冷厳なる王

 ヴォルフは、突き立てた剣の柄に両手を置く姿勢で立っていた。溶岩洞に浮かぶ台座の真ん中に立つ姿は、威風堂々というにふさわしい。

 紋様を描いた革防具と毛皮の外套マントには、おそらく冷却魔法の紋様が施されているのだろう。得物は洞窟の中ゆえか斧槍ハルバードではなく、長剣ロングソードになっている。


(後ろの奴らは……会談の時と同じか)


 黎一は敢えて得物を納めず、ノスクォーツの衛士たちを観察する。

 不遜な笑みを浮かべる赤逆毛の男の装備は、紋様つきの革防具と両手の拳闘具のみ。

 人を食った表情の水色髪の女は、腰間の短杖ワンドに紋様を描いた長衣ローブと魔法士風だ。

 無表情の茶髪の中年、モルホーンも似たようなものだが、発動体らしき得物が見えないのが気にかかる。


(しかしこいつら、なんでここで待ってる……?)


 競争の勝利条件は、先に迷宮ダンジョンを攻略することだ。相手を待ったところでなんの利点もない。それどころか道によっては、先回りで迷宮核ダンジョン・コアに到達される恐れすらある。

 

(あるとすれば共闘の申し入れくらいだが……。ちと早すぎねえか?)


 思案を巡らせはじめたところで、ヴォルフの双眸がレオンを睨みつけた。


「顔色が優れんようだな。その身体は変わらず、か」


 その口調には、嘲りの色が混じっている。

 級友たちから聞いた話だと、レオンは身体に宿す魔力マナの量が極端に少ないらしい。先ほど戦闘の最中に何度か水薬ポーションを使っていたので、余力もあまりないだろう。

 しかしレオンは大して気にした風もなく、涼しげな笑顔を浮かべた。


「ああ、こればかりは天からの贈り物だからね。しかしヴォルフ……」


 笑顔の質が変わる。口調とは裏腹に、なにかを見透かしたような冷徹な笑みだ。


「わざわざ待っているなんて、キミらしくないじゃないか。昼食の約束など、した記憶はないのだがね」


「……フン、愚問だな」


 ヴォルフは隠す気などないと言わんばかりに、長剣を眼前に構える。


「レオン・ウル・ヴァイスラント。今この場で、貴様に決闘を申し込む」


「「『……は?』」」


 思わず出た間抜け声が蒼乃と、青い鳥を介して聞こえる小里と重なった。

 声量の制御が効かないというのは、なんとも厄介な話ではある。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! なんでそうなるんですかっ! 勝ちたかったら、さっさと迷宮ダンジョン攻略すればいいじゃないですかっ!」


 攻略競争のルールは、二国間の正式な会談によって決まったものだ。仮にヴォルフが決闘に勝ったところで、ノスクォーツ側の勝利とはならないだろう。

 しかもこのやりとりは、小里の能力スキルによってヴァイスラントの冒険者ギルドに筒抜けになっている。背信行為はもとより、万が一レオンが斃れでもすれば国際問題は免れない。


「あ、ひょっとして迷宮主ダンジョン・マスターが出てきたはいいけど、倒せなくて待ってたとか? だったら共闘だって……」


「……黙れ、小娘」


 敢えて茶化したのだろう蒼乃の言葉を、ヴォルフの威厳に満ちた声が遮った。


「私は元より、迷宮核ダンジョン・コアなど目指してはいない。最初からこの場を目指して来たのだ。我らの決闘にふさわしい、この台座をな」


「なっ……⁉」


 蒼乃が顔をひきつらせた。

 滅多に感情を顔に出さないアイナすら、わずかに顔をしかめている。


(なるほど、ね)


 思わず、苦笑いがこみ上げてきた。

 今の言葉は、ある事実を物語っている。しかもヴォルフは、それを隠そうともしていない。

 対するレオンは笑みを崩さぬまま、一歩前に出て口を開いた。


「おかしいと思ったんだ。いかな”大陸最強”とノスクォーツの精鋭とはいえ、我が国選勇者隊ヴァリアントがそう遅れを取るとは思えない。しかもキミたちの装備はどうだい。傷はおろか、ろくに汚れてすらいないじゃないか」


 立て板に水を流すような言葉に、ヴォルフの獰猛な笑みが一層深くなる。


「……先駆けて立ち入り、調査や魔物の掃討をしていたわけだね。氷穴は元より、迷宮ダンジョンの内部まで。大方、迷宮核ダンジョン・コアの在り処も分かってるんだろう?」


 レオンの声は紡がれる言葉に反して、激しく糾弾するものではなかった。まるでゲームでズルをしたことがバレた友人を嗜めるような、そんな声だ。

 ヴォルフも悪びれるどころか、鼻を鳴らして口を開いた。


「知る必要のないことは知らんさ。迷宮ダンジョンの露払いに関しても勘繰りすぎだ。我が武を以てしても、この迷宮ダンジョンの探索は容易ではないからな」


(するってえと……あいつか)


 黎一は、ヴォルフの背後に控えるモルホーンを見た。

 地層や魔力マナの乱れが発生しやすい迷宮ダンジョンの深部では、通信端末を遣っての指示には限界がある。おそらくモルホーンの能力スキルである追憶記晶アウター・メモリーに、台座に至るまでの道筋が刻み込まれているのだろう。


「そこまでして勝ちたいんですか……? 今のやり取り、この鳥を介してヴァイスラントの冒険者ギルドに伝わってますよ?」


「だからなんだというのだ? 私の望みはもとより決闘のみ。戦もこの余興も、すべてはそこに至るための手段にすぎぬ」


 蒼乃の言葉を斬り捨てたヴォルフが、一歩前に出る。


「さあ、レオン・ウル・ヴァイスラント! 我が決闘を受けよッ!」


 狼の遠吠えのごとき叫びに、呼応するように――。

 赤き溶岩洞の大気が、轟と渦を巻いた。

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