謎めく魔性

 氷柱が群れなす洞窟の闇から飛び出た四つの影は、鳥と四足獣をあべこべに足したような代物だった。


『ちょっ、なにあれっ……!』


『早く魔力波形マナ・パターンの照合を!』


 肩先で羽ばたく青い鳥から、小里とマリーの声が聞こえる。


勇紋共鳴サインズ・リンクッ!」


勇紋権能サインズ・ドライヴ……!」


 だがレオンに声をかけた瞬間、すでに黎一と蒼乃は迎撃の体勢に入っている。


魔力追跡マナ・チェイス! 風伯刃ふうはくじん!」


魔力追跡マナ・チェイス! 風礫招ウィンド・ショットッ!」


 狙った相手の魔力マナを追跡する能力スキルに導かれ、黎一と蒼乃が放った風の魔法が魔物たちを直撃した。


「グォラッ⁉」


「ウオォン⁉」


 魔物たちは苦悶の声を上げながらも、速度を落とすことなくレオンへと突き進む。


(耐えた⁉ やるなっ!)


 だが二撃目を放つ前に、通り過ぎる影たちに向けていくつもの銀閃が走った。影たちがすり抜ける瞬間、レオンとアイナが斬撃を繰り出したのだ。しかしどの影も欠けることなく、黎一と蒼乃を目がけて突進してくる。


(こいつら、あの二人の剣も潜り抜けるのか!)


 黎一の知る限り、純粋な剣技だけならレオンとアイナはヴァイスラント国内で一、二を争う。それに今の魔物たちの動きは、避けることに専念しているようにも見えた。


(敢えて無視した……? なにはともあれ……!)


 愛剣にふたたび風の魔力マナを纏わせつつ、魔律慧眼カラーズで相手を観察する。氷穴で出る魔物ゆえ水を顕す青に染まるかと思いきや、土に風とばらばらだ。


(タフなのはそれが理由かっ! だったら……!)


「獣頭が土、鳥頭が風だっ! 勇紋共鳴サインズ・リンク! 全々全花オール・ジ・オール! 飛炎燦ひえんさん!」


 放った火の散弾を、眷属ファミリアであるマリーの能力スキルによって魔物の数だけ反復させる。

 勇紋共鳴サインズ・リンク――。眷属ファミリア能力スキルを遣うことができる、主上マスターの特権だ。無数に増えた炎弾が赤い弧を描き、黎一たちに肉薄しつつあった魔物たちを襲う。


「ギャオオオンッ⁉」


「ピギャアッ⁉」


 魔物たちの動きが、止まった。うち獣頭の二匹は弱点を突かれたせいか、露骨に消耗している。

 その隙に、蒼乃が短杖ワンドを諸手に構えた。


「空に揺蕩う風精よ、赤き火を纏いて刃となれ! 紅刃熱風スラスティング・フェーンッ!!」


 短杖ワンドの先端にある黄水晶から、熱風を伴う紅蓮の刃が現れた。以前よりも、剣の刃が実体に近い形で具現している。


「はあっ!」


 蒼乃が裂帛の気合とともに繰り出した赤い斬撃が、魔物の猪に似た頭を斬り飛ばした。狼の頭を持った魔物が蒼乃に襲いかかるが、返しの一撃で同じ運命を辿る。

 残りは二匹、なおも迫るニワトリ頭とワシ頭だ。いずれも、風の属性を顕す黄金の魔力マナに染まっている。


「そいつよろしくっ!」


(へいへい、苦手科目ね!)


勇紋共鳴サインズ・リンク魔力追跡マナ・チェイス! 飛炎燦ひえんさんッ!」


 上段斬りから放った炎弾の雨が、能力スキルに導かれてニワトリ頭を消し飛ばした。その陰から、ワシ頭が黎一の眼前に飛び出してくる。だが黎一は、慌てず騒がず愛剣を突きの形に構えた。


爆花咲ばっかしょうッ!」


 繰り出した一突きが、ワシ頭の胴を捉える。刹那の間の後――。切先から咲いた炎の花が、ワシ頭を前半身ごと焼き尽くしていた。


「……見事な、ものだね」


 どこか残念そうなレオンの声が、戦いの終わりを告げた。



 *  *  *  *



 謎の魔物たちを倒した後、一行はふたたび洞窟内を進んでいた。

 小里の声が適度に道案内してはくれているものの、先ほどよりは頻度が少なくなっている。


「ときにコザト殿。先ほどの魔物の解析結果はどうかな?」


 中衛にいるレオンの声がした。発言が少なくなったのを気にしたのだろう。

 黎一の肩先にいる青い鳥が、慌てたように羽ばたきはじめる。


『へ⁉ あ、はいっ! そ、それが……』


「どうした? 死骸があったのだ。魔力波形マナ・パターンを解析すれば、すぐ割り出せるだろう」


 ――異世界ゲフェングニルにおけるすべての存在には、魔力マナが宿っている。その流れは各々の形と周期を以って、存在の内を巡っている。この周期が魔力波形マナ・パターンだ。

 大抵の生物は調査用の魔力マナを用いれば、すぐに種族を特定できる。


『……レオン殿下、マリーです』


 青い鳥から聞こえる声が、マリーのアニメ声に変わった。


魔力波形マナ・パターンの調査結果ですが、それぞれの魔物が複数の魔力波形マナ・パターンに該当しました』


「なんだと……?」


 隣の蒼乃が、輝く目で青い鳥をチラチラ見始めた。知的好奇心を刺激された時の顔だ。


『どの魔物も、三種類以上の魔力波形マナ・パターンが検出されています。いずれも氷穴に棲む種ではありません。体表に縫合らしき痕跡も見受けられました』


 たしかに戦闘の直後、青い鳥が死骸の周りを飛び回っていた。どうやら小里の能力スキルは通話ばかりか、視覚の共有や調査用の魔力マナの照射もかなり高い精度で行えるらしい。


(こんなのあるんじゃ、どのみち万霊祠堂ミュゼアム使うわけにいかなかったか……。てか今後どうすんだよこれ……)


 黎一の角度が違う悲嘆などつゆ知らず、レオンとマリーのやり取りは続く。


「つまりあの魔物は、何者かが創り出した合成獣キメラだということか?」


『はい。ノスクォーツが仕掛けてきたか、あるいは……』


「状況を確認しろ。逆に変な誤解をされてはかなわん」


『承知しました。もしあちらから何らかの申し出があった場合は、いかがしますか?』


「……内容によっては一時、作戦を中断する。あちらにもそう伝えろ」


『承知しました。しばしお待ちを』


 それっきり、青い鳥は黎一の肩に止まって静かになる。小里とマリーが、ノスクォーツ向けの通信を始めたのだろう。


「もしノスクォーツでないとしたら……第三者の介入? 何者だ……?」


 問いともぼやきともつかぬレオンの言葉に、答えられる者はいなかった。

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