剣閃、奔る
崩落の現場を離れた黎一たちは、
(思ってたよりはマシな場所だが……遠いな遺跡!)
かれこれニ十分ほども歩いているが、遺跡はまだはるか彼方だった。歩くペースもさることながら、最下層そのものが結構な広さなのだろう。だが黎一を戸惑わせているのは、風景だけではなかった。
(しかしなんだってんだ……? この”色”は?)
(気味が悪い。
隣を歩く蒼乃に、視線を移す。ここに墜ちてからの経緯を青ざめた顔で聞いてからというもの、黙々と歩いていた。しかしその足取りは妙にぎこちない。纏う黄色の光も、弱々しくなっている。
(やっぱ、なんか言わないと、な……)
崩落の折に名を呼ばなければ、蒼乃は巻き込まれずに済んだかもしれない。そう考えると、いかな”塩の八薙”といえど少々くるものがあった。
げっそりとした顔で歩く蒼乃に、恐る恐る口を開く。
「な、なあ……」
「……なに?」
「た、助けて、くれて……ありが、とう」
心臓の動悸と全身に奔る悪寒を押し退けて、なんとか言葉を絞り出す。
蒼乃はしばし黙っていたが、やがてちらりと黎一を見た。
「……それだけ?」
「え、あ、いや……その……」
なんで飛び込んだ、まだ体調悪いのか――たくさんの疑問が、浮き上がっては言葉にならずに消えた。
蒼乃はふたたび黙り込んでいたが、やがて小さくため息を吐く。
「大丈夫。分かったから」
それっきり、ふたたび黙って歩き続ける。感謝の意は伝わったのだろうと考えて、黎一も黙って歩いた。
と、その時、右肩になにかが触れる。ぞくりとした感覚に思わず振り向くと、蒼乃が右肩に手をかけていた。
(……ッッ!!)
途端、振りほどきたくなる衝動に駆られた。が、すんでのところで堪える。
「いいでしょ、このくらい。立ってるだけでも辛いんだから……」
背後から、ぽつりと声がした。肩に掛かる手と身体の悪寒とで、自然と歩む速さが蒼乃と同じになる。
その様子に気づいたのか、振り向いたアイナがくすりと笑った。
「肩を貸すなら、利き腕でない方にしろ。それと
「え、あっ……は、はいっ!」
慌てて、新調された剣を引っこ抜く。蒼乃が黎一の左肩に手をかけた時、アイナは不思議そうに首を傾げた。
「ふむ。
「なったことあるんすか?
「いや、ない」
「……のわりに、詳しいっすね」
「まあな。冒険者やってれば、色々見るものさ」
曖昧な答えを返すと、アイナはふたたび前を見る。その背中に、黎一は微かな違和感を覚えた。
(やっぱりだ。この人、なんかおかしい)
蒼乃や四方城は黄色、マリーや光河は緑。御船は赤、天叢は青と、級友たちのほとんどは四色のいずれかだった。レオンは純白。勾原は、濃い藍色から黒へと変色したのが妙に印象に残っている。
(染まってる”色”がそいつの守護属性、ってことなんだろうけど……。アイナさんは、”色”がない)
属性がないと言われた黎一ですら、手を見るとぼんやりとした透明な陽炎らしきものに包まれている。
だがアイナは、それすらない。
(墜ちてきても無事で済んでるし……。この人、一体……?)
浮かぶ疑問を言葉にできずに、苦慮していると――。
「……待て」
鋭い声とともに、アイナが足を止めた。
かすかに降り注ぐ光が陰る。岩盤の上からなにかが飛び降りたのだと理解するまで、数瞬を要した。
やがてそれは、地響きとともに黎一たちの前方に降り立つ。
(魔物! 最下層の……ッ!)
体長は二メートルほどだろうか。丸太に木の枝をでたらめに組み合わせ、人形にしたような代物である。胴体は、樹齢百年はあろうかという太さだ。その数、三体。
「
アイナが魔物の名を告げる。その間に、黎一は刀身が赤を纏う様を思い浮かべて火を灯す。
だがアイナは前に進み出ると、左手で黎一を制止した。
「私がやる。そなたは周囲を警戒しろ」
「でも……」
仮にも最下層の魔物だ。どこまで太刀打ちできるか分からないが、人数は多いに越したことはない。食い下がろうとした時、アイナが黎一の左肩に視線を向けた。
「肩に掛かっているものを忘れるな。そなた一人の命ではない」
被せて言われた言葉に、ハッとした。左肩にある蒼乃の手を感じ取り、素直にその場に止まる。
それを見たアイナは微笑むと、視線を前方に戻した。
(怯えてる? まさか、すぐに突っ込んでこなかったのって……)
考えているうちに、アイナの左手が動いた。
挑発と取ったのだろう。
(
太い腕が振り下ろされた時、アイナの姿がかき消えた。次の瞬間、アイナは黎一から見て右の個体へと斬りかかっている。
三角跳びで死角に入ったのだと理解する前に、その胴と腕は斜めに断ち斬られていた。
「は……?」
黎一の間の抜けた声と、攻撃を躱したアイナの横薙ぎが重なった。銀色の弧が描き出され、真ん中の個体の両腕がいっぺんに斬り落とされる。アイナはそのまま中空で刀を担ぐように構えると、一気に突き出した。
「――
滴り落ちるような、声がした。剣の切先が届かぬ位置にあった
「すっご……。なにあれ、ほんとに人間……?」
不意に、妙に肩に掛かる重みが増した気がした。ふと見ると、蒼乃が肩に寄りかかるようにしてアイナの動きを見ていた。
髪の匂いに反応した黎一が蒼乃を押し退けていると、最後の
「オオゴ、ゴゴ……ッ!」
「ちょっと、なんかヤバそうじゃない……っ⁉」
(だからそういうこと言うと……ッ!!)
――言霊とは、馬鹿にならぬものらしい。
(ほら見ろっ!)
「
襲い来る緑を意識して、剣を振るう。放った赤光は薄紅色の三日月に姿を変え、枝のことごとくを灼き散らした。
しかしアイナの姿は、ない。
(アイナさんは⁉)
刹那、伸びていた数本の枝が一気に散る。着地したアイナの姿が見えて、すぐ消える。
上天に向かって、銀閃が奔る。苔色の景色の中を、斬り散らされた枝が舞う。
「剣舞――
凛と響く声とともに、幾筋もの閃きが空間を埋めた。それは銀色の檻となり、巨木の身体を削ってゆく。
数拍の間をおいて――
「さすがだな。あの程度の攻撃ならと、敢えて攻めに回ったが……間違っていなかった」
言いながらふわりと降り立ったアイナは、ぐるりとあたりを見回す。
黎一も釣られて見回すが、新たな魔物の姿はない。
(……って、待てや。さっき是が非でも生きて帰すとか言ってなかったか、あんた)
無論、口に出す勇気はない。
「よし、進むぞ。ぐずぐずしていると、他の魔物どもが寄ってくる」
そう言って歩き出すアイナの姿に、やはり”色”はない。戦っている最中ですら、わずかに見えた姿が”色”を纏うことはなかった。
(この人……。一体『何』なんだろう……?)
粛々と進む後ろ姿に投げかけようとした言葉は声になることなく、心の中に消えてゆく。
そうこうする間に、蒼乃の手が先へ進めと促してきた。黎一は疑問を思考の片隅へと押しやると、アイナの後について黙々と歩き出した。
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