獣の目醒め【マリー】
同時刻――ヴァイスラント王宮、冒険者ギルド本部。
その中枢である通信管制室は、騒然としていた。すでにギルドの受付は締め切られ、部屋のいたる所で怒号と報告の声が入り乱れている。
そんな中、マリーはひとり光のパネルを叩いていた。端末の
(間違いない……! これって……!)
立てた仮説が確信に変わった時、通信管制室の扉が開いた。
入ってきたのは純白の礼服の上から祭儀用の
「……状況を報告せよ」
レオンは急ぎ足で中央の統制者席に座るなり、口の前で掌を組む。
マリーが知るかぎり、機嫌が悪い時に出る癖だ。
「ハッ! 一二〇五、
威厳に満ちた声に対して、かかとを打ち鳴らし敬礼しながら告げたのはロベルタだ。朝の時間のほとんどをセットに費やしているらしい金髪の縦ロールが、動きに合わせて揺れる。
(埋設型なら、そんなに珍しいことじゃない。崩落だけなら、ね)
――
その名のとおり地中に埋まっている構造で、領内の
これだけの騒動になっているのは、別の理由があるからだ。
「結界はどうか?」
「表層結界、少々ゆらぎはありますが正常の範囲です。第二、第三層の結界は、消失を確認。他の階層は……出ましたっ! 第四、第五層の結界消失を確認!」
担当官たちの報告に、レオンは苦虫を噛みつぶしたような表情になる。
――騒ぎの原因はこれだった。
「……魔物の湧出は?」
「現時点で、
「不幸中の幸い、か……。
『ハッ!』
結界は、深層のものほど強力になっている。だが表層以外の結界が消滅した今は、下層にいる強力な魔物が
(だからこそ、これは見逃していいことじゃない)
マリーは端末を片手に席を立つと、統制席のレオンへと近づく。
「兄……レオン殿下。表層付近で気になる事象が」
「なんだ?」
有事の際のレオンは、普段の温厚な性格からは想像もできぬ鬼気を纏う。臆して言葉が乱れぬようにと念じながら、端末の
「崩落地点の周囲に、異常な
「火の
レオンは一瞬顔をしかめたが、すぐさま答えを返してくる。我が意を得たりとばかりに、マリーは口を開いた。
「崩落の中心部で、複数の
「なんだと……?」
(そう。多分この
この周期が『
「……許可を頂ければ、個人を特定します」
人間は意志の強さゆえか、個体によって
ヴァイスラント王国では全国民はもちろん、賓客に関しても
「許可する。また別働隊を組織し、その者たちを確保しろ。重要参考人になる」
「はいっ!」
レオンの表情は依然として厳しいが、口元にわずかな笑みがあった。真相への糸口を見出した妹への褒美と受け取って、勇み足で席へと戻る。
個人特定の作業を始めようとした時――端末が、甲高い
(ちょ、こ、これって……)
「第五層、踏破圏外に強力な
平静を取り戻していた雰囲気が、ふたたび騒然としたものに変わる。
「こちらでも確認ッ!
「踏破圏外……? まさか、
「あそこの
同僚たちの声が重なり合う中、異常は
「
部屋の中央にある大きな
「個体情報、該当ありませんっ!」
「
悲痛な声をあげる担当官に、レオンが冷静な声で応じる。
「ハ、ハッ! …………該当、一件。表示します」
震える声とともに、光点の情報が更新された。
聞き覚えがあった。周囲の
――『
「おい、あれってまさか……」
「なんでこんなところに……」
「まずい、王都に近すぎる」
「あんなヤツ、結界一枚じゃとても……」
忌まわしき名によって、室内はふたたび動揺と混乱に包まれる。
「……私の剣を持てッ!」
慌てふためく職員たちの声をかき消さんばかりの、一喝が響いた。しんと静まり返った一同の視線が、声の主であるレオンに集まる。
「いかな伝説の魔物とて、目覚めてすぐなら勝機もあろう。
誰も、一言も発しない。
レオンは儀礼用の
「今、我らが退けば彼奴めの爪牙が、王都を、諸君らの愛する者らを
『……ハッ!!』
掲げられた長剣の輝きに向かって、職員たちの声が唱和した。皆が持ち場へと散っていく中、レオンの視線がマリーへと向いた。
「マリーディア、私と来い。カストゥーリア補佐官、この場の指揮を代行せよ」
「は、はいっ!」
「ハッ! ご武運をッ!」
返事をしながら、手元の端末を確認する。すでに二名の特定が終わっているが、作業を誰かに引き継がねばならない。
だが途中経過が表示された時、マリーは自分の顔が引きつるのが分かった。
(これ、レイイチさんとアオノさんっ⁉)
(お願い……! 二人とも、無事でいてくださいねッ!)
そんなマリーの願いを、あざ笑うかのように――。
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