明るい夜

 黎一がホールの壇上から出口を見据えていると、不意に肩を叩いてくる者があった。

 振り向くと、目線よりも少し高い位置に天叢の笑顔がある。


「どしたん? めっちゃ恐い顔してるよ?」


「あ、いや……。なんでもない」


 軽く頭を振って誤魔化す。他の者に魔力マナの色は見えない。それに確たる証拠がない以上、勾原たちは容疑者でしかない。

 そんな黎一の葛藤などつゆ知らず、天叢はにっこりと笑った。


「ねえ、打ち上げやろうよ! せっかく報酬もらったんだし。異世界こっちのご飯も結構おいしいよ?」


「え……っ」


「え……っ、そこまで露骨に嫌な顔する……?」


 天叢が来れば、四方城も間違いなく来る。打ち上げとなれば蒼乃も来るだろう。医務室で少し眠れたとはいえ、大立ち回りの後だ。飯くらい静かに食べたい――。

 そんなことを考えていると、天叢の後ろからマリーがそっと近づいてくる。


「レイイチさん、ご飯行かれるんですかぁ? それでしたら、ちょっとお願いが……」


(いやだから面倒事に拍車をかけてくるなよ)


「そんなに顔を歪ませないでくださいっ! フィーロちゃんを、一緒に連れてってほしいんです」


「フィーロちゃん? なんで?」


 不思議そうに聞く蒼乃の言葉に、マリーはどんどん困り顔になっていく。


「単純にお二人に会いたがってるんですけど……言うこと聞かなくて大変なんですよ。フィーロちゃん、お手柄でしたし……せめて夕食だけでも一緒に、って思いまして」


 マリーの言葉に、蒼乃は「どうする?」とばかりに小首を傾げてきた。


(……それならそれで、使い出もある)


 とある思惑を頭に浮かべながら、首を縦に振る。すると蒼乃は、しめたとばかりにマリーを見た。


「別にいいですけどぉ~……無料タダじゃあ、ないですよね?」


 悪魔の微笑みを浮かべる蒼乃を前に、マリーは深いため息をついた。



 *  *  *  *



 数時間後――。

 夕食時ということもあってか、宿屋”揺籃の地クレイドル”の一階にある酒場兼食堂は、そこそこにごった返している。その奥まったところにある個室に、黎一たちは顔を連ねていた。皆、チュニックにトラウザやらキュロット、スカートといった軽装である。


(思ってたより豪華だな……)


 目の前の円卓にはパンやら焼き飯に肉焼き、サラダの類がところ狭しと並んでいる。マリーからもらった小切手らしきものを見せた瞬間、宿屋の女将が立ち食いソバ屋も真っ青な速さで用意したのだ。


(こりゃ、上客認定されたな)


 妙に肌艶がよくなった女将の顔が思い出される。マリーからは「足りない分は持出ですからね」と言われて出てきたが、その憂き目に遭うことはなさそうだった。


「それじゃ緊急討伐任務スクランブル・レイドの成功と、ヤナギ隊の昇格を祝して……」


『かんぱ~い!!』


 天叢の音頭に合わせてぶつかり合った木製のコップが、乾いた音を立てる。

 黎一はコップを持ち上げるだけにとどめると、すぐに膝の上にいるフィーロに視線を落とした。


「わ、あれおいしそう! れーいち、あれとって!」


 長い黒髪を蒼乃の髪ゴムでおさげに結ったフィーロが、焼き豚のスライスを指さす。

 黎一と蒼乃以外は初対面だが、相も変わらずまったく物怖じしない。


「はいはい……」


(よし、計画通り)


 所望された品を皿に取りながら、心の中でほくそ笑んだ。フィーロの面倒を見ることに徹していれば、女子と絡まなくて済む。

 級友たちには、フィーロの両親の事を話題に出さぬよう言い含めてあった。これでフィーロによって、場が荒される心配もない。


「へぇ~、”塩の八薙”も小っちゃい子には弱いんだ? ひょっとしてロリコン?」


(……って考えてるそばから、絡んでくるなよ)


 野菜で包んだ肉焼きを頬張りながら面白そうに言ってくる光河を、無言でサラダを口に運ぶことでスルーする。


「戦ってる時は平気らしいんだよね。どう歪めばこうなるんだか」


(お前には関係ないだろう)


 鶏肉の煮つけを口にしながら言ったのは、さらっと隣に座った蒼乃だ。

 言い返す代わりに、ぎろりと睨んでおく。


「そんな顔しないの……いいでしょ。名目つけてご飯、無料タダにしたんだから。あ、そういえばユカの御船カレシは?」


「欠席。鍛錬だってさ」


「うっそマジで⁉ 普通、タダ飯放置で行く⁉」


「ルナほどタダにこだわる人もいないけどね~。でもま、大したもんだよ実際」


「大したもんって、なにが?」


 きょとんとした顔で言う蒼乃に、紅茶で喉を潤した光河が言葉を続ける。


「ほら御船ダイゴって、野球も喧嘩も負けなしじゃん? 付き合って一年くらい経つけど、あんな焦ってるの初めて見たもん。世界が変わろうが、自分が一番強いって思ってたんだろうね。だからさ、大したもんだよ」


