煮魂までの道

 雪山までの道のりを踏破するまで、さして時間はかからなかった。開始合図と同時に、蒼乃があらゆる補助魔法を使った後に、全力疾走をはじめたからだ。

 もちろん、蒼乃が開幕から補助魔法を全開にできたのは理由がある。同時に、目下一番の懸念でもあった。


(あんにゃろう……。魔力マナの心配がないからって、思いっきりかっ飛ばしやがって)


 ――万霊祠堂ミュゼアム

 黎一が持つこの能力スキルは、保有するいくつかの能力スキルの中からひとつを選んで使える。しかも眷属ファミリアには、いずれかの能力スキルを与えることができるおまけつきだ。

 ちなみに今の蒼乃には、与えるだけで体力と魔力マナが徐々に回復し続ける活性快体ヴァイタライズを与えてある。


(さてさて、手加減モードでどこまでやれるかねえ……)


 通常の能力スキルにはない異質さゆえ、存在を知っているのは蒼乃の他、くつわを並べた数名のみ。しかも厄介なことに、レオンは含まれていない。つまり今、黎一が選べるのは当初、ハズレ能力スキルと言われた魔律慧眼カラーズだけなのだ。


(レオン殿下が出しゃばってこなきゃ、万霊祠堂ミュゼアム全開でサクッと終わったんだけどなあ……)


 これが能力スキルを与えられる蒼乃とマリー、万霊祠堂ミュゼアムの存在を知るアイナであれば――。保有するありったけの能力スキルを用いて、あっさり勝利することもできた。

 むしろここまで腹積もりして競争を提案したのだが、なかなかどうして思い通りにはいかないものである。


(そりゃまあレオン殿下が強いのは知ってるけど……。しかしなんだって、わざわざ出てきたんだ?)


 青い鳥から聞こえる小里の案内を聞きながら、ちらりとレオンの顔を盗み見る。宰相という立場であるにもかかわらず、雪の尾根道を全力疾走した後の雪山登りにも汗ひとつかいていない。


(あの北の王様が、闘いにこだわった理由も気になる。変なこと、仕掛けてこなけりゃいいんだが……)


『……なぎ君! 八薙くんっ! 行き過ぎ、行き過ぎっ!』


「うおぅ⁉」


 唐突に眼前に現れた青い鳥に、思わず声を上げる。どうやらある程度なら、小里の意志で自由に動けるらしい。


「ちょっと、なにやってんのよ。正解の道、ここだってよ」


 声のほうを見ると、後ろ数メートルのあたりに蒼乃たちが立っている。その前には、大人が背をかがめて通れるくらいの洞窟が口を開けていた。


「わりぃ、考え事してた」


「奥にある迷宮ダンジョンまでの道のりは分かっているが、この氷穴にも魔物は出る。油断はしないでくれたまえよ」


「はい……。俺たちが先頭、レオン殿下が中衛、アイナさんが殿しんがりでいいっすよね?」


 レオンが頷くのを確認すると、先頭を切って洞窟に身を滑り込ませる。

 入口こそ狭かったが、中は大人ふたりがなんとか並んで通れるくらいの広さだ。所々に、氷柱つららが地から生えるようにして連なっている。


『道はあたしが先導するから。魔物が来たらよろしくね……ってえっ!』


 青い鳥の視線の先には、白い毛むくじゃらの小男が群れて出てきていた。脇には、雪のごとき毛皮に覆われた狼たち。魔律慧眼カラーズで見ると、すべての魔物が青い水の魔力マナに覆われている。数、見えているだけで十近く。


