生き残った少女
焼けた村の残骸の中を、黎一は広場の一角にある家を目指して走った。
後ろでマリーがなにやら叫んでいるが、気にしている場合ではない。
「風、我が意に従い礫となれっ!
焼け残ったドアを、蒼乃が風弾で撃ち砕いた。中は一軒家のわりにはこじんまりとした体で、目立つ残骸はベッドとテーブルだけだ。入り口近くには、人の形をした炭が転がっている。おそらく、この家の主人だろう。
(さすがに、もう……)
諦めかけた時、ふと部屋の片隅から音がした。よく見ると、部屋の片隅に一メートル四方の物入がある。その隙間からは、わずかに透明な光が溢れていた。
(まさか……!)
駆け寄って、物入の蓋を開ける。
「ひ……っ⁉」
開けると同時に、息を飲むような声が聞こえる。箱の中には、一人の少女がうずくまっていた。まだ三つか四つだろう。身に纏うチュニックとスカートはところどころ黒ずんでいるが、腰まである長い黒髪や身体に焼けた跡はない。
(傷ひとつない? 箱がこんな状態なのにか……?)
「おにいちゃんたち……だれ?」
おどおどした様子の声が、黎一の思考を切り替えた。女児を前にした経験はなかったが、不思議と思考が固まることはない。
「俺は、レイイチだよ。お母さんに言われて助けに来たんだ」
「私はルナよ。あなたのお名前は?」
少女はまだ口ごもっていたが、やがてゆっくり口を開く。
「……フィー、ロ」
「うん、お母さんから聞いた通りだ」
「おかあさん、は?」
答えに詰まった。
今、報せるのは
「おかあさんは……先にみんなと、逃げてるよ。フィーロちゃんだけ逃げ遅れちゃったから、迎えに来たんだ」
「こわいの、もういない?」
「もうやっつけたよ。さあ、行こう」
言いながら、箱の中から抱えて出してやる。
「ッ、ッウ……ワアアアアアアアッ!!」
フィーロは堰を切ったように泣き出し、黎一の身体にしがみつく。
その身体を、ぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だから……」
背を優しく、リズムよく叩く。記憶の中にだけいる、父親がそうしてくれたように。
黎一は泣きじゃくるフィーロを抱きかかえたまま、蒼乃とともに陽の差す広場へと歩いていった。
* * * *
広場へと戻ると、そこにはマリーの他にも数名の冒険者たちがいた。焼けた家屋の向こう側からは天叢や、知らない声がいくつか聞こえてくる。どうやら、後詰の部隊が到着したらしい。
そんな中を黎一たちが歩いてくると、マリーは顔を輝かせた。
「あ、レイイチさ……って、その子!」
「あっ……さっき、ええっと……」
「女の人に頼まれてたんです。娘を助けてくれ、って」
蒼乃がフォローを入れる間に周囲を見渡すと、夫人の亡骸はすでになかった。
フィーロに気づかれぬように、安堵のため息をつく。ここで亡き母とご対面、などとなれば、咄嗟についた嘘が無駄になってしまう。
「と、とりあえずケガしてないか確認しますからっ! さ、こっちですよ……」
マリーがフィーロに笑いかけた瞬間、周囲にいた冒険者がざわめいた。
その視線は、いずれも黎一から見て左側に向けられている。
「おい、なんだよあいつら……」
「
釣られて見てみると、そこには男女のペアが三組。
黎一たちと同じ
「よ、よぉ……。もう、終わってたんだな」
先頭に立つ小柄な男子――
「は、は……離れたとこまで散策行ってたら、気づかなくってさ。ま、でも、大した事なさそうでよか……」
「……大した事ない? これのどこを見てそう思うんですか?」
勾原の言葉を食って、剣呑な声を発したのはマリーだった。
その表情は輝きを失い、瞳は底知れぬ深淵のごとき虚ろになっている。
(こっっわ……! マリーさん、こんな顔すんのか……⁉)
「村が魔物に焼かれたんです。人がたくさん死んだんです。なのにあなた方は、一体どこで何をしてたんですか?」
「だ、だから運搬こなした後、ちょっと散策してたら気づかなかっただけだって! それの何が悪いってのよっ!」
言い返したのは勾原より背が高い、やや色黒の女子だった。勾原の彼女兼
マリーは表情を崩さずに、さらに言葉を続ける。
「通信端末はお持ちですよね? マガハラ隊にも、そちらのマツモト隊にもエゲツ隊にも、
「そ、それは……」
勾原と山田の奥にいる他の男子も、うつむき気味になっているばかりでしゃべる気配がない。
中肉中背のゴリラ男子が
(ったく、いつも勾原が言う時だけ乗っかってくるくせに……ん?)
ふと、松本の
恵月と
だが勾原ほか四人の靴には、汚れがない。
(この辺りにこんな泥がつくところあるか? いや、森の中なら……。でも、たしかあそこって……)
村から南に進んだところにある森、先ほど”声”から聞いたこと、不自然な靴の汚れ。
妙な予感が、ひとつの仮説として組み上がっていく。
何とはなしに、勾原へと視線を向けた。
「……なあ。お前ら全員、一緒に回ってたのか?」
「はぁ⁉ それがどうしたってんだよ、おぉいっ⁉ 一緒に来たんだから一緒だったに決まってんだろうがっ!」
急に
普段なら、勢いに負けて口をつぐんでしまうところだ。だが今はそれが妙におかしくなったせいか、自然と口が開く。
「いやさ。園里と外波山の靴、汚れてるから。ひょっとして、あそこの
その言葉に、勾原たち一同がぴくりと震えた。
背後の園里と外波山に視線を巡らせた山田の表情は、心なしか二人を責めているように見える。
「な、別に……どうだっていいだろうが! それのなにが……!」
「散策って言うけどさ、一体なにしてたの? 私たち、死ぬかと思ったんだけど。てかあれだけの数の魔物、この辺りにいたなら見過ごすはずなくない?」
「う、そ、それは……」
問い詰める蒼乃の圧に、勾原はいよいよ答えに窮する。
その時。黎一が抱きかかえていたままのフィーロが、もぞりと動いた。
「……フィロ、みたよ」
周囲の視線が、一斉にフィーロへと向けられる。
だがフィーロは物怖じする様子もなく、勾原たちをキッと見据えた。
「このおにーさんたちがもりにいくの、みたよ。フィロ、おそとであそんでたからおぼえてる」
自分で名乗っているあたり、”フィロ”が愛称なのだろう。
その言葉に、周囲の者たちがざわついた。マリーが冒険者たちに耳打ちすると、数人が森のほうへと駆けていく。
「テ、テメエこのクソガキッ!! 適当フカすんじゃねえぞこらっ!!」
「クソガキじゃないもん、フィロだもん。おにーさんたちいったあと、こわいのがいっぱいきたもん」
冒険者たちが疑惑の視線を向ける中、虚ろな笑顔を浮かべたマリーがすっと前に出た。
「とりあえず……まずはお城のほうへ」
「い、いや、オレたちぁ、なにも……」
「なにもないならば、なんら問題ないはずですよね。散策していた時の状況もお伺いしたいので……お城のほうへ」
マリーの圧を前に、勾原たちは数人の冒険者たちに引っ立てられるように連れていかれる。
その背中を見送ると、途端に疲れが押し寄せてくる。
(なん、とか……なった、か?)
膝から、力が抜けていくのを感じる。
かすかに残った意識でフィーロを地面に下ろした後、黎一の視界は暗転した。
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