暗き策動

 翌日の昼前、黎一と蒼乃はロイド村の南にある荒野を歩いていた。街道筋からも外れたこのあたりは、草地も少なく地肌が多い。彼方には、こんもりとした森が広がっている。

 二人は今、小さな木立の迷宮リトル・グローブでの作戦に参加すべく、集合場所に向かっているのだった。


(また、えらく辺鄙へんぴな場所を指定してきたな……)


 形は同じでも質が明らかに良くなった防具の具合を確かめながら、独り言ちる。

 事の発端は昨晩、ギルドから届いた魔伝文メールである。曰く、『小さな木立の迷宮リトル・グローブの掃討作戦に先立ち、迷宮ダンジョン内の調査を行う。明日ひと〇〇まるまるに、指定の場所へ集合されたし。なお本件については、成否を問わず報酬が発生する――』と、こうである。


(さすが王国の機関だけあって、お堅いんだな。もうちょいふわふわしてるの想像してたけど……)


 そんなことを考えながら、指定の場所を指して歩く。

 小さな木立の迷宮リトル・グローブの入口はロイド村から少し南、視界の先にある森の中にある。その手前にある荒野が、魔伝文メールにあった集合場所のはずだ。


「楽な仕事で確定報酬……。ああっ、いい響き……」


(好きな言葉はタダ飯に確定報酬か。財布は分けたままのほうが良さそうだ)


 機嫌の良い蒼乃の笑顔を、げんなりしながら横眼で見る。すると視線に気づいたのか、蒼乃がじとりとした目でにらみ返してきた。


「なによ、その顔……。いいでしょ、他の冒険者の人たちがいるぶん安全なんだし」


(ま、それに関しちゃ言えてる)


 珍しく同意できる言葉に、内心のみで応じる。

 なにせ、ギルド肝煎りの大規模作戦に先駆けた調査である。さぞかし熟練の冒険者たちが集っていると想定できた。身の安全を考えれば、ロイド村の一件よりもだいぶ気楽である。


(安全保障の迷宮ダンジョン探索、報酬付き、か。いいねえ。……って、俺も蒼乃こいつのこと言えねえな)


 級友たちの中でも、迷宮ダンジョンの探索を経験している一対ペアはほとんどいない。案内人ガイドつきで挑戦できるとなれば、願ったり叶ったりである。さらに報酬まで発生するのだから、もはや言うことはない。


(村の一件で信用を得られたか……? もしそうなら、少しは身体張った甲斐があったな)


 考えながら歩いていると、端末に表示した地図が目的地に近づいたことを示す。

 そこには、すでに数人の男女がたむろしていた。勇者ブレイヴの制式装備で固めた面々は、いずれも見覚えがある。あまり会いたくなかった顔ぶれだ。


(勾原……? なんでまた……?)


「あれ、勾原くん? おっつかれ~」


 蒼乃の声に、ひときわ背の小さい男子――勾原が、顔を向けるなりパッと明るい顔になる。


「蒼乃さん、おっつかれ!」


「みんなも調査組?」


「ああ、うん……そんなとこ」


 なぜか尻すぼみになる勾原の声に違和感を覚えながらも、あたりを見回す。

 他にいるのは勾原のペアである山田、松本に恵月といった取り巻き組だ。取り巻き組のペアである女子たちの姿はあるものの、マリーやロベルタなどギルドの担当官や、他の冒険者たちは見えない。


(待てよ。なんでこいつらが……?)


 勾原たちには、ロイド村の騒動を引き起こした疑いがもたれている。それでなくとも、レオンから注意を受けた身だ。重要任務に充てるのは合点がいかない。

 急な依頼、誰もいない荒野――。嫌な予感が、むくむくと頭をもたげ始める。


「……なあ、他の人たちは? 俺ら、迷宮ダンジョン探索は初めてなんだけど。他の冒険者の人とか来てねえの?」


 勾原に声をかけると、蒼乃に向けていたものとはがらりと変わった表情になる。


「ああん? るっせえんだよ……」


「もうみんな、森の中に集合してるんだよ。あんたたちが遅かっただけ」


 被せるように答えたのは山田だった。それなりに整った顔立ちからも、身体を覆う藍色の魔力マナからも、読み取れるものはない。


「ほらルナ、早く行こっ! 遅れちゃうっ!」


「え? あ、う、うん……」


 山田たち女子組に引っ張られるように、蒼乃は森の方へと歩いていく。

 隣を歩いていたところを引きはがされた形になったが、それだけならなんとも思わない。引っかかるのは勾原に松本、恵月といった面々が移動を始めないことだ。


(なにかが、おかしい……?)


 周りを見渡しても、わずかに雑草が生える荒野が広がっているだけだ。そこかしこを覆う緑色の光は、大地を表す魔力マナの色。

 どこにもおかしなところは――。


(……ッ!)


 ――あった。

 黎一から見て正面にひとつ、左右にふたつ、振り向けば後方にもふたつ。かすかに、赤色の魔力マナが立ち昇っている。それぞれを結べば、五芒星となる位置だ。

 思わず走り出そうとすると、黒い色を纏った勾原の腕が絡みついてきた。すでに蒼乃たちの姿は、数十メートルほど先に遠ざかっている。


「俺ァなあ……欲しいもんは手に入れんだよ」


「お前、まさか……ッ!!」


 絡みついた腕が解かれると同時に、腹に蹴りが入った。腹筋に力を入れ、衝撃をこらえる。蹴たぐられるのかと思いきや、勾原は飛び退いて距離を空けた。


「……蒼乃ッ!」


 彼方にいる者の名を呼んだ時、松本が地に右手をついたのが見えた。

 赤色の魔力マナが、呼応するように爆ぜる。爆発は火柱となり、そこを起点に目の前の荒れた大地が崩れ落ちていく。


(墜ちる……っ!)


 初めて味わう、足元が消える感覚。

 視界が沈み込む中で、勾原と、目が合った。ふっ、と卑屈な笑みを浮かべたその顔に、今までで一番の怒りが込み上げる。


(あんの、野郎……ッ!!)


 落ちながらも剣を抜き、刀身に纏った赤い弧を放つ。だが一撃は、勾原の靴の先を掠めただけだ。

 崩れ落ちる地面とともに、身体が落下していくのが分かる。


(しくじったな……。所詮、こんなもんか……)


 その時、地面の淵が人影が見えた。

 黒髪をなびかせる影は迷いのない動きで淵を蹴ると、風を纏い、岩盤の合間を縫いながら一気に近づいてくる。

 近づくにつれ、その顔がはっきりと黎一の目に映った。


(……蒼乃ッ⁉)


 蒼乃はまたたく間に、黎一のすぐ傍まで達する。

 支えるもののない崩落の中で、風に包まれた蒼乃の手が伸ばされた。

 その掌を、空いた左手で――掴む。


「大気を彩る風精よっ! その身を以って我らを護れっ! 風精纏盾シルフィ・シールドッ!」


 蒼乃が繰った呪に導かれ、黎一たちの周りに幾重もの風が渦巻く。二人は落盤を弾く風たちに護られながら、ゆっくりと地の底へ墜ちていった。

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