雪小鬼スノウリーに、白牙狼ホワイトファングか」


「……アイナさん。後ろの警戒、頼みます」


「心得た。おそらく雪小鬼スノウリーの親がいる。無茶はするなよ」


「ええ、分かってます」


 アイナに応じたと同時に、魔物たちが黎一たちに向けて駆けはじめた。抜いていた愛剣に、風の魔力マナを纏わせる。狭い洞窟の中だ。機動戦を挑むつもりはない。


勇紋共鳴サインズ・リンク魔力追跡マナ・チェイス! ……風伯刃ふうはくじん!」


「風、我が意に従い仇なす者を刻め! 旋風刻刃ウィンド・ラッシュッ!」


 黎一の剣魔法と、蒼乃が黄水晶の短杖ワンドから放った風魔法が、魔物たちの行く手を遮るように炸裂する。いずれも、風の刃で対象を斬りつける魔法だ。

 黎一の剣魔法は単体向きだが、主上マスターの特権である眷属ファミリア能力スキルを遣える勇紋共鳴サインズ・リンクによって、対象を一番奥の雪小鬼スノウリーに据えている。


「ウ~、ア~……」


「キャキャ、イイン……」


 どの魔物たちも黎一たちの眼前までたどり着くことなく、風刃でできた檻の中で命を散らしていく。

 すると音を聞きつけてきたのか、さらに魔物たちが寄ってきた。今度は雪小鬼スノウリーの数体分はあろう、雪人鬼スノウアーが混じっている。数、諸々含めて二十近く。


「俺がザコを散らす。デカいのは任せた」


「はいはい」


 蒼乃が気のない返事とともに、後ろへ下がる。それを尻目に、ふたたび愛剣に風の魔力マナを纏った。

 どうせ蒼乃の魔力マナは勝手に回復するのだ。大物の処理を頼んでも罰は当たらない。


嵐薙刃らんていじん!」


 意識した周辺を、風の刃で刻む剣魔法だ。渦巻く風刃に巻き込まれ、魔物の数がみるみるうちに減っていく。

 だがそこに、雪人鬼スノウアーたちが先頭を切って風の檻にぶつかった。白い毛を鮮血に染めながらも、黎一に爪牙を突き立てんとじわじわ迫ってくる。


(後続に道を作るつもりか、根性あるじゃん。でも……)


「空を漂う風竜よ! 貪り食らえ、我が敵をっ! 風竜顎咬トルネード・ファングッ!」


 蒼乃が放った小さな竜巻が、雪人鬼スノウアーたちを直撃した。後に残るは、呪にある風の竜に喰われたがごとく、上半身をもぎ取られた骸だけだ。

 竜巻の勢いは衰えることなく、後続の魔物たちをことごとく屠っていく。難を逃れた魔物も、黎一が放つ剣魔法によって同じ運命を辿った。


『お疲れ……。っていうか、マジで強いんだね……』


「やれやれ。まったく形無しだな」


 ――やや引き気味な小里の声と、レオンの呟きが聞こえたのは、動く魔物がいなくなった後のことだった。

 黎一は血のついていない愛剣を肩に担ぐようにして、レオンを振り返る。片刃剣サーベルを抜いているあたり、自身も戦闘に参加するつもりだったらしい。


「いいんすよ。上司を戦に出したんじゃ、こっちの立場が危うい」


「ですです。迷宮主ダンジョン・マスターがどんなのかも分からないんですし、温存しといてください」


 蒼乃が、短杖ワンドを手元でくるくる回しながら同調する。腰間にはもう一本、鉄紺色の短杖ワンドが吊ってあるが、使った気配はない。本気を出していない証だ。

 そこに、殿を守っていたアイナが歩いてくる。


「しかし大したものだ。複数の雪人鬼スノウアーを含む群れを一瞬とは……。黄金ゴールド・ランクでも手こずる相手だぞ?」


「そうなんすか? 相性の問題だと思いますけど」


 この異世界の四大属性には、四すくみがある。火は土に、水は火に、風は水に、土は風にそれぞれ強い。風の属性を持つ蒼乃にとって、水の魔物は一番相性のいい相手なのだ。

 だが事もなげな黎一の言葉に、レオンは半ば呆れた笑顔で頭を振った。


「噂には聞いていたが、これほどとはね。ノスクォーツの部隊は氷雪迷宮ダンジョンの攻略に慣れている故、遅れをとるかと思ったが……」


 言葉が、終わろうかという時。

 元来た道のほうに、影がはしった。


「……ッ! レオン殿下っ!」


 黎一が叫んだ瞬間――。

 黒い影たちが、一斉にレオンへと襲いかかった。

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