賞賛と真実

 ギルド本部のホールとはどこかと思えば、最初に集められた部屋だった。どうやら王宮とギルド本部は、内部で繋がっているらしい。

 指定の時刻まで微睡んだ後、ホールまでやってきた黎一と蒼乃を迎えたのは盛大な歓声だった。


「うぃ~、お疲れぃ!」


「最強ハズレペアのお出ましだっ!」


「もうハズレとか言えないけどね~!」


「よっ、最弱王者!」


(なんの騒ぎだよ……)


 級友たちに囲まれる蒼乃をさっさと見捨て、係の女性に促されるまま壇上へと退避する。

 ここはここで生きた心地がしないが、女子に囲まれるよりマシだ。


「あははっ、こんな時でも神回避?」


 声のほうを見れば、天叢がおかしそうに笑った顔を向けている。壇上にはすでに四方城と御船、光河と、救援に来た面々が整列していた。押し立てられるように蒼乃が壇上に上がってくると同時に、向かいの袖からマリーを伴ったレオンが姿を現す。


「お忙しい中、申し訳ない。急を要する事柄があったため、急ぎお集まりいただいた」


 落ち着きと威厳が同居した声が響くと、級友たちのざわめきがぱたりと止む。このあたり、日本の義務教育の威力をつくづく感じてしまう。

 レオンは鎮まったところを見計らい、ふたたび口を開いた。


「すでにご存じの方も多いだろうが……。本日午前、王都近郊にあるロイド村が、魔物の群れに襲撃された。魔物の数は百以上にも及んでいたが、運搬任務で現地を訪れていたヤナギ隊が大多数を討伐。わずかに残っていた魔物も、後続で駆けつけたヨモシロ隊とミフネ隊によって討伐された。まずはこの六名に、最上の感謝を表したい」


 レオンが向き直って礼式を取ると、拍手と驚きの声がホールに響く。穴があったら入りたいが、悲しいことに入れそうな穴はない。

 手振りで場を制した後、レオンは言葉を続ける。


「村の領主と守備隊は名誉の戦死を遂げたが、村の住人たちはヤナギ隊の援護もあり、半数以上が避難できた。村の復興が終わり次第、元の生活に戻ることになるだろう」


 フィーロの両親や村に転がる屍の数が思い起こされ、嫌なものが胸に込み上げる。いくら事実を飾り立てたところでたくさんの人が死に、一人の少女が天涯孤独の身になっているのだ。それでも喧伝するのは、功を称えることで級友たちの奮起を促そうとしているのだろう。


(……物は言いよう、ってか)


 意図も事情も分かる。だが、好きにはなれそうにない――。そんな黎一の胸中をよそに、レオンの言葉はさらに続く。


「国王陛下もいたくお喜びであり、戦功に対する特別恩賞を下された。まず戦功第一等のヤナギ隊は、ギルド階級ランク原石級ジェムから青銅級ブロンズに昇格とし、ギルドから特別報酬を授与する。また後詰に参加したヨモシロ隊とミフネ隊にも、同じく特別報酬を授与することとした」


 割れんばかりの拍手と歓声が、ホールにこだました。蒼乃などは、隣にいた四方城や光河と手を打ち合わせている。

 しかし言葉を発した当のレオンは、一転して表情を険しくした。レオンを初めて見た時に感じていたふわりとした純白の光が、やや青みを帯びた白に変わる。


(今度は嫌なニュース、だな)


「なお魔物湧出の原因だが……。ロイド村の近くにある迷宮ダンジョン小さな木立の迷宮リトル・グローブにおいて、表層結界が欠損したためと判明している。結界は修復済みだが、本件を受けて迷宮ダンジョン内の大規模な討伐作戦を行うこととなった。戦功のあった面々はもちろん、戦闘向けの能力スキルを有する方々には奮って参加頂きたい」


”声”あいつの言っていたこと、全部ドンピシャじゃねえか……)


 迷宮ダンジョンのことから魔物が湧出した原因まで、すべて”声”に聞いた内容と符合していた。ここまでくると『”声”の主が、結界を欠損させたのではないか』などと勘繰りたくもなってくるが、直感がそれは違うと告げている。


