露骨に苛立った表情を向けた。


「てめえら……さっきからおちょくってんのかァ⁉ 攻め手のひとつもねえのかよッ!」


「手が出ないんじゃないの? 使ってるのも、大したことない”言葉”ばかりだし」


 フィリパもまた、嘲りを隠そうともしない。

 黎一は、小さなため息のみで応じる。


(大体、手の内は分かったか)


 蒼乃のほうを見ると、軽く頷きを返してきた。

 手にする短杖ワンドは、一本のみ。どうやら見解は同じのようだ。


「蒼乃、さっさと終わらせるぞ」


「……うん」


 予想外の反応だったのだろう。

 ケリスとフィリパの顔が、憤怒の色に染まった。

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