両雄、相討つ

 ヴォルフの叫びが、溶岩洞の大気を震わせる。偶然か必然か、あたりの溶岩までが滾り、噴き上がる。

 その熱気とは裏腹に、蒼乃が冷静な視線を向けてきた。その目は、「横槍を入れるか?」と言っている。


(レオン殿下になにかあれば、色々と台無しだ。なにより提案した手前、ちゃぶ台を返されたままじゃ面白くねえしな)


 介入する――。

 蒼乃にそう合図しようとした時、レオンがすっと前に出た。


「やれやれ……。相変わらず仕方のない男だね、キミは」


 笑いながら、一度は納めた片刃剣サーベルを抜き放つ。


「ちょっ、レオン殿下⁉」


 慌てたのは、それを見た蒼乃だ。相手をどう出し抜くか考えていたのに、身内に機先を制された形になる。


「手出しは無用だよ。どの道、彼がどかないと進めそうにないからね」


 レオンの視線はヴォルフの足元、いびつな紋様が描かれた床に注がれていた。あたりに先へ続く通路や階段はない。あれが先に進むための仕掛けなのは、なんとなく分かる。


(今の視線……?)

 

 意図を汲み取りかねている間に、進み出たヴォルフとレオンが向き合う。


「ヴォルフガング・レクス・アルバルプッ!」


「……レオン・ウル・ヴァイスラント」


 ヴォルフとレオン、互いの刃が打ち合わされる。


「いざ、尋常に……」


「……勝負ッ!」


 言葉が終わった瞬間――。

 ヴォルフが諸手で繰り出した銀閃を、レオンの片刃剣サーベルが受け止めた。刃を滑らせるような受け流しから転じて放たれる刺突を、ヴォルフは体捌きのみで躱す。

 静と動、剛と柔。対照的なふたりの刃が、火花を散らす。


「相変らず荒い剣だね! 斧槍ハルバードならそれでよいだろうがッ!」


「フン……ナメるなあッ!!」


 雄叫びとともにヴォルフが放つのは、ふたたび上段からの一撃だ。レオンの片刃剣サーベルが、先ほどと同じ動きで受け止めた。

 また流される――。黎一から見ても、そう思えた時。


氷結封刃フロスト・ブレイドッ!」


 互いの刃が、ヴォルフの長剣ロング・ソードを起点として瞬く間に凍りつく。

 ヴォルフが、ニヤリと笑った。


「もらったっ!」


「……と、思うだろ?」


 レオンも、愉しそうに破顔する。

 刹那の間の後、刃を覆い尽くしていた氷が粉々に砕け散った。


「なにっ⁉」


 ヴォルフは驚愕の表情を浮かべながらも、燐光を伴う斬撃を飛び退って躱した。

 いつの間にかレオンが振るう片刃剣サーベルの刃は、ほのかな光を纏っている。すでに展開された氷を砕いたあたり、魔法を打ち消す効果があるらしい。


「貴様、いつの間に魔法を!」


「決闘の前からだよ。魔力マナの量を調節して、目立たなくしておいただけさ」


「相も変わらず、小癪な手を……!」


「ハッハ。装備を介した魔法は、身近にいいお手本がいるんでね」


 そう言ってレオンは、ちらりと黎一を見る。

 先ほどの氷穴での戦いで、剣に魔力マナを纏わせる術を体得したとでも言うのだろうか。


(楽しんでんなあ、レオン殿下……。さて、どうしたもんかね)


 ふたたび始まる剣劇を見ながら、思案を巡らせる。

 黎一からは、二人の剣技はほとんど互角に見えた。だがレオンの魔力マナは、おそらく限界に近い。手番てつがいを隠すためとはいえ、魔力マナの量を絞っていたことがその証だ。ヴォルフが攻撃魔法を織り交ぜれば、レオンはすぐ劣勢に追い込まれる。


(……待てよ? レオン殿下は手出し無用、って言っただけだよな)


 決闘が始まる前の、レオンの視線を思い出す。

 床の紋様を魔律慧眼カラーズで見た。必要な魔力マナの量は多そうだが、仕掛けは先ほどのブロックと同じだ。


(これ、俺たちだけで迷宮核ダンジョン・コアまで行くとかなしか?)


 この決闘に、ヴォルフの留飲を下げる以外の意味は何もない。しかも先ほどのやりとりに、決闘に勝った側の国が攻略競争の勝者となる旨の約束はなかった。つまり攻略競争は、まだ続いている。


(まさかレオン殿下……。攻略競争が成立した時に、あの王様の思惑を見越して?)


 ふたたび決闘の場に視線を移すと、二人はまだ剣技のみで戦っていた。

 ヴォルフが望むのは、レオンとの純粋な決着だ。そこまでこだわる理由は分からないが、少なくとも衛士たちまでけしかけてレオンを手にかけることはしないように思える。レオンも、そこを見越したうえでの判断だろう。


(こいつのガス抜きは自分がやる、その間にケリをつけろ……ってか)


「……なんか思いついた?」


 ふと気づくと、蒼乃とアイナがすっと寄ってきていた。二人とも、黎一の動きが固まらないギリギリの位置だ。どうやら表情に出ていたらしい。


「俺たちだけで攻略再開、なしかな」


『え、ちょっ、マジで……言ってんの?』


 青い鳥から漏れ聞こえる小里の声とは対照的に、蒼乃とアイナはこくりと頷いた。


「ありだと思う。ここ暑いし」


「仕掛ける意味はあるだろう。あちらに競争を続ける意志があるのなら、妨害してくるはずだ」


 蒼乃の戯言を流したアイナが、ノスクォーツの衛士たちに目を向ける。臨戦態勢こそ解いていないが、今のところ決闘を邪魔したり攻撃してくる気配はない。

 その時、ヴォルフとレオンが大きく飛んだ。互いの位置を入れ替え、なおも剣劇を演じ続ける。おかげで、床の紋様のスペースが空いた。


「……行こう」


『待って待ってねえ待って? せめてなんかこう、話通してから……』


「風よ、我らを導く翼となれ! 風翼言祝ウィンディ・ブレス!」


 小里の声を掻き声すように、蒼乃が放つ風の補助魔法が黎一たちを包み込む。

 間髪入れずに動いた。床の紋様に届く寸前――。


勇紋権能サインズ・ドライヴ紅蓮奔流パイロ・バーナーッ!」


 野太い声とともに、地を走る炎が黎一に迫った。速さも火勢も、並の攻撃魔法のそれではない。


「ッ! 蛇水咬じゃすいこう!」


 咄嗟に纏った水の魔力マナで、炎を撃つ。中空を這うように進む水の蛇と炎がぶつかり合い、水風船に似た音を立てて散り消えた。

 見ればノスクォーツ側の衛士たちが、ゆっくりと歩いてくるところだった。

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