(魔物に村を襲わせるために迷宮ダンジョンの結界を解いたのなら、わざわざ俺たちを助けたりしねえ。……じゃあ、あいつが言ってた”どっかのバカ”ってのは……)


 つらつらと考えていると、レオンが集まる級友たちの一角に微笑みを向けた。


「さて、ここでひとつ確認したいことがある。……マガハラ隊。それに、マツモト隊とエゲツ隊」


 表情こそ笑っているが、レオンの目つきはさらに険しくなっていた。取り巻く純白の気配が収まり、白を帯びた深く冷たい青色へと変わっていく。


「は、はいっ⁉」


 裏返った声で応じたのは勾原だった。周りには一対ペアである山田の他、取り巻きである松本と園里の一対ペアに、恵月えげつと外波山一対ペアの姿もある。


(勾原たち、解放されてたのか……?)


「諸君ら六名は、ヤナギ隊と同じくロイド村への運搬依頼を請けていたそうだね。通信履歴によると、ヤナギ隊より先に村への到着連絡をしている。その後、付近を散策していたとのことだが……」


「ギ、ギルドの人たちに話したとおりですっ! 何もありませんでしたって!」


「ああ、聞いているよ。ただ君の能力スキル……魔物使いビースト・テイマー、だったかな? 屈服させた魔物を使役できるそうだね」


 氷の微笑を崩さぬレオンとは対照的に、勾原は明らかに青ざめ口調もぎこちない。

 オラついてくる時とはえらい違いだ、などと思いながら、続くレオンの言葉に耳を傾ける。


「ヤマダ殿の能力スキル幻影創造イリュージョニスト、ソノサト殿は結界解除ディス・シールド、エゲツ殿は魔力攪乱マナ・ジャミング……。なかなか、面白い組み合わせだ」


「そ、それがどうしたんすか……ッ!」


 やり取りの間にも、静かなざわめきがホールの隅々まで広がっていく。

 渦中にいる勾原たちの顔は、汚泥に似た土気色になっていた。


「ヤナギ隊が救出した女児の他、避難した村の住民からも証言があってね。事が起こる前、勇者ブレイヴの制式装備を身につけた冒険者が小さな木立の迷宮リトル・グローブに向かっていったそうなんだ。男女ともに三人ずつだったらしいんだが……本当に、なにもご存じないかな?」


 強力な結界でも、魔力攪乱マナ・ジャミングがあれば解除できるのかもしれない。迷宮ダンジョンの魔物を使役しようと結界を解除し、幻影を使って魔物をおびき出した。だが勾原の力量不足に加えて、想像以上の数が溢れたおかげで収拾がつかなくなった――そんな筋書きが、脳裏をよぎる。

 だがその時、勾原の隣にいた山田がレオンをキッと睨み返した。


「たしかに小さな木立の迷宮リトル・グローブに行きはしたよッ! けどちょっと見て帰ってきただけだッ!」


「そ、そうっす! その時だって、なんもなかったっす! ……なぁ⁉」


「お、おうっ!」


 礼儀もなにもない山田の言を厚塗りするように、松本と恵月も声をあげる。

 しかし対するレオンは、意外にも静かに頷いたのみだ。


「いいだろう。ただ近隣にいたにも拘わらず、緊急討伐依頼スクランブル・レイドの発令時に連絡が取れなかったのは問題だ。今回は初めての事ゆえ多めに見るが、救命活動には積極的に参加するように。……では、これにて散会としよう。集まっていただき、感謝する」


 レオンはそれだけ言うと、さっさと袖口へと捌けていった。級友たちもざわめきはそのままに、出口に向かって三々五々に歩いていく。

 その時――不意に、隠れるように移動する勾原と目が合った。


(……っ!)


 いつもの嘲りの色はない。あるのは、この場で殺すと言わんばかりの殺気だ。その身体は、黒いなにかに覆われているような気がした。見たこともない、闇の色。あるいは、人を殺した者の気配なのかもしれない。

 いつもなら慌てて目を背けるところを、表情は変えずに睨み返す。


(お前、んだな……?)


 心の中で問いかける。無論、答えはない。

 長いようで短い間は、すぐ終わった。勾原は何事もなかったかのように視線を外すと、山田や取り巻きたちとともに部屋から出ていく。

 黎一は無言のまま、ホールの出口を静かに見つめていた。

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