「そうだよ、数も百以上いたんでしょ? でさ、八薙くん……」


 興味津々な顔つきで話題を変えにかかったのは天叢だ。

 アイドルグループばりの顔面偏差値を誇る顔が、黎一へと向けられる。


(やめろ。そんな目で俺を見るな)


「……ねえねえ、どうやったのっ⁉」


(だからこっちに振ってくんなよ)


 話題を膨らませながら、ついてきていない周囲に会話を振る――陽キャ専用の高等能力スキルである。

 しかし黎一のような陰キャにとっては、迷惑この上ない。


「それよ、それ。二人ともハズレ言われてたのに、なにがあったん?」


「わたしも興味あります。講義レクチャーでも、能力スキルは使って体で覚えろ、って言われただけですし」


 流れに乗っかって、光河と四方城までもが黎一に視線を向けた。

 女子から注がれる好奇の視線に、心臓が脈打つ速度が速くなっていくのが分かる。


「う、あ、う……」


「……あ~。八薙こいつ、こうなるとダメだから。私が話すね」


 蒼乃がうんざりした声で割り込むと、ロイド村での経緯を話し始めた――。


 ・


 ・


 ・


勇紋共鳴サインズ・リンク……?』


 ――話を聞き終えた天叢たち三人の声が、見事に重なる。


「”声”のことは、とりあえず置いとくにしても……すごいよ! 主上マスター眷属ファミリア能力スキルも使えるってことでしょ?」


「しかも使用に際して、特に制限もない。主上マスターの責任重大、ですね」


「てか周囲の魔力マナで魔法を強化できて、しかも確実に当てられるとか最強じゃん……。能力スキル自体の強さよりも、連携が大事ってことだね」


「わたしの闘気纏装オーラ・アームドと翔くんの万象治癒トータル・ヒーリング、組み合わせることもできるんでしょうか? 回復効果のある闘気オーラを纏えたりしたら、ずっと動き回っていられるかも……」


「ゆーても、条件とか分かんないよ? 八薙こいつ、そこのところは妙に曖昧だし」


 盛り上がる天叢と四方城に、蒼乃が水を差す。

 しかしそんな二人とは対照的に、光河は妙にいけ好かない顔をしていた。


「それはいいんだけどさあ、講義レクチャーに出てきてないことばっかじゃん。最初から怪しいとは思ってたけど……やっぱなんか隠してるよね、国の人たち」


「今、それ言ったってしょうがないでしょ。元の世界に帰るとか以前に、まず生活できないとやってらんないし」


 皆が話している間にふと見ると、膝上でおとなしく食事をしていたフィーロが舟を漕ぎ始めている。

 よく考えれば、村から救出されてまだ一日と経っていない。両親のことを知らないとはいえ、気丈なものだ。


(よし。これを機に離脱するっ!)


「フィーロちゃん、眠そう?」


「迎えが来るまで部屋で寝かせてくる。……鍵」


「あ、はいはい」


 何気なく鍵を受け取った時、級友たちの視線がふたたび注がれる。


「えっ……? 蒼乃さんと八薙君、部屋一緒なの……?」


 天叢の言葉とふたたび向けられる女子たちの視線に、黎一は己の失策を悟る。相部屋バレのことまでは考えていなかったのだ。

 蒼乃も同じだったらしく、にわかに顔が赤くなる。


「い、や……ほら! ここ着いたら一人部屋が満室でっ!」


「斡旋宿なんて、探せばいくらでもあるのに……」


「他も空いてないって言われたしっ! 安かったのっ!」


「そりゃお客逃がしたくないから、そう言うでしょうよ」


「今回の報酬で、お宿を変えたらよかったのに……」


 ことごとく論破され何も言わなくなった蒼乃に、光河がにんまりとした顔を向ける。


「そうですかそうですかぁ~、そんなに同じ部屋が良かったんですかぁ~。これは”サセずの蒼乃”、いよいよ解き……ふごふっ⁉」


「ユカ~、そろそろ黙ろうねぇ? フィロちゃん起きちゃうから~」


やめてっひゃめへっ! アイアンクローははいあんふほーはやめてっひゃめへっ!」


 ますます騒がしくなる二人を尻目に、黎一はそそくさと部屋を出た。雰囲気から察するに、このまま戻らぬ方がよいだろう。


(場を逃れることに気取られすぎたか……ん?)


 反省しつつ階段を登った時、不意にトラウザのポケットにある端末が震えた。

 フィーロを片手で抱えながら端末を取り出すと、魔伝文メールの受信履歴だ。差出人はギルド本部となっている。


「掃討に先立つ、調査……?」


 示された日時と場所に、黎一はざわりと肌が粟立った気がした